4 美味しい料理をいっぱい食べたい!
どうも、あまりにもお腹が減って夜に台所を漁ったら祖母にバレた異世界転生ロリの元おっさん、アシェットです。
この世界に生まれてそろそろ七年になる。
祖母の授業を受けながら、それ以外は書斎にこもる毎日。
まぁ正直本を読むのにも一年で結構飽きが来たので、今は書斎に籠もってる時間の半分くらいは昼寝してるけど。
祖母の授業でためた眠気を、持ち込んだ毛布で発散するのが気持ちいいんだ、これが。
ただまぁ、それでも一年間書物を頭に叩き込んだ成果は間違いなく出ている。
祖母の授業にもついていけるようになったし(それでも眠いけど)、魔術の制御もちょっとは上達した気がするのだ。
最近の流行りは、錬金魔術。
自由自在に錬金ができれば、前世の様々な文明の利器を再現できるかもしれないのだ。
何と言ってもスマホ……は通信ができないから意味ないけど、それ以外にも再現できたら便利極まりないものが多い。
特に料理は、前世でしか存在しなかった数多の調味料を再現するのに、錬金は必須といっていいだろう。
そう、料理だ。
これは異世界に転生してからずっと感じていたことなのだけど、異世界は前世と比べて料理のレパートリーが少ない。
というか調味料の数が圧倒的に足りていないのである。
醤油はないし、マヨネーズもない。
問、これで一体どうやって、前世のジャンクなフードを再現しろと?
答、無理です、大人しく祖母の作った健康的な料理で健康的に育ってください。
いやだ……私はもっとポテチを食べてぐうたらしたいのだ。
せっかく幼くなって、前世だとあまり体に入らなくなった油物をガンガン食べれるようになったのに、その転生チートを活かせないなんてあまりにも悲しすぎる。
そこで、錬金を使って調味料を再現しようというのだ。
ただ問題は二つある。
一つは言うまでもなく私の魔術制御。
錬金魔術を使ったら、錬金に使う釜と素材をまるごと爆破して炭にしてしまうのだ。
そしてもう一つ――実は、こっちのほうが厄介である。
素材がないのだ。
この世界の錬金は、某アトリエよろしく素材を集めてそれを合成する方式を採用している。
なので醤油を作り出すには大豆だのなんだのが必要になるが、この世界で醤油を作るのに適した材料が私にはわからない。
そもそも前世ですらどうやって醤油が作られているのかについてはぼんやりとしか知らないのだ。
仮に材料が集まったところで、錬金で発酵ってどうやるの? という疑問もある。
ただそんな時、私は書斎の中にある本の、一つの記述に目をつけた。
それはとある旅人が異大陸に渡った際の旅行記で、異国の文化をわかりやすく伝えている。
その中に、あったのだ。
しょっぱくて、黒い水のような調味料が。
醤油じゃん、これ!
無論、確定ではない。
ただ、ここで私はあることを考えたのだ。
錬金の魔術制御問題と、素材の不足と知識の不足を一気に解決する明暗を。
◯
「ああん? この旅行記にある調味料を再現してほしいだってぇ?」
「そう、聞いたことのない調味料だけど、美味しそうだから再現してほしいんだ」
――祖母を頼る。
これしかない。
「何だってそんな面倒なこと、アタシがしなきゃならないんだい」
「ばあさまの料理は、健康的だけどどうしてもレパートリーが乏しい。私はもっといろんな物が食べたいんだ」
「贅沢なやつだねぇ。まぁずっと家に引きこもりっぱなしで、外で食べることがないから気持ちはわからなくもないけどさ」
私は、件の旅行記のページを開いて、それを祖母に見せる。
祖母は料理上手で、またとても器用で知識も豊富だ。
そんな祖母であれば、私のあやふやな知識でも醤油を再現してくれるのではないか。
という淡い希望で、祖母に今回の話を持ち込んだのである。
ポイントは、この黒いしょっぱい水が醤油である必要はないということ。
あくまでそれっぽい代物がアレば、それを根拠にこういうものが作れるんじゃないかと祖母に提案するだけでいい。
「ちょっと調べたんだけど、この黒い水の調味料は豆を使って作るみたいなんだ。豆を……腐らせる? ような感じで」
「発酵ってことかい。それならまぁわからなくもないけどね。しょっぱいってことは塩が含まれてるんだろう。だったら……」
祖母は、私の曖昧な知識から考えを巡らせてくれた。
