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7 女子の始まり

 ばあさまが用意したあるものを前に、小一時間ほど固まっている異世界転生幼女の元おっさん、アシェットです。

 一体何を見て固まっているかといえば――


 ブラです。


 ブラジャー。

 女性が身につけるアレ。

 この世界にもあるの? と聞かれたらこの世界にもあるんです、と答えざるを得ない。

 錬金術を初めとして、魔術が非常に便利なんです。


 思い返せば、最近はなんだか身体が女性的な丸みを帯びているような気はしていた。

 それでもまだ九歳になるかならないかというこの身は、本格的なブラが必要かといえばそうではない。

 今目の前にあるのは、前世で言うところのスポーツブラ的な、ようするに幼い子供が身につけるサポーター的な意味合いの強いものだ。

 それはそれとして、間違いなくそういう目的の下着ではある。


 正直、女になるということを私は舐めていたと思う。

 何しろ記憶戻りたての頃は、殆ど性別に差なんてものはなかったのだ。

 一部の物があるかないかというそれだけの差。

 成長していくにつれて女性的な部分は成長していくだろうけど、段階を踏んで行くものだからなれるだろう……と。

 まっっったく慣れませんでした。


 眼の前にいる美少女は誰……? みたいなことを鏡を見るたび三回に一回は考えてしまう。

 まず自分の容姿が美しいということに、私はあまり慣れていない。

 おっさんだった頃は言うに及ばず、前世の子供時代だって別に顔がいいというわけではなかったんだから。

 なので現状は、あまりにも私の意識と私の容姿がかけ離れてしまっているのだ。


 とりあえず、ブラは一度着ないで部屋に戻ることとした。

 あまり長く風呂場で悩んでいても、ばあさまを訝しませるだけだ。

 寝間着を来て、ブラだけを手元に抱えて、ばあさまに見つからないように部屋へ戻る。

 それだけのことなのに、何故かアシェットになって以来、最も危険なスニーキングミッションをしている錯覚すら覚えた。

 普段、夜中こっそり煎餅を台所へ取りに行く時の方が、バレた時の危険度は高いと言うのに。

 いやまぁ、たまにそうやってこっそり台所に行ったところで同じ目的でやってきた祖母と鉢合わせになることもあったけど。

 話がそれたな。


 部屋に戻って、改めてブラを布団の上に並べて唸る。

 私の部屋は、部屋の隅に本や勉強道具が積まれているだけのつまらない部屋だ。

 前世だったらもっと色々ゴミが転がっていたんだけど、この世界だとそもそも転がすゴミがないので部屋が散らかりようがない。

 そんなわたしの部屋には、大きな姿見が一つある。

 それを前に、一度着た寝間着を脱いで、ブラを胸元に持ってきた。

 地味なデザインのそれが、私の胸元を隠している。

 前世の私なら、間違いなく癖を感じていた光景だ。


「……むず痒さしかないな」


 今の私は、この状況を見ても興奮はしない。

 かわいいなぁ、と思う程度のオタク心はあるけれど、自分自身に欲情するかといえば否だ。

 変わってしまったことへの複雑な心境のほうが強いかもしれない。

 私は毎日を適当に過ごせればそれでいいのである。

 そんな考えを、私の体は許してくれない。

 でも、それに対して行動を起こす勇気もないのだ。


「……やっぱ、つけるしかないなぁ」


 いいながら、私はブラに袖を通す。

 袖っていうのも変だけど、まぁイメージ的にはそんな感じ。

 身につけて、背中に手を回しした。

 そして、格闘することしばし。


「…………」


 しばし。


「……ふん!」


 ……しばし。


「こう! こうか!?」


 ――上手くいかない。

 まさか、後ろでいい感じに付けるだけでしょ、そんなコトないでしょと思ってたけど。

 何か上手く行かないのだ。

 思い返せば、幼い頃からばあさまは私に色々と服を与えてくれたけど、それらはすべて女子の服だった。

 中には着方がわからなくて、与えてもらったけど一度も着ずに棚の肥やしになっていた服もある。

 おしゃれって……めんどくさいんですもの……

