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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
プロ駆け出し編

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14/44

三日目の試練・女王の詰め将棋

2041年5月、平和島。予選最終日。

連日の激走と、36歳という年齢の壁が、ついに健太を襲っていた。

「……っ、う……」

早朝のピット。健太は愛機『ハヤブサ』の点検中、激しい立ちくらみに襲われ、艇に手をついた。

マブイ酔い(異常振動症)。

低出力のコアマブイを限界まで絞り出し続けた反動だ。視界が二重になり、指先が微かに震える。

「あら。もうキャパオーバーかしら? 経理部の予算繰りみたいに、魂の残量も管理すべきだったわね」

冷ややかな声とともに、霧島麗華が歩み寄ってきた。

黒髪ロングをなびかせ、モデルのようなスタイルで立つ彼女からは、22,000超えのマブイが安定した波動となって放たれている。

「……霧島さん。……余計なお世話ですよ。まだ、決算ゴールまでは時間がある」

健太は震える手で眼鏡をかけ直し、不敵に笑った。

「あなたのレースは、結局『執念』という名の博打。私には通用しないわ。今日のレースは、一手も動かせないまま詰ませてあげる」

第12レース:女王の結界

平和島の空は晴れ渡り、逆にビル風が鋭さを増していた。

1コースに霧島麗華。3コースに佐伯健太。

プロの世界の厳しさを教えるかのように、麗華は完璧な「ライン取り」で健太の進路を封じにかかる。

「……スタート!」

スリット通過。麗華の1号艇が、まるで定規で引いたような直線を描いて1マークへ。

健太も食らいつくが、マブイ酔いの影響で反応がコンマ数秒遅れる。

「終わりよ、おじさん」

麗華のターンは芸術的だった。

力でねじ伏せるのではなく、水面の流れと風を完全に支配し、他艇が入り込む隙を一切作らない「鉄壁の旋回」。

健太の3号艇が内を突こうとするが、麗華の引き波が完璧な障壁(結界)となって、ハヤブサを外へと弾き出す。

(……くそっ、ラインが……読まれてる……!)

第1マークを終えて、麗華が独走態勢。

健太は3番手。このままでは準優勝戦への進出は絶望的だ。

逆襲:社畜の残業代

2周目、第1マーク。

健太の視界はさらに霞んでいた。心臓が早鐘を打ち、マブイが底を突きかけている。

だが、その極限状態の中で、健太の脳裏に「サラリーマン時代」の記憶が蘇った。

(……締め切り直前の深夜2時。予算の1円が合わず、意識が遠のく中、何度も何度も帳簿を読み返したあの夜……)

あの時の「執念」に比べれば、この程度の眩暈は何だ。

健太はマブイの流量制限を**「解除アンロック」**した。

エンジンが悲鳴を上げ、艇体が激しく振動する。

「……これは、俺の『残業代オーバータイム』だ!!」

健太は麗華が絶対に「来ない」と踏んでいた、最も波の荒い最短コースへとハヤブサを突っ込ませた。

それは、麗華の論理的な将棋盤を、盤ごとひっくり返すような暴挙。

「な……ッ!? 正気なの!? そこで全開フルスロットルなんて!」

麗華が驚愕する。

健太は荒波に叩かれ、艇から放り出されそうになりながらも、0.1mm単位の微調整でハヤブサを御した。

麗華の「遅らせ差し」のさらに内側。

水飛沫の中に、ハヤブサの鋭い眼光が煌めいた。

決着:執念の1ミリ

ゴール直前。

先行する麗華の1号艇に、健太の6号艇が鼻差で並びかける。

判定は――。

「……同着!?」

平和島の掲示板に、1と3が同時に点滅する。

女王の完璧な計算を、おじさんの「死ぬ気の実地調査」が土壇場で捉えた。

レース後

ピットに戻り、健太は艇から降りるなり崩れ落ちた。

「……はぁ、はぁ……。……計算、合いましたか……霧島さん」

麗華はヘルメットを脱ぎ、悔しさに顔を歪めて健太を見下ろした。

だが、その瞳には明確な敗北感と、そして隠しきれない「戦慄」があった。

「……信じられない。あんな不合理な走りで……。あなた、本当に人間なの?」

麗華はそう言い捨てて立ち去ろうとしたが、立ち止まり、背中を向けたまま呟いた。

「……準優勝戦、楽しみにしてるわ。……あなたの『帳簿』が、どこまで保つのか」

その言葉には、女王が初めて認めた「ライバルへの敬意」が混じっていた。

一方、西貴斗や白石悠真は、健太の異常な追い上げに、もはや恐怖すら感じ始めていた。

「……よし、鉄。……次は、準決勝だ」

健太は駆け寄ってきた石原校長と鉄(の差し出した冷たいタオル)に支えられ、静かに闘志を燃やした。

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