49話 拾われて、本当によかった。
その日の帰り道、どう切り出したものかと私は迷っていた。
レイナルトを遠くにやっているのは、その父である国王。
それがアシュレイの失言のおかげで分かって、おかげで理由もなんとなく当たりがついた。
たぶん国王は、自分の血を引かない私に、レイナルトが入れ込んでいることが気に食わないのだ。
だから、彼を強制的に私から遠ざけた。
はじめて授業を受けた日の冷たい視線を考えると、すごくしっくりとくるシナリオだ。
ただ、それが分かっただけでは、どうしようもない。
たとえばどうにかして王様に会わせて貰って、『別に王女の座を狙うつもりはないと伝える』とか、実際に動かないことには現状を打開できない。
そしてそれは私一人にできることじゃなかった。
だから、リディアにお願いをしようと思っていたのだけれど……
どうやら彼女は彼女でなにやら考え事をしているらしかった。
背をぴんと張ったまま、長く目を瞑っているから、私はその目が開くのを待つのだが、
「アイ、今度旅行に出ましょうか」
リディアは目を開けないままに、先にこう切り出してくる。
「え、旅行?」
「そうよ。ママとじいじと、三人で旅行」
いきなりに降ってわいた話だった。
その唐突さに、私は何度か瞬きをするくらいしかできなくなる。
遅れてじわじわ心の中に影を落としていくのは、悲しみだ。
リディアは結局レイナルトのことをなんとも思っていないのだろうか。
いなくなっても変わらない。そんなふうに思っていたりして。
勝手にそこまで頭が回って、目にはじわりと涙が溜まる。
――が、しかし。
「パパに会いに行くわよ。そろそろ、顔を見たいでしょう?」
笑顔で続いたのはこんな言葉で、私は「え」と呟いたきり言葉を失わざるをえなかった。
「ふふ、驚いた? でも、前々から準備していたのよ」
リディアはそこから、旅行の予定について話してくれる。
が、それらが入る余地もないほど私の心は、すでにいっぱいになっていた。
リディアが、レイナルトのことをきちんと考えていた。それどころか私よりも数歩先に進んで、実際に会おうとさえ計画してくれている。
一度悲しい気持ちになったがゆえに、その喜びはひとしおのものがあった。
私はついに堪えきれなくなって、ぽろぽろと涙を流してしまう。
それは止めようと思っても、どうしようもない。
どうやら私もかなり、レイナルトに会いたいと思っていたみたいだ。
自分でも分かっていなかった感情が、表に引っ張り出されていた。
「あらあら、アイったら。まだ会ってもないのに」
「だって。だって、すごく会いたいもん」
「そっか。そうよね。ママもそう思うわ」
リディアは、泣きじゃくる私を抱き寄せると、背中をゆっくりとさすってくれる。
その温かさはいっそう涙を誘って、私はさらに泣く。
そうしてやっと落ち着いてきたところで、
「アイ、今日お城の中に勝手に入ったでしょ」
リディアがこう言うから、私はどきりとした。
彼女の腕の中に包まれたまま、その顔を見上げる。
「……ママ。どうしてそれ」
「ジョルジュ先生が教えてくれたのよ。馬留めのところまで、わざわざ出向いて来てね」
……どうやら、無罪放免ではなかったようだ。
三歳児だから本人に指導するのではなく、親に言いつけることにしただけだったらしい。
「ご、ごめんなさい!」
私は焦って、すぐに謝る。
前世でも、同じような経験があったのだ。
そのときは、たまたま学校の宿題を忘れてしまったことを先生から母に報告されて、かなりこっぴどく怒られた。
だから同じような展開にあるかと思ったのだけれど、「謝らないで」とリディアは言う。
「先生が言っていたわ。聡明なあなたのことだから、ただ間違えたわけじゃない。たぶんレイナルトのことを気にして、なにか知りたくて、いてもたってもいられなくなったんだろうって」
さすがの観察眼、そして推理力だった。
どうやら頭脳キャラはゲーム設定上だけの伊達じゃないらしい。
ほとんど完ぺきに見抜かれてしまっている。まぁ私に対する評価が高すぎて、三歳児としてみなされていない可能性もあるけど、なんにせよだ。
今度こそ素直に、ジョルジュ先生には感謝をしなくてはいけないかもしれない。
「アイ。あなたのおかげで会いに行く決心がついたわ。ありがとう」
リディアが私の耳元で囁く。
それに対して溢れてくる感情はといえば、一つだ。
「……ママ」
「なぁに」
「ママ、好き。大好き」
「ふふ、知ってる」
リディアに拾われて、本当によかった。
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