8 明日を楽しくするために
最近ばあさまに杖を贈ったら、それはもう嬉しそうにしててちょっと照れ臭かった異世界転生幼女の元おっさん、アシェットです。
生活を楽にすることは、明日を楽しくすることでもあると思う。
まずなんと言っても、生活の面倒が減ったことへの幸福感がある
次にその工夫が効果を発揮してることを視覚的に確認し優越感に浸れるのだ。
そう言うわけで私は最近、そう言う便利グッズに凝っていた。
ラグザさんから色々使えそうなものを仕入れたり、ばあさまに錬金術で設計したものを作ってもらったり。
自分では何もできないのはご愛嬌。
まあ、それでばあさまも助かっているならウィンウィンって奴だろう。
そんな中、私はあるものを見つけた。
ある時ふと、両親の書斎の本に、とある存在に関する記述を含む本が多いな……と感じたのだ。
それが何かといえば、「ゴーレム」。
ファンタジー世界でよくある、自律して行動するあいつ。
こいつがいれば家事がめちゃくちゃ楽になるじゃないか。
そんなことを考えて、私は早速ばあさまに提案することにした。
「ばあさま、ゴーレムを作りたい!」
その時のばあさまの表情は、なんだかこれまで一緒に暮らしてきて一度も見たことのないようなものだった。
驚いたような、寂しそうな、ついにその時が来たかと言うような。
そして私に、少しの沈黙ののち問いかけるのだ。
「……どうしたんだい、急に」
「あったら家事が楽だなって思って」
「だろうね」
んで私が理由を述べると、いつも通りの態度に速攻戻ってぺしっと頭を叩いてくるのだった。
なんでさ。
◯
「ここだよ」
「おおお……」
その翌日、プレゼントした杖を大事そうに使いながら、家から少し離れた場所にある倉庫へとばあさまは案内してくれた。
この辺りは、私が生まれてから一度も訪れたことがない場所である。
単純に魔術を学び始めてからは出不精になっただけなんだけど。
そして倉庫の中には、あるものが鎮座していた。
「こいつはね、お前さんの両親が作ってたゴーレムさ」
「とうさまとかあさまも、家事が面倒だった?」
「もっとまともな理由だよ!」
ぺしっ、と完全に愛情表現と化したチョップで叩かれつつ。
私は中のゴーレムを覗き込む。
ゴーレムというと土で作られてるイメージだけど、このゴーレムは鉄製だ。
鉄のピノキオ、みたいな見た目をしている。
「こいつはね、ある精霊を中に収めて、稼働することを想定してるんだ」
「ゴーレムってのは、錬金で作って術者の意思で操縦するタイプと、あらかじめ作っておいた器に精霊を詰めるタイプがあるんだっけ」
「さすがにそれくらいは勉強してるね」
前者は一般的なファンタジーにおけるゴーレム。
後者もゴーレムではあるんだろうけど、主体は精霊とかの方にある気がするな。
でもできることがただのゴーレムと比べると圧倒的に増えるので、外でゴーレムを見かける場合こっちの方が主流だそうな。
「こいつは精霊が中に入ってない状態だから、このままじゃ動かない。精霊を中に入れるには召喚した上で、契約を交わして精霊が中へ入ってもらう必要がある」
「じゃあ、これからその精霊を召喚するんだ」
「……アシェット、こいつに触ってみな」
「……それって」
ばあさまは、何やら覚悟を決めた様子で私を見る。
私の方も、ばあさまの言っていることはなんとなくわかってしまう。
固有魔術を研究した時に、ばあさまが言っていたことを思い出したからだ。
『』
二人して、それから無言で向かい合う。
ばあさまは私の問いかけに何も答えなかった。
「わかった、ばあさま」
だから私は意を決して、ゴーレムへと手を伸ばす。
私がそれに触れた途端。
ゴーレムの鉄の頭に開けられた伽藍堂の瞳に、光が宿った。
◯
無言の時間が続いている。
あの後私たちは家に戻って、ゴーレムの整備を始めた。
最初はばあさまが整備して、問題ないとなったらばあさまが私に整備の仕方を教えることになっている。
全部ばあさまがやってくれたら楽なのに、と冗談を言ったら杖で小突かれた。
そして私は、ゴーレムの中身を点検しているばあさまに、ポツリと問いかける。
「……ばあさま、私のとうさまとかあさまは、どんな人だった?」
その言葉に、ばあさまの手は一瞬止まる。
私自身、聞くべきか悩んだが、聞かなければならないという焦燥感にかられたのだ。
一応、すごい冒険者だったことは知っている。
ラグザさんはそのパーティの一員だった、とも。
「……あの子は、人の話を聞かない子だったよ」
「とうさまのこと?」
「そうさ。魔術の発動もろくにできず、できるようになったと思ったらさっさと家を飛び出していった。聞いた話じゃ、魔術師なのに魔術を使ってるところより杖で魔物を殴ってる時の方が圧倒的に多かったそうだね」
聞いている限り、とうさまは相当破天荒な性格だったようだ。
