50話 旅行に出ます!
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旅行に出ることとなったのは、それから数日後のことであった。
どうやらリディアは、かなり前々から手を回していたらしい。
ほとんど誰にも知らされていなかったレイナルトの居場所を、いろいろな伝手を辿って探り、そしてエレン爺という強力な味方の力も借りることで、ついに掴んだそうだ。
その居場所はといえば、王都から見ればかなり西の街・スオー。
王都からはかなりの距離があって到着までは一週間ほどかかるらしい。
私としては、早く会いたい気持ちでいっぱいだった。
だが、案内してくれるエレン爺はといえば……
「いやぁ、公務外の旅はいいものだなぁ。酒がうまい、うまい」
ただ単に旅行を楽しんでいた。
道中の街にあった飲食店にて、彼はビールをかぁっと飲み干して、豪快に笑う。
出発してまだ数時間、真っ昼間だ。
ただすでにできあがっているらしく、「アイも飲むか〜?」なんて、空のグラスを揺らす。そしてなぜか自分も揺れている。
完全に面倒くさい親戚のおじさんだ。
リディアがそれを止めてくれればいいのだけど、彼女は彼女で、お野菜のフリットに夢中になっていた。
次々と口に入れて、その頬はリスみたく膨れている。
うーん、ここまで暢気にしていていいものなのだろうか。
「……パパ、どこか行ったりしない?」
不安になった私がこう尋ねると、リディアは口の中のものを飲みこんでから、
「大丈夫よ。そのあたりはお父様が把握しているわ」
こうあっさりと答える。
それにエレン爺も、大きく首を縦に振った。
「あぁ、爺ちゃんに任せておいていいんだぞ。アイは安心して、ゆったり旅を楽しむといい」
「そうよ、アイ。あなたが元気な姿じゃなかったら、あの人も悲しむでしょう?」
「うむ、リディアの言う通りだ。彼がどこかに動いてもすぐに掴める。ゆっくりと行けばいい。馬車旅は結構疲れるからなぁ」
「そうね。もし気持ち悪くなったりしたらすぐに言うのよ」
二人の言葉に、私ははっとさせられる。
考えてもみれば、私は三歳児だ。
それに、十日もかかる旅なんてしたことがない。
もしかすると二人は私のためを思って、ゆったりとした旅程を組んでくれたのかもしれない。
「すまない、ビールのおかわりをくれますか」
「このフリットも追加してくださいな、塩たっぷりで」
……いや、素直に彼らが楽しんでいるだけな気もするけど。
見た目だけだと似ても似つかない親子だが、はっきりとその血のつながりを感じる。
でも、おかげで心は軽くなった。
あんまり思い詰めないで、きっとちょうどいいのだ。
それで私は、お子様プレートを注文する。
ハンバーグやサラダなど、色々なものが少しずつ乗ったそのプレートを楽しめるのは、子どもの特権だ。
そう思っていたのだが、私のプレートを見たエレン爺は「私にもこれを」と平気で注文し(ついでにまたビールを追加していた)、リディアもそれに便乗する。
そうして三人、お子様プレートを囲むこととなっていた。
どうやらこの店は、大人も注文できるらしい。
「はは、これでアイとお揃いだ」
「爺、そのために頼んだの?」
「あぁ、そうだ。酒のあてにもちょうどいいからなぁ」
うん、そっちが本音だね、これは。
たしかにお子様プレートは、逐一注文しなくても色んなものが乗ってるもんね。
「ママはどうして?」
「夢があるもの。アイは、そう思わない?」
「思う」
なんなら、それが得たいがために注文したみたいなところもあるしね。
リディアの意見には完全同意だ。
どうやらこちらの世界でも、オムライスには旗がついているらしい。
それを外す儀式をやってから、私とリディアはさっそく食べ始める。
エレン爺はといえば、スプーンを持つより先に、そそくさと三本の旗を回収していた。
「なにかに使うの?」
「爺ちゃんは、こういう小物を集めるのが好きでなぁ。なんでも取っていたくなるんだ。後から見返したら、色々と思い出せるだろう? 今日のはアイと初めての旅行の思い出だ」
本当、豪快なんだか繊細なんだか、分からない人だ。
たぶんエレン爺が前世で生きていたら、部屋の机がアイスの蓋でいっぱいになってると思う。
でも、その感覚はちょっと素敵だ。
エレン爺のコレクション話を聞きながら、私たちは食事をとり終える。
それから消化と酔い覚ましのために少し休んだのち、再び出発することとなった。