正直私の足りない頭じゃ、祖母がどういう思考で大豆の作り方にたどり着いたかはさっぱりである。
でも、祖母は小一時間ほど考えを纏めると、「ついてきな」と言って自室を離れた。
向かうのは台所だ。
そこには調理器具の他に、錬金用の釜――私が爆発させたものを祖母が修復した――が置かれている。
これは錬金を使うのは、主に料理の最中であることが多いためである。
私が錬金で料理のレパートリーを増やそうとしているのも、これに由来していた。
「発酵にも錬金釜を使うんだ」
「錬金ってのはね、材料さえ揃ってりゃ間の工程をすっ飛ばしちまうのさ」
「とんでもない」
「ま、そのせいで錬金に疎い連中からは、錬金術師なら金を無から生み出せるとも思われてるけどね」
テキパキと食材を保存する魔導箱――アイテムボックスのように中の空間を拡張できる代物、箱以外にも袋があったり、この魔導箱は冷蔵機能もついてる――から食材を取り出す祖母。
「それに、錬金は魔術の行使に魔道具を必要とするタイプの魔術で、その魔道具たる錬金釜はとんでもなく高価だ。一つ買うだけで家が建っちまうくらいにね」
「ご、ごめんなさい」
「かまやしないよ、お前さんならまずやってくれるだろうと思ったうえでやったからね。そのうち少しはマシになってればそれでいい」
魔術に魔道具が必要っていうのは、ようするに杖とか魔法陣が必要になる魔術が結構あるということ。
召喚術とか、魔法陣を書いてからでないと大きな魔物は召喚できないのである。
「後は作るものによって、錬金が終わるのに時間がかかったりもする。料理に使うなら、錬金釜で作れる料理は一品が精々だ」
「作ってる間に、別の料理を作るんだな」
「そうさね。んで……確かこのあたりに」
「どうしたんだ、ばあさま?」
「あったあった。ほら、こいつを着な」
話している間に、台所ではなくリビングの棚から何かを引っ張り出し始めた祖母。
でてきたのは……少し古っぽいエプロン?
青い色の無骨な感じ、一言で言うと女子が好みそうなものではない。
祖母は私の服はある程度おしゃれなものを用意してくれるから、要するにこれは私のために用意されたものではないということだ。
「ちゃんとしたものは今度作るよ。そいつはお前さんの父親のお下がりさ」
「とうさまのか」
なるほど、納得。
あちこちが妙にボロボロだし、普段から聞いている幼い頃は雑だったという父親の人物像が一致する。
しかし……エプロンを、何故私に?
「これから料理を教えてやる、覚えな」
「えっ」
「何驚いてんだい。どうせ本を読むのにも飽きてきたんだろ? だったら料理の一つでも覚えて、サボってる時に食べるものの一つでも作れるようになりなってんだ」
ぜ、全部バレてる……!
でも、確かにそういう需要が私にはあったことも、また事実。
でもなぁ、料理なんてなぁ、学生時代の調理実習と社会人になってからの雑な男飯くらいしか……いや私にしては結構やったこと在る方じゃないか?
というわけで、早速挑戦してみた。
野菜を、いい感じに刻んでみる。
「……うん、こんな感じでどうかな、ばあさま」
「…………」
「ばあさま?」
「……ああ、驚いたね。もうちょっと手つきがおぼつかないかと思って、いつでも治癒魔術を使えるよう構えてたんだが、中々様になってるじゃないか」
いくら私が不器用だからって、包丁の使い方がおぼつかないってことはないぞ。
ああいや、今の私はおっさんではなく七歳の幼女なんだから、おぼつかなくてもおかしくはないかもしれないけど。
ただまぁ、それでも数年近くブランクはあったわけだ。
だっていうのに違和感なく包丁を使えたのは、多分――
「ばあさまの料理、ずっと見てたから」
「……なんだい、そりゃ」
いいながら、祖母は照れた様子で視線をそらした。
おお、祖母がデレた……苦節七年、私は嬉しそうなのが顔に出ている祖母を、初めて見たのである。
「……まぁ、野菜の切り方は適当すぎるから、人前で料理するならもう少しマシになるようにするんだね」
「はい」
そして直ぐに、不格好すぎる野菜に視線を戻して、少し意地悪に祖母は言うのだった。
――なお、醤油の錬金には無事成功。
焼いた魚と私がきった野菜で食べた夕飯は、この世界に生まれてから食べた料理で、一番美味しかった。




