バニー証券の忘年会
1.
滝沢浩一はヤマサン証券の新入社員である。
英検1級を持っていた彼は、いきなり外国債券部に配属された。
そこで彼はゼロクーポン債などの売買を担当した。
なぜ新入社員に売買を任せるかというと、外国債券部は営業ではないが、事業法人部や金融法人部の客と直接、取引するからである。
営業担当者は受け渡しをするだけで、手数料を稼いだことになる。
新人は主に支店が扱う商品の管理を任されることになる。
滝沢の仕事は、支店に割り当てたゼロクーポン債などの売り買いの差額を外国証券会社に取り次ぐことである。
大体、4社ほどから朝相場を聞くと、手数料を含めた値段を計算する。
そのときの取引先の一つがバニー証券である。
ヤマサンの担当は竹内三郎という男である。
この男は40歳位だが、わざわざ滝沢に挨拶にきた。
竹内のアシスタントは、駒谷和子という女である。
駒谷が毎朝、相場を電話してくる。
駒谷のほうが、滝沢より1歳年上で、大学卒業年次も1年上である。
彼女に初めて会ったとき、「可愛い顔」と言われて腹がたったことがある。
夕方、余ったり、足りなくなった債券をバニー証券などの外国証券会社と売買するのである。
そういうとき、他の会社のほうがいい値段を出していると言っても、絶対に改善しない。
トレーダーに聞いても駄目だという。
仕方がないので、他の会社と取引せざるをえない。
滝沢はバニー証券に接待される度に、竹内と駒谷に繰り返し尋ねた。
「トレーダーていうのは、やっぱりプライドが高いんですか?」
「トレーダーは頑固なんですか?」
竹内も駒谷も返事をしない。
2.
バニー証券は毎年、ヤマサンの外国債券部の社員を忘年会に誘っていた。
銀座のバーで山際証券の男たちが飲んでるのに、偶然出会った。
彼らは「ヤマサンさん?」と竹内をからかった。
外国証券会社も日本で営業する免許を持っているのだから、言うなれば同業者を接待してるわけで、それをからかわれたのである。
駒谷もいつの間にか帰り、場が持たなくなり、竹内はタクシー会社に10時頃から電話する振りをし始めた。
金曜日の夜にタクシーを呼ぶのは困難である。
11時になって、滝沢は「俺は地下鉄で帰る」と言い始めた。
地下鉄のほうが楽である。
それを止めたのが同期の森という男である。
「竹内さんの気持ちを考えてみろよ」
この森という男は4歳上だが、司法試験を受けたことを自慢している男である。
当時の司法試験は、民法、刑法、憲法の三科目の択一式、それに通ると論述式、それに通ると口述式があり、森は択一式にさえ合格していない。
つまり誰でも受けられる段階で滑っているのを自慢している馬鹿である。
滝沢はこの男を試したことがある。
競馬の飲み屋も知らない。
憲法の残虐刑禁止条項はさらし首や公開処刑を禁止していて、絞首刑はそれに該当しないとされているのだと言っても信用しない。
これでは落ちるに決まっている。
この馬鹿が止めるので、滝沢は地下鉄で帰ることができなくなり、1時頃ようやく来たタクシーに乗る羽目になった。
タクシーではトイレに行けず、ゲロもダメだし却って不便である。
仕方なく、森が住んでる会社の寮に泊まり、翌朝鈍行列車で帰った。
3.
別の年の忘年会に、大阪に本社がある信託銀行を辞めてバニー証券に入社した男がいた。
滝沢はその男に複数の債券の相場を尋ねたことがある。
生損保などの客に聞かれることがよくあるのである。
その男はどうせ分からないだろうと思って、わざと試したのだが、1ヶ月ほどしてまた電話してみたら辞めたという。
滝沢は竹内にその男はどうなったのか尋ねたら、「何かやってる」と冷酷な態度である。
滝沢はその頃から竹内の態度がおかしいぞと気づき始めた。
4.
滝沢はバニー証券に嫌がらせを始めた。
それは接待させておいて、引き合いから外すという手口である。
駒谷にも様々な雑用を押し付けた。
「駒谷さんは先輩ですよ」と竹内にいうと目を白黒していた。
その上で、別の外資系証券の1年下の女性の話を接待でわざととしたら、「すぐ比べるんだから」と憤慨していた。
滝沢も入社3年目になると、大野という1年下の後輩ができた。
大野も接待に誘った。
飲みに行った後、麻雀にいき、竹内が最下位になったことがある。
それでも滝沢は、翌日引き合いからバニー証券を外した。
「悪いですよ。滝沢さん、付き合ってもらったのに」
大野にはなぜ滝沢がバニー証券に怒りを募らせているのか理解できなかったようだ。
やがて滝沢は竹内がトレーダーになど聞いてないことを知った。
滝沢がゼロクーポン債の売買をすると、他の銘柄の値段が改善されることを知り、そのことを竹内に告げた。
やつは、「浮気するからだ」と事実と逆の事を言って電話を切った。




