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1 異世界転生幼女になりました

 おっさんとは、人生を適当に生きてきた男に対する称号であり蔑称だ。

 だから自分は、おっさんだ。


 仕事に呪詛を吐きながら社会の歯車に成り下がり、休日はスマホで一日を浪費する。

 そんな毎日を続けてきた。

 だけどそれは自分の適当が積み重なった結果で、安定した適当な毎日でもあったんだ。


 それが気がついたら、自分は幼女になっていた。


 幼女である。 

 年齢は物心がついたかどうかといったところ。

 きっと、前世を思い出したと言うよりも、前世を思い出せるくらい自我が発達したという感じなんだろう。

 水面に移る顔立ちはあどけなく、愛らしい。

 少し癖のある金の髪、どこか気だるげな目つき。

 おっさんであるという自認とはあまりにもかけ離れた、ただの美幼女がそこにいた。


 異世界転生である。

 なんで死んだかはさっぱりわからない。

 普通に眠りについた気もするし、事故か何かに巻き込まれた可能性もあるだろう。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 転生したのだ、異世界なのだ。

 明らかに衣服は中世風ファンタジー世界って感じの服装だし、何よりこんな露骨な金髪碧眼現代でそうそう拝めるものじゃない。


 自分は焦った。

 適当な生活しか送ってこなかったおっさんが、ロリになって一人放り出されるとか、死しか見えない。

 なんか、なんかチートはないのか。

 異世界といえばチートという、オタクならば脳裏にこびりつくレベルの常識と、理解できない状況への危機感。

 そんな二つの要因が、自分を理由のわからない行動へと走らせた。


「なんか、でろ!」


 ほとんどヤケクソみたいな、あまりにも幼い少女の声が辺りに響き――



 直後、自分が顔を映していた水辺は私の手のひらから放たれた光によって、薙ぎ払われた。



 ◯



 どうも、あのあとこっぴどく祖母に叱られた異世界転生幼女の元おっさん、アシェットです。

 アシェットは言うまでもなく、この美幼女ボディの名前。

 いや、自分の新しい名前か、まだイマイチ慣れないな。


 異世界に転生してから、しばらくが経った。

 新しい生活は慣れないことばかりだ。

 いきなり子どもになってるし、いきなり異世界で暮らすことになるし、いきなり女の子にもなってると来たもんだ。

 これで慣れろって、いくら俺が適当だからって……まぁそれなりに順応はしてるんだけど。


 昔から、環境に順応するのはそれなりに得意な方だったと思う。

 正確に言うと、違う環境に放り込まれても自己主張が薄いから、周囲から気にかけてもらえないというだけなんだけど。

 その方が気が楽だから、こっちとしても適当に扱ってもらう方が気が休まるのである。


 自分が女になったことは、一応適応しているつもりだ。

 もともと私に一人称の自認はなく、俺とか私とか自分とか適当に使い分けていたから、この姿になったなら自分を私と認識するのが自然だろうと思った。

 未だ慣れていない部分も、成長していくうちに慣れていくだろう、と高をくくっている。


 そんな私が異世界に転生してアシェットという女児になっても、やることはあまり変わらない。

 適当に寝て、食べて、適当に時間を浪費する。

 それだけだ。

 まず私が転生したのは、異世界の人も殆どいないような山奥の中。

 関わる人間といえば、私を育ててくれる祖母と月に一度くらいの頻度でやってくる行商人だけ。

 祖母は見た目からして偏屈を地で行くような人で、もしかしたら言葉を交わしている時間の長さは行商人のラグザさんの方が長いかもしれない。

 それくらい、普段から祖母との会話はあまりない。


 両親は不在。

 既に亡くなっているのか、それともどこかへ出かけているだけなのか。

 流石に祖母にそれを問いかける勇気は、今のところ私にはなかった。


 生活自体は恵まれている方だと思う。

 今まで食うに困ったことはないし、衣服も成長する度に祖母が買い揃えてくれる。

 食事も祖母が作ってくれるし、この世界にはお風呂もあるのだ。

 ベッドが硬いことと、食事のレパートリーが前世と比べて少ないこと以外に不満はない。

 だから私は、正直一生このままでも良いと思っていた。

 祖母がそれを許してくれるかはともかく、この何もない森の中でぐうたら適当生活を送るのも良いかな、とか考えていたのだ。

 しかし、ある問題が私に襲いかかっていた。


 暇――――


 あまりにも、異世界の生活は退屈過ぎた。

 娯楽と言える娯楽が何も無い。

 私は自分が適当な時間の使い方で、人生を浪費しているおっさんだと自認していた。

 それが得意だ、とも思っていたのだ。

 でもそれは、現代に無数の娯楽と、時間を潰すための道具があってこそだと否応なく理解させられた。


 異世界で、しかも周りに人もいなければ物もない。

 ないもの尽くしの生活を送っているのだから。

 まぁだからといって、周囲に同年代の子どもがいてほしいか? と言われるとそれも否。

 今更保育園とか小学生くらいの年齢の人間の輪に入っても、馴染めるわけがない。

 というか、大人だった頃に大人の輪の中にすら入れてなかったんだぞ?

