45話 年越しに向けて準備を進めますが。
そこからきたる年末へ向けて、リディア邸内は大忙しだった。
もちろん、レイナルトを迎える準備のためである。
とくに気合が入っているのはリディア本人--ではなくて、使用人さんたち。
「こちら、乾拭き終わりました!」
「じゃあ次は水拭きをお願い! 私はここの黒ずみ磨いてるから」
「は、はい!」
年末の大掃除は、そこまで必要か……? というくらい、気合が入っている。
ただ廊下の壁を水拭きするだけだと言うのに、なんか目が燃えている気がするもん。
それは厨房を覗いても同じで、サラさんは「……鍋より美味しい料理、鍋より美味しい料理」と呪文のように呟きながら、調理台に向き合っている。
いや、鍋に囚われすぎてるよね、さすがに。
私はそう苦笑いしつつも、そこを通り過ぎる。
そうして向かったのは、食堂だ。
そこではリディアが、飾り付けの準備をしていた。
「あら、アイ。お昼の読書はおわったの?」
「うん。ちょうど新しいヒーローさんが出てきて、揉めてるところ」
「……なっ。…………やっぱり教育に悪そうね」
完全にやぶへびだ。
私は誤魔化そうと、すぐにリディアのそばに駆け寄って、その作業を手伝うことにする。
「ママ、楽しそう」
「ふふ、結構好きなのよ。この紙リボン作り」
リディアはそういうと、傍らに置いていた木箱を傾け、見せてくれる。
「わぁ」
その中には、大量の星型リボンが入っていた。
こういうのがすごく得意だったわけじゃない私にしてみれば、あまりにもすごい。
それに、可愛い。
私がついそのうちの一つを取って髪にあてがうなどしていたら、
「ふふ、あなたは本当に可愛いわね」
と、彼女はそれこそ花をつけたように笑う。
悪役なんて名ばかりの天使な笑顔に、
「ママのほうが可愛いよ」
私がこう言えば、彼女は一つ私の頭を撫でてくれた。
そこからはリディアに教えてもらう格好で、リボンの折り方を教えてもらう。
「ママはよく知ってるね?」
「えぇ、昔よくやったのよ、折り紙。一人でもできるからおすすめよ」
私は小さな母が懸命に紙を折っているのを想像して、勝手にほっこりとする。
そこからはリディアの膝下に乗せてもらい、リボンづくりのお手伝いをすることとなった。
リディアは、とても機嫌がよさそうだった。
軽く鼻歌を鳴らしながら、小さく揺れている。
「ママ、すごく楽しそう」
「ふふ、そうね。あなたと一緒に折り紙できて幸せだもの。久々にやると楽しいわね」
「年越し楽しみ?」
「それも楽しみよ、ちゃんと」
割合的には、折り紙の楽しさが七で、年越しのためが三くらいかな?
でもまぁ少なくとも。
早くから自分で準備をするのだから、ある程度は本当に楽しみにしてくれているとみてよさそうだ。
なら、私もたくさん楽しまないとね。
私は思いつきで、友達に聞いたものと前置いたうえで、前世で唯一折ることのできた鶴を作ってみようとする。
ただ結局、思うようにはいかず不格好にはなってしまうのだが、リディアが私の意図を汲んで、いい感じに修正をしてくれた。
「ふふ、大きな水鳥ね。よくできてる」
どうやらこの世界にも、同じような折り方があったらしい。
「ママも同じの作ってみるわね」
「私もやる!」
そうしてしばらく、私とリディアはいくつか鶴を折る。
その途中で、使用人さんの一人がリディアを呼びにきた。
それで彼女は名残惜しそうにしつつも、「ママ、少しお出かけしてくるからいい子で待っててね」と部屋を後にする。
私は知っている。
リディアはこのあと、プレゼント探しにいくのだ。
使用人さんたちが前にぼそりと漏らしているのをたまたま聞いちゃったんだよね。
だから私はリディアを快く見送った。
そして私も私で、二人になにか作れないだろうか、と考えてみたりする。
そんなふうにして迎えた年末、前世でいうところの大晦日。
その日レイナルトは、リディア邸にやってこなかった。




