3 魔術に飽きてきた……
私は昔から適当で中途半端な人間だった。
部屋の掃除もある程度片付いていればそれでいいし、仕事だってクビにならない程度にやり過ごせればそれでよかったのだ。
それは、単純に掃除や仕事に興味を持てなかったから。
やらないと死んでしまうことを、いやいややって集中できる人間はそう多くないだろう。
それをちゃんとやるのが大人というものだし、それができないから私はおっさんになってしまったわけだけど。
じゃあ、好きなことならどうなのだろう。
私はオタクだ。
漫画やゲームの類は大好きだと自負している。
中には幼少期からずっとプレイし続けているシリーズもあるし、一つのゲームに一年中心を囚われていたこともある。
でも同時に、買ったところで満足してそのままになっている積みゲー、漫画も数知れず。
好きだったけど途中で追わなくなってしまう、なんてことも多々。
まぁ、人としてそれは別におかしなことじゃないと言えばそうだけど。
だったら自分の適当さと集中力は、いったいどういうところに発揮されるのだろう。
むらっけが激しすぎる、とはたまに言われるけれど。
じゃあ、もし仮に調子の波がいいときであれば、それは思いもよらぬ集中力に転化されたりもするのだろうか。
ある意味で、魔力の消費を魔力で抑えるごり押しが、この世界において私が集中力を発揮していた瞬間だろう。
あの時の私は、意味もなくその行為を毎日毎日、何時間も繰り返していた。
後でそのことを知った祖母に、小一時間ほどあきれた顔をされた後、紙の束で頭をはたかれたくらいだ。
「その少しはマシな集中力を、魔術の制御にも回さないかい」
とのこと。
祖母は人をほめるとき、少しはマシという表現をよく使うから、私の集中できているときの集中力は、厳しい祖母から見ても悪くはないのだろう。
多分。
〇
「――講義中に寝てんじゃないよ」
パコン。
どうも、紙の束で頭をはたかれて居眠りから目が覚めた異世界転生ロリの元おっさん、アシェットです。
毎度毎度、祖母の講義を苦労しながら受講していたわけだけど、ついに私は講義中に寝落ちをかましてしまった。
こうして一方的に話を聞く場だと、自然と眠くなってしまうのは人の性というものか。
「やれやれ……あんた、いいかげん魔術の講義に飽きてきてるんじゃないかい?」
「そ、それは……」
「別に否定しなくてもわかってるよ。しかしあたしの講義を耐えきれないと逃げ出したやつなら数多くいるけど、一年逃げ出さずに飽きた奴なんて初めて見たよ」
祖母の講義は、確かに厳しい。
叱責は無数に飛んでくるし、寝てたら紙束で叩かれる。
だからそれに耐えきれず逃げ出す者は多いのだろう。
しかし私にとっては、これくらいなら別になんてことはない。
どうして聞かなかった、そんなこと聞くなを使い分けるタイプのパワハラ上司や、自分は仕事ができるからってそれを入社数年の社員に押し付けてくるタイプのパワハラ上司によって、忍耐力はそこそこ育ってるからな。
その点祖母は厳しいけど言ってることは全部正しいし、私のレベルに合わせて指導をしてくれる。
あと、単純に孫だから他の人よりは甘いんだろう。
だからと言って私が飽きるとは思わなかっただろうけど。
――そういえば、この体に転生してから数年、魔術の勉強を始めてから一年がたった。
私もそろそろ六歳になる。
そうすると、祖母が両親のことをぽつりぽつりと口にするようになったのだ。
多分、私が両親はすでに亡くなっていると、口に出さずとも理解しているからだろう。
祖母がそのことを察するまでは、私にどうやって両親のことを話すか、祖母自身考えあぐねているようだったから。
例えば、こういう具合に。
「……そうだね。お前さんの場合、こっちから一方的に知識を叩き込むんじゃなくて、自分から積極的にやらせた方が身に入るか」
「多分……そうだと思う、ばあさま」
「わかってんじゃないかい。……んじゃ、一日待ちな。明日から、お前さんに”あいつらの書斎”を開放してやるよ」
あいつらの書斎。
これだけだと何ともわかりにくい表現だけど、ピンときた。
