6 小遣いが欲しい
お手伝いによる小遣い制の導入をばあさまに提言したところ、却下された異世界転生幼女の元おっさん、アシェットです。
私も今年で八歳になり、魔術の制御にもある程度の目処がたった今日この頃。
日々の生活の潤いに、また色々とある欲しいものを集めるために、小遣いが必要になってきた。
だというのにばあさまは「お前さんに手伝えることなんてないよ」とバッサリ。
そりゃまあ、すでに日々の家事をある程度の教わっている身の上。
やることがないと言われたら全く以てその通りなのだけど。
というのも、ここ最近私は色々と家事を仕込まれている。
先日やった料理の他に、掃除と洗濯も一通り。
ただまあ掃除は中途半端で服は畳むのが下手という評価を受け取り、一旦料理に集中することになった。
要するに小遣い制を導入しようにも、手伝えそうなことが何もないわけだ。
それにばあさまは割と私の欲しいものは何でも買ってくれる。
新しい本が欲しければ取り寄せるし、料理の材料だって出し惜しみはしない。
そもそも、私とばあさまが心血を注いで先日完成した「醤油煎餅」に比べたら、外から持ち込まれる食材は大した嗜好品にならないのだ。
ちなみに醤油煎餅の消費量はばあさまの方が多い。
ご老人だから仕方ないね。
なんにしてもそんな状態で小遣いをせびっても「必要ないだろ」の一言でバッサリである。
ただ、それでは困る理由が私にはあった。
そこで、私はばあさま以外の人間に交渉を持ちかけることにした。
うちに毎月やってきてくれる行商人のラグザさんだ。
ラグザさんは祖母とは古くからの知り合いらしく、信頼のおける大人でもある。
前回の来訪で煎餅の試食もしてたから、話はわかってくれるだろう。
というわけで、早速私は交渉を開始することにした。
「というわけで、この醤油煎餅を買って欲しいんだ」
「ダメだよ」
即答だった。
一瞬にして頓挫。
なんてことだ。
だけど私は諦めない。
「どうしてダメなんだ?」
「あの人から、醤油煎餅を外でやり取りしちゃダメって強く言われてるんだよ。これは俺ですら扱いきれない……ってね」
「なるほど」
どうやら、煎餅を外で売ったら大流行が起きて、そこそこ腕の立つ商人であるはずのラグザさんすら手に負えなくなる、と。
こういう商品は異世界ものでも凄まじい需要を生みがちだ。
無論、それが自分の手に負えないことは私だってわかってるので、そんな無茶を言うつもりはない。
「私も、そんな大金のやり取りがしたいわけじゃないよ」
「だったらどうして俺に煎餅を売りたがるんだい、アシェットちゃん」
「欲しいものがあるんだ」
「ちょっとしたものなら融通するし、何だったらこっそり渡してもいいんだけど」
「自分で稼いだ金じゃないといけないんだよ」
私が買いたいもの。
それは一言で言うと、ばあさまへの誕生日プレゼントだ。
つい先日、偶然ばあさまの誕生日を知ったのである。
なんとそれはもうすぐのことで、今回ラグザさんとの交渉に失敗すると、もう間に合わなくなってしまう。
まあ来年もあるといえばそうなんだけど。
「ふうむ……」
「そうだ」
私のわがままに考えを巡らせてくれるラグザさん。
そんなラグザさんを見て私も少し考えたが、あることを思いついた。
「煎餅は外でやり取りしちゃダメなんだよな?」
「え? ああうん、そうだね」
「ここで私が作った煎餅を、ラグザさんが食べてその報酬を受け取る。これならどうだ?」
「あっ……それは確かに! アシェットちゃんがあの面倒な作り方の煎餅を作れるとは思えなかったから、全然思いつかなかったよ!」
「そこそこ失礼だな……」
確かに私は不器用だけど、それでも一年あれば錬金窯の使い方くらい習熟できるぞ。
まぁ作れるのはいまだに醤油だけだけど。
でも醤油さえ作れれば、他の材料を使って別の調味料、例えばマヨネーズとかを作る練習だって可能だろう。
私は錬金術で、自分が作り方をよくわかってない調味料を作れるようになればそれでいいのだ。
まぁ、出来上がったものは……