魔術師よりも剣士を志した方が良さそうにも思えるくらい、ばあさまとも喧嘩別れで家を出ていったそうだし、そう言う未来もあったかもしれない。
でも、とうさまは最後まで魔術師だったようだ。
でなければ、こんなすごいゴーレムを作らない。
「そんなあの子が連れてきたのは、一体どこで口説いたんだか知らないけど、びっくりするくらいいい子だった」
「かあさまは、聖女って呼ばれてるんだっけ」
「固有魔術を使えたからね。それに、魔術の研究においてはあたしも舌を巻く知見を持っていた」
かあさまは、とうさまと正反対の人だったらしい。
おとなしくて、しっかりしていて頭もいい、と言うのだからかあさまもすごい人だ。
二人はある事件で知り合った後、しばらく一緒に冒険者をしてから、さらにある事件を経て結婚したそうな。
とても仲の良い夫婦だったと言う。
「お前さんが生まれて、いろんな事情から二人はあたしを頼ってきた。その頃にはまああたしとあの子の蟠りもとけてたしね」
「よかった」
「……そして、二人はこのゴーレムを作り始めたんだ」
ばあさまはそう言い終えて手を止める。
整備と点検が終わったのだろう。
ゆっくりと杖を使って立ち上がると、私に視線を送った。
「動かしてみな」
「まかせて」
言いながら私は腕まくりをしてゴーレムに手を翳し、その体を動かす。
このゴーレムは私の固有魔術と実質的な契約状態にある。
だから私の手足のように動くのだと言う。
試しに、足を一歩前に踏み出すよう意識してゴーレムを動かすと、
ゴーレムは、その場でつんのめって倒れた。
要練習だね、と祖母から頭をポンポンされつつ、私はぐぬぬとゴーレムを見た。
◯
それから、私はゴーレムの練習に一日のほとんどを費やすようになった。
ゴーレムは非常に繊細で、さらに私の手足のように動くと言うのも問題だ。
何せ、文字通り手足のように動くのだから。
私がゴーレムを動かそうと思った時、ゴーレムと一緒に私も動かないとゴーレムは正常に動かない。
ある程度慣れれば、マルチタスクの要領で自分とは別の動きをゴーレムにさせられるそうだが、不器用な私は当然のように極度なシングルタスクだ。
結局、ゴーレムにある程度決まった動作を事前にプログラムする方式を採用することにした。
ちなみにこれ、錬金型ゴーレムならそこそこある方式だけど、精霊型ゴーレムでやるって言うのは聞いたことがないらしい。
まあ精霊には自意識あるからね。
ただ精霊型をプログラムすることで、その動作精度は錬金型の比ではないのだ。
無論、それはプログラミングの難易度が上がると言うことでもあるけど。
「……お前さんは、どうしてゴーレムを動かそうと思ったんだい」
「だから生活を楽にするためだって」
「もっと根本的な考えをいいな。お前さんにも自分なりの考えはあるだろ」
「そうだなあ」
その日も、リビングでゴーレムの制御を練習しながら、私はばあさまと話をしていた。
制御に関する基礎的なことはすでにあらかた習っているから、あとはそれを実践でなんとかするだけだ。
私の場合、そこが一番難易度高いんだけど。
「あえて言うなら、明日を楽しくするため……かな」
「明日を?」
「……私は、前に進むのが怖かったんだ」
だって、明日には楽しいことなんてないから。
ずっとそう思って、諦めて。
だから私は、”適当”に逃げてきたんだ。
「でも明日が楽しければ、たとえ毎日が同じことの連続でも、少しだけ前に進める気がしたんだ」
「……なるほどね」
自分のすべてを変えられるとは思わない。
適当に過ごすことを、悪いことだとは思ってないんだ。
ただ、それを楽しいと思えるようになれば、それでいい。
だから私は、明日を楽しくしたい。
こんな毎日がずっと続いて、ばあさまと笑いあって、たのしく過ごす。
それだけで、私は十分なんだよ。
「だからばあさま、私がゴーレムを操縦できるようになったら、別のゴーレムも作ろう。それは人型じゃなくて、人が乗るためのゴーレムなんだ」
「……そうかい」
「ばあさまがそれに乗ってさ、外に出るんだ。そしたら、一緒に森の外まで出ようよ。今まではばあさまがダメって許してくれなかったし、私も出不精だったから出るつもりもなかったけど」
「…………ああ」
「私ももう十歳になる、そろそろ、外に出ていろんなことを知るのも悪くないと思ってさ。その時は、ばあさまがもっといろんなことを教えてほしいんだ。そしたら――」
ああ、でも。
こんな毎日がずっと続いてほしい、なんて。
そんな都合のいい願い。
「ばあさま……?」
続くわけないなんて、私はずっと解っていたはずなのに。
どうして――
「ばあさま、しっかりしてくれ、ばあさま!」
――そのことから目を逸らして、明日を楽しくするためなんていう言い訳を並べてしまったんだろうね?