魔術師だった両親が、研究に使っていた資料や様々な書籍がおかれている場所。
祖母の部屋からしか入ることができず、絶対に入るなと口酸っぱく言われていた場所に、私はいよいよ入ることを許されたらしい。
〇
私の両親も、そして祖母も魔術師だったそうだ。
祖母はどっちかというと実戦でバリバリ言わす武闘派だったと行商人のラグザさんは言っていた。
だけど、両親はどっちかというと研究畑の人間だったらしく、無数の蔵書を家に抱えていた。
ただ中には危険なものもあるらしく、祖母は家を改造して書斎と祖母の部屋をつなげることで、私の侵入を防いでいたのだ。
家の改造は魔術を使ったらしい。
この世界の魔術は、わかってはいたけど便利なものだなぁ。
さらにはドカンドカンと改造を施し、中の書物のうち危険だから私に見せてはいけない書物以外の本をまとめた部屋を、祖母がしつらえてくれたのだ。
そこは、端的に言って宝物庫のようだった。
ここには無数の本がある。
それまで娯楽に乏しい生活を送っていた私は、夢中になって本を読みふけった。
祖母から話を聞かされるのは、アレだけ集中できていなかったのに、自分から読むという行為を挟むだけでこんなにも変わるものだとは、自分自身思わなかったのだ。
集中できているときは、他人以上の集中力を発揮する私のムラッケを、ばあさまは私以上にわかっていたらしい。
そういえば、私には固有魔術というチート以外にも、言語チートがある。
私はこの世界の言葉を正確には理解していないからだ。
ほとんど日本語のつもりで、言語を話している。
なのに相手にはこの世界の言葉として伝わっているし、そもそも口に出すときにちゃんとこの世界の言語として翻訳できているようなのだ。
前に家にあった鏡をつかって、試したことがある。
日本語でりんご、と口にしたつもりなのに、口の動きは明らかにりんごではなかったのだ。
でも、私には確かにそれはりんごと聞こえている。
なにこれ面白い、と思って小一時間ほど試してみて――すぐに飽きた。
言語チートがあるという以上のことが、さっぱりわからなかったからだ。
そしてこの言語チートは文字を読むときにも使えるようで、遠くから見ると明らかに異界の言語なのに、意識を集中するとそれが自然と日本語に翻訳されているのだ。
さらに意識すると、この世界の言語として認識することも可能。
そうすると全く文字が読めなくなるので、そうそう言語チートを解除することはないけど。
家を簡単に改造できる魔術の便利さを思えば、これも固有魔術の効果なのだろうけど、具体的にどういうことかはわからない。
光を操る能力と違って、うかつに祖母へ相談できないものだから、答えは出ていなかった。
ただ、無数にある本の中から、この国の言語に関する辞書を見つけたとき、ふと思ってある単語を探したのだ。
探した単語は――アシェット。
自分の名前に何か由来があるかと考えた、純粋な好奇心である。
そうしてわかったことは、アシェットとはこの国において「ちょうどいい」とか「過不足なく」とかそういう意味らしい。
ただ同時に、「雑」とか「大雑把」という意味を持つ側面もある。
まぁ、ようするにアシェットとはこの国の言葉で、「適当」を意味するのだ。
なんて私らしい名前……とは思いつつも、両親は私がこんな適当極まりない元おっさんであるとは思わなかっただろう。
すると、どうしてこの名前を口にしたのか。
そこでふと、祖母の口癖を思い出す。
祖母はよく私を「適当きわまりない」と評するが、その時の祖母の口の動きは明らかに「アシェット」ではない。
祖母がアシェットと口にするとき、それは――
少しはマシになった、と口にするとき。
すなわち、アシェットとは祖母の口癖なのだ。
同時に、祖母にとって他者をほめるときの最大限の賛辞でもある。
なるほど、両親はそこからとって私にアシェットと名付けたのだなぁ、と理解した。
でもって、なんとなくほっこりした私は祖母に、
「ばあさま、肩でも叩こうか」
と、提案したら――
「なんだい急に、変なものでも食べたのかい」
とガチで驚かれた。
自分の生活を、少しマシになるよう見直そうと思う今日この頃であった。




