53話 会いたい!
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カイルさんは、ゆっくりと静かな足取りで、こちらに近づいてくる。
そして感情の見えない目で、私たちを見据える。
万事休す、なのかもしれない。
だって彼は、王直属の執事で、その意向に沿って動いている。
衛兵を呼びつけられて追い払われるーー。
私がそんなふうに警戒をしていたら、彼は「こちらへ」とだけ言って、くるりと私たちに背を向けた。
そして先々、どこぞへと歩いていく。
リディアはそれに少し遅れて、でも結局はついていく。
そうしてたどり着いたのは、全く人気のない屋敷の裏手だ。
そこでカイルさんは、こちらを振り向いた。
「公爵令嬢様が侵入とは、なかなか大胆なことをされますね」
「勝手な固定観念よ」
「なるほど、たしかにそうかもしれませんが」
「そんなことはいいわ。なぜあんなところにいたの。偶然ではないでしょう」
「さすがに鋭いですね。あなた方が色々と動いていることは承知していました。こちらに到着したことも知っていて、警戒していたのです」
その後に続いた話によれば、どうやら街に入る少し前の時点から、マークしていたらしい。
そのうえで侵入経路を考えたところ、塀を乗り越えるルートがもっとも可能性が高いと考えて、あらかじめ張っていたそうだ。
「……王家の執事はさすがね」
と、リディアが感心したように呟く。
たしかに、その対応は完璧だ。
実際私たちはその通りに動いて、あえなく捕まったわけだし。
ただそんな褒め言葉には一切反応せず、彼はリディアに問いかける。
「そこまでして、レイナルト王子にお会いになりたいですか」
「……それはこの子が……」
リディアはそう言いかけるのだけれど、そこで首を横に振った。
「いえ、そうね。会いたいわ。でなければ、こんなことはしない」
そして、はっきりとそう言い切ってくれる。
カイルさんの手前、という感じでもない。その声音には、本心が乗っている。そんな気がした。
「私も、パパに会いたい」
だから、私もリディアの背中から同様に宣言をする。
カイルさんは、そんな私たちの声に、ただ一言「そうですか」とぼそり呟くと、ため息をついた。
一見すると、とんだ塩対応に見える。今に追い払われてもおかしくない。
が、私の感覚としては、むしろ悪くなかった。
カイルさんは、国王がレイナルトにつけた、いわば目付け役である。
もしなんのチャンスもないのなら、とうに追い払われていて然るべきだ。
これはうまくやれば、籠絡できるかもしれない。
こうなったら、またボーロを使ってーー
と、私は企むのだけど、それより先にカイルさんが動いた。
裏口の扉まで歩いていくと、それを開ける。
「どうぞ」
そして、こう私たちに促した。
「まだ部屋におられます。案内いたします」
……罠なのでは?
そう思うくらいの、理想的な展開だった。
リディアは戸惑った様子で、「どういう魂胆かしら」と小さく呟く。
ただ、行かない手はないという結論になったのだろう。
「アイ、行きましょうか」
と、背中に乗る私にこう声を掛けた。
「うん。私、降りる?」
「いえ。まだ乗っていて。最悪は逃げ出せるようにしないと」
どうやら警戒は解いていないようだった。
裏方から廊下に入っても、リディアはあたりに気を配り、慎重に歩く。
先を行くカイルさんはそれを振り返って、
「なにもありませんが」
と言うのだけれど、リディアはその姿勢を崩さない。
私としては、そこまでしなくても……と思ったが、もし本当に罠だったらとも思って、口にしない。
そのうち、一つの部屋の前でカイルさんは立ち止まった。
「ここに、レイナルト王子がいらっしゃいます」
「見えるまでは入らないわ」
「…………そうですか。ずいぶん信用がないようですね」
カイルさんは、じっと私に目線をくれる。
もしかして、反論してほしいのだろうか。そう思いつつもなにも言えずにいたら、彼は扉をノックする。
「なにかあったかい? 入っていいよ」
すると扉の奥から返ってきた声は、間違いなくレイナルトのものだ。