「煎餅、必要だと思ってちゃんと作ってきたんだ。私一人で」
「アシェットちゃん一人で!? 確かに形が歪だ!」
「大幅失礼だな!」
出来栄えはばあさまには遠く及ばないんだけど。
それはそれとして、失礼極まりないラグザさんにはチョップの一つでも入れておくことにした。
◯
蒼嵐の魔女には、一人の孫娘がいる。
あの悪魔としかいえない魔女を「ばあさま」と呼んで、何一つ怯むことなく我が道を行く孫娘アシェット。
その存在を知る者は少ない。
まず以て蒼嵐の魔女の孫であると言うことは、必然的にあの両親の娘ということになるからだ。
あまり知られてしまうと、大きな火種になりかねない。
ラグザは、そんなアシェットの存在を知る数少ない人物の一人。
かつてアシェットの両親が作った冒険者パーティの一員であり、現在はその伝手で各地を渡り歩き商売をする行商人。
行商人が護衛も連れずに一人で各地を渡るということは、それだけ腕に自信があるということでもあるのだ。
ラグザはその腕っぷしと一人であることから人件費がかからないことを強みに、今まで商人として成功を収めてきた。
そんなラグザから見て、アシェットはこれまで見たことのないような変わり者だった。
まずあの魔女の元で暮らしていて、魔女との仲が良好であること。
血のつながった息子ですら、一度は仲違いして家を飛び出したというのに。
あの魔女と初見で仲良くなるあたりは、流石にかの聖女の娘と言ったところか。
だがそれ以上に変わっているのはアシェットが、あまりにも適当であるということ。
アシェットはかなり不器用だが、その原因は本人の適当さに由来している。
普通に考えればダメ人間、これが大の大人の、しかも男だったらラグザはアシェットをおっさんと呼んでいたはずだ。
しかしそれでいて、アシェットには才能があると魔女はいう。
希少な固有魔術の使い手であるのに加えて、人とは違う感性をしているのがいいのだとか。
魔女の講義を一年耐え切った挙句飽きるという暴挙に始まって、博識な魔女すら知らない異大陸の調味料に目をつけ再現しようと目論む。
人とは違う何かが見えているのでは、とたまにアシェットと話をしていてラグザは思うことがある。
だからこそ、あの蒼嵐の魔女もアシェットにはデレデレになっているのだろう。
いや本当に、見ていてびっくりするくらい魔女はアシェットに甘い。
両親が残した寝室で醤油煎餅を食べて横になりながら本を読んでいるというのに、それを説教一つで済まされるなんてラグザには想像もできない状況だ。
同時にラグザは知っている。
魔女の甘さは、決して最初からそうだったわけではない。
最初のうちは、もう少し厳しく折檻したりもしたそうだ。
だけどあまりにもアシェットが適当極まりないせいで、だんだんと諦めがついていったという。
むしろあの適当さは、その独特な発想力と合わされば武器にもなると思わされたのだとか。
それに、アシェットは本当に楽しそうだとも、魔女は言っていた。
この何もない森の奥で、周囲に同年代の友人もいない環境で一人孤独に育つ。
普通の子供なら耐えられないような環境にアシェットを追い込んでしまっているのに、文句の一つも言わないのだとか。
最初のうちはどこか退屈そうだけれども、祖母との関係が深まるにつれて言わなくなったという。
アシェットはきっと、今が楽しくて仕方がないのだ。
そんな彼女は、時折ふとこんなことを口にする。
「こんな時間が、ずっと続けばいいのに」
なんて。
けれどもそれは、きっと長くは続かないだろう。
今年もまた、魔女は一つ歳を重ねた。
齢九十になろうかと言う、他の人間と比べたらかなりの長命な老婆も、最近は元気がなさそうだ。
果たして、後何年アシェットは魔女と同じ時間を過ごせるだろう。
そんなことを、ラグザは翌月アシェットから、誕生日プレゼントは喜んでくれたけど、煎餅の闇取引は怒られたと語るアシェットを見ながら思い、
後方から般若の顔でラグザを睨みつつやってくる魔女を見て、やべっと思うのだった。




