5話 まずはレイナルト王子を虜にします!
公爵家での生活は、本当に至れり尽くせりの状態だった。
さすがはエヴァン家というべきだろう。
乳母も何人かおり栄養摂取には事欠くことがなかったし、お世話もたっぷりとしてくれる。
たとえばなにかの拍子にベッドで足をぶつけて、思わず泣いてしまったら、部屋の隅で待機していた使用人が三人駆けつけてきて……
「はーい。痛いの痛いのとんでいけ~」
「そうですよ、とんでいけ~」
「アイ様、ぜったい大丈夫ですからね。とんでいけ~」
とんでいけ、の輪唱を始めてしまうくらい。
絶対に一人でいいよね……。
正直に言えばそう思ったけれど、いい風に捉えるならば、それくらいには大事にしてもらっていた。
リディアはといえば、公爵令嬢として、外での仕事もあるのだろう。
ずっとそばにいてくれるわけではなかったが、屋敷に帰ってくるとすぐに、私のいる部屋へとやってくる。
彼女が帰ってきた際は、使用人らが如実に慌ただしくなるから、分かりやすいのだ。
中身は元大人とはいえ、子ども心もしっかり混ざっている。
育ての母たるリディアに会えるのが嬉しくて、私は少しでも早くと、どうにか扉のほうへと身体を返す。
ここへ来てから、六か月だ。
ハイハイもできるようになっていたから、それくらいの動きは、できる。
そうしてリディアを迎えると、
「おぉ、俺が来ることが分かっていたみたいだね。髪が伸びてきても可愛いね。しかも綺麗なクリーム色だ」
そこにはレイナルトの姿もあって、彼は私のいるベビーベッドのそばによるなり、腰を屈めて私を柵の間から眺める。
……私はリディアを迎えるつもりだったんだけど、なんて。
そんな冷たいことは思わない。
はじめて彼が屋敷に来た日にやった、リディアとの距離を近づける作戦が功を奏したのだろう。
あれ以来、レイナルトは定期的に屋敷を訪れるようになっていた。
ただし、その目的はあくまでリディアじゃなくて私らしい。
結構に気に入ってもらえたようで、彼は来るたびに、たくさんのプレゼントを持参してくる。
「今日は、ぬいぐるみを持ってきたよ。白猫のぬいぐるみで……って、もう同じようなものがあるね」
が、そのほとんどがすでにリディアによって与えられているものだったりするから、なかなか不憫だった。
たぶん文化レベル的に高度なものがないから、似たようなものになりがちなのだろう。
分かりやすく肩を落とすレイナルトに対して、リディアはといえば
「ふんっ。また被ってるわよ。せめて黒猫ならよかったのに、残念ね」
腕組みしたまま目を閉じて、どういうわけか得意げにふっと笑う。
「……君は少し甘やかしすぎじゃないかと思うね」
「うちの教育方針よ。というか、あなたが言えることじゃないわ。そこまでしてくれなくていい、といつも言っているのに」
「したいんだから、いいだろう?」
レイナルトはそう言ってから寂しそうにしつつ、それをカバンに引っ込めようとする。
私はといえばそれをただ眺めていて、はたとひらめいた。
このあたりでもう一段レイナルトを私の虜にできれば、さらに来る頻度が高まるかもしれない。
そしてそれは、今はまだ当初より少し近づいた程度の二人の関係をより深める機会を与えることにもなる……!
私は手を伸ばして、
「あおぶ」
遊ぶ、と言ったつもりの中途半端な言葉を発する。
すると、レイナルトははたとこちらを振り向いて、その藍色の瞳をきらきらと輝かせる。
「今、パパって言わなかったかい……!?」
いいえ、言っていません。
とんだ勘違いです。
というか、どうやったらそう聞こえるのか教えてほしい。
私がそう呆れていたら、
「言ってない。というか、それが使いたいんじゃないの」
リディアがレイナルトを冷静に諭してくれて、私のもとには無事に白猫のぬいぐるみ(二匹目)がやってきた。
目新しいわけではなかったが、私はそれを持ち上げようとしてみたり、頭を埋めてみたりと、遊び始める。
そうして、ちらりとレイナルトを見れば、喜色満面の笑みで私の一挙手一投足を見ていた。
そこまでの熱視線を送られるとやりづらい……!
そう思って目を逸らせばそこには、少ししょぼんとした様子で眉を下げるリディアがいる。
え、なんで……と思えば、その視線は前に彼女がくれた白猫のぬいぐるみに注がれていた。
どうやら彼女は彼女で、自分のあげたぬいぐるみが使われなくなったことにショックを受けているらしかった。
それが顔に出ているとは、本人は思っていないだろうが。
もうこうなったら、やけだ。
私は片手でレイナルトから貰った猫のぬいぐるみを持ち、もう片手でリディアから貰ったそれも掴む。
そうして、それらをまるで人形劇をやるようにして、遊んでみる。
私としては、二人が早くくっつくように、なんて意味合いもこめて、猫同士の口元をそっと近づけさせてみたりしたのだけれど……
「……今日のところは引き分けね」
「そうだね。また持ってくるよ。そうだな、今度は黒猫にしようか」
「分かったわ。私の方でも用意しておくわ」
謎の張り合いが起きただけで、全然効果がなかった。
ただまぁ一応は、変な雰囲気になることも避けられたし、次の約束もできたからいいのかしら?
まだ道のりは遠そうだけれど。
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