 この世界なら美容ケアは治癒魔術で一発だけど、前世だと女性たちはぺーでぱーでぽーな様々な美容グッズで肌をケアしていたのかと思うと、純粋に尊敬の念しかない。

 何にしても、こういう時の解決方法は一つしかなかった。

 あまりやりたくなかったけど――


「ばあさま、これの付け方を教えてほしいんだ」


 結局、ばあさまに聞くのが一番である。

 夜中に台所へ煎餅をあさりに来たところを捕まえて、私はばあさまから話を聞くことにした。

 いや、なんで毎回煎餅あさってるところを私に見つかると、気まずそうに視線を逸らすのさ。


「こほん。そろそろ必要かと思って置いといたけど、付け方がわからないのかい」

「初めてつけるから」

「まぁそりゃそうだ。ちょうどいい、色々教えてやるからあたしの部屋に来な」

「煎餅持ってっていい?」

「…………かまやしないよ」


 人が夜食に煎餅を食べようとすると叱るのに、自分は遠慮せず煎餅をつまむばあさまである。

 こういう時に私が提案すると、バツが悪そうに了承するから、見てて面白い。

 それはそれとして、ばあさまの部屋はあまり入らないから新鮮だ。


「ばあさまの部屋のほうが、ものがいっぱいあるな」

「アンタと違って、整頓はやってるけどね」

「そもそも整頓するものがないから大丈夫」

「何いってんだい」


 軽く撫でるような力加減で頭を叩かれつつ、室内を見渡す。

 本棚には色々と本が入っていて、多分私に見せられないからって両親の書斎から持ってきた本もここにあるんだろう。

 部屋の一画には、なにやら魔法陣とか画板みたいなものとか、魔術の実験に使いそうなものが整頓して置いてある。

 なんだか、如何にも魔術師って感じの部屋だ。


「そこに座んな」

「わかった」


 そうしてばあさまから、丁寧にブラの付け方を教えてもらった。

 といっても、構造自体はシンプルだから一回やればすぐに覚えられる。

 これだけならばあさまは私を部屋に呼ぶ理由はない。

 とすると、別の理由もあるのだろう。


「今日は、他の手入れも一通りしとこうか」

「面倒だ。治癒魔術でまとめてやればよくない?」

「バカいってんじゃないよ。お前さんが治癒魔術でそんな器用なことできるもんかい」


 ううむ、否定できない。

 これでも一応、魔術の制御はある程度できるようになったんだ。

 といっても、発想を転換させてのゴリ押しによるところが大きいけど。


「まずは髪に櫛をいれるよ」

「えーっと、こう? ……あだだ」

「髪の毛に櫛を引っ掛けてんじゃないよ、髪が痛むだろ。まったく、こうさね」


 それから、私はばあさまに色々と身支度の方法を教えてもらった。

 実際に使うことがあるかはわからないけど、覚えておけば便利には違いない。


「大きくなれば、手入れはもっと必要になってくる。その頃にゃ治癒魔術でケアもできるようになってるかもしれないけどね」

「治癒魔術の練習を頑張るよ」

「そこでケアの方法を覚える方向に行かないから、お前さんは適当極まりないのさ」


 なんて話を、ばあさまとする。

 大きくなれば、私はより一層自分のことを女性と認識するようになるだろう。

 そうなった時私は、自分にどういう感情を向けるだろうか。

 今のところ、答えは出そうにない。


「私は、このままでいいのに」

「そういうわけにも行かないさ、人は成長するものなんだから」


 私の言葉に、ばあさまはあっさりとそう返す。

 確かにそれはそのとおりで、正論ってやつなんだろう。

 でも、だからこそ私は思う。


「……人は成長しなくても、年を取るよ」

「ん、なんだい」

「なんでもないよ」


 零すつもりのなかった言葉が、か細く漏れて。

 問いかけてきたばあさまへ、慌てて誤魔化す。

 ――すくなくとも、かつての私がそうだったように、人は成長しなくても年を取る。

 だったら、今の私は?

 女子になって、性別の違いにむず痒さを感じている私は、どうなのだろう。

 少しはマシになっているのだろうか。

 答えは、いまのところ出そうにない。

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