 会社の飲み会とか、いつも死んだ目で隅に座ってるだけだったし。

 無茶をいうな。


 これが、前世の記憶を持っていなければ、こんな小さな箱庭でも好奇心が刺激されたんだろう。

 でも残念ながら私はおっさんだ。

 もう既に自我の発達を終え、それでもなお自分を責任ある立場の大人だと思えないようなダメ人間である。

 好奇心なんて等に枯れ果てていた。


 だからどうしても、退屈をなんとかする必要があった。

 私がこうしてダラダラしている間、ずっと時間を潰せる何か。

 一つだけ、心当たりがあった。

 それはチートの確認だ。

 私には、何か不思議な力が宿っている。

 なんか、でろ。

 そう口にするだけで、実際に何か――光のようなものを発射できる異能。

 威力は記憶を取り戻した直後の幼子のタイミングでさえ、池を一つまるごと吹き飛ばせる威力。

 ちなみにその池は祖母が直していた。

 魔術師かなにからしい。

 まぁ、見た目もそんな感じだし違和感はない。


 とにかく、私はこの世界で生きていかなければならないのだ。

 現代の娯楽から引き離されるのは甚だ遺憾だが、異世界での冒険というものに心踊る気持ちがあることもまた事実。

 オタクたるもの、異世界転生でチート成り上がりの一つや二つ、妄想したことあるに決まってる。

 だったらそんな冒険のために、チートの使い方は習熟しなければならないだろう。

 祖母からはあの力は大きくなるまで使うなと口を酸っぱくして言われているけれど、外見はともかく中身は元おっさんなのだから問題は在るまい。

 バレなければいいのである。


 というわけで、あの当時の感覚を思い出しながら祖母から隠れて習熟する。

 見つかったら怒られるだろうという考えと、こっそり練習していい感じになったら披露すれば驚いてくれるだろうかという考えあっての行動だ。

 あまりに浅慮な行動だが、人間は行動を起こしているその瞬間はそれが妥当だと思ってしまうものである。


 さて、私のチートはおそらく自由自在に放出できるビームのような何かだ。

 私は最初、可能な限り出力を絞るイメージで、光を放とうとした。

 すると、手のひらがぼんやりと光を帯び、見ればそこに小さな閃光のようなものをほとばしっている。

 これをちょっとずつ……本当にちょっとずつ蛇口をひねるように出力を上げると、その閃光はビームのように前方へ向かって放たれた。

 いや放たれたというのも正しくはなくて、手のひらから線がちょっと突き出ているような感じ。

 これを草木に当てると、火にあぶられるように焼け焦げていく。

 自分で触っても特に熱いとは感じないが、どうやらこの光は熱を帯びているようだ。


 つまり、この光線を操って、ライトなセイバーみたいにぶんぶん振り回したり。

 カメハメハ大王的なビームをぶっぱしたりできたりするわけだ。

 攻撃的かつ扱いやすいチートと言えるだろう。

 そうやって、私はこのチートの使い方を想像しながら、可能な限り出力を絞る練習を続けた。

 これがなんとも、ちょうど良い塩梅だったのだ。

 適度に意識を集中させる必要があり、ベッドでダラダラしていても行える。

 なんと言うか、スマホで小一時間を無為に過ごしてきた私にとって、これほどちょうど良い暇つぶしはなかったのである。

 だからかれこれ数ヶ月、私はそれを試し続けた。

 適当な人間は集中力にムラっけが大きい。

 好きなことには何時間でも使えるけど、面倒なことは一時間も集中力が発揮されない。

 同じことだ。

 たまに蛇口をひねりすぎて、慌てて絞るみたいなこともしたけど。

 そんなミスも少なくなり、感覚的には結構行けるんじゃないかと思うようになった頃。

 私は再び例の水場で、光線の試し打ちをすることに決めた。


 ただこの時、私は自分の”適当さ”を舐めていたのだ。

 私の感覚は決して正確な方ではない。

 FPSのエイムは最悪だし、3Dゲームで届くと思ってジャンプしたら奈落に落ちたこと数しれず。

 そんな私の行けるだろう、が本当に行けるなんてこと、最初からあるわけがなかったのである。

 ただそれでも、以前「なんか、でろ!」した時よりは圧倒的に出力を絞ったつもりだった。

 だからせいぜい、水辺に派手な閃光がぶちまけられる程度だと、私は適当に楽観していたのだ。



 結果、私の光線に家の側にある森の一部が禿げ上がった。



 やってしまったという感覚と、なんでそんなに威力が上がっているのと言う驚きと。

 そして後方から飛び出してきたらしい祖母の、


「何だってんだ一体!」


 という叫び声に対する恐怖で、私は頭が真っ白になるのだった。

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