44話 ソファでたぬき寝入りです。
思ったより飯テロを起こしてしまいすいませんでした。
これからも定期的に出てくるかもです。
♢
食後、私たち三人は食堂からリビングへと移った。
かつてはレイナルトが来ても、リビングではなく応接間か私の部屋にしか通していなかった。
それが今や私を間に挟んでいるとはいえ、同じソファに座っている。
そのうえでやってくれるのは――
「がおー、ぐるるっ。くっ、おりゃー」
絵本の読み聞かせだ。
魔物とそれを討伐しようとする人間、二役をレイナルトはこなす。
擬音ばかりのセリフでも恥ずかしがらずに、演じ切ってくれていた。
リディアはといえば、その後ろで本のページをめくる。
なかなかのコンビネーションっぷりだ。
まぁ一般的に見ればレイナルトの負担のほうがだいぶ大きい気もするけれど。
物語自体はなんてことはない。
桃太郎みたいなストーリーで、鬼のところが魔物に置き換えられていた。
この世界に来てもう四年弱が経とうとしているが、まだ実際に魔物を見たことはない。見たのはせいぜい、食肉となった状態の魔猪くらいか。
普通の動物と比べて巨体であり、攻撃性が高い存在が魔物であるというのはゲーム知識として知っているが、実際に対峙したらどうするべきなのだろう。
今使える風の魔法を使うとしたら、落ち葉で目くらましして逃げるとか?
「きん、やっ! ぐうっ、うわー」
擬音を発し続けるレイナルトを見ながら、私はついついそんなことを考えこむ。
そして、はっとしたときには――
「こうして一行は、無事に砂を持ち帰り、島へと帰還するのであった。おしまい」
終わってしまっていた。
砂を持ち帰るって、なに。甲子園に行った高校生? そんな話してたっけ。
私はそう思いつつも、とりあえず拍手をする。
「面白かった?」
とリディアが聞くのに、私は「うん」と首を縦に振る。
「もう一回聞きたいかも」
そして、こんなふうにおねだりをした。
さすがに、砂のことが気になっていたしね。
「え」
レイナルトは若干顔を引きつらせるが、リディアが「いいじゃない」と促したこともあり、一から読み直してくれる。
それでよくよく聞いてみれば、序盤も序盤でその砂については説明があった。
なんでも壁などに混ぜ込むと、魔除けになるんだとか。
それで早々に満足してしまったのがよくなかった。
遊び疲れと食べ過ぎが祟ったのか、擬音パートが始まったところで、私は猛烈な眠気に襲われてしまう。
レイナルトに読ませたのが私である以上、寝ちゃいけないことだけはわかっていた。
ただ、どうにも耐えきれず、うつらうつらとして私はリディアの左肩に頭をぶつけてしまう。
そこでレイナルトが本を読むのを止めた。
「はは、寝ちゃったみたいだね」
「自分からお願いしておいて、これなんだから、子どもって面白いわよね」
「子守唄代わりになったのなら、全然かまわないんだけど」
まだ寝てはないのだけれど、もう言葉もうまく出てこない。
リディアの腕がふわふわ柔らかく、そして温かいこともあって、私は今に落ちそうになっていたのだけれど……
「いい演技だったわよ。さっきの『うぎゃー』ってやつ」
「それ絶対に褒めてないだろう」
「ふふ、そんなことないわ。でも面白かったのはたしかね。みんなの憧れの王子様が『うぎゃー』だもの」
「……憧れられているのは地位だけの話だよ。ふぅ。俺も少し疲れたな」
こんなふうに二人きりでの会話が始まるから、私は最後のところで踏みとどまる。
どうしても聞いてみたい、とそう思った。
これまでは、二人だけで会話するのを聞く機会は、ほとんどなかったのだ。
昔なら一度眠気に襲われたら、すぐに寝ちゃっていたしね。
「でも、たしかに眠いのは分かるわよ。鍋のおかげで身体もあったまったし」
「そうだね。冬には最適だ。今度うちの屋敷でもやろうと思う」
「ふふ。いいじゃない。順調に広まっていて、嬉しい限りよ」
「広めたいのかい? それなら、エヴァン公爵家の傘下にある商会にお願いして、今度の建国祭に、出店してもらってもいいかもしれないね」
「いいわね、それ。それなら、どこの家とも被らないもの。何種類か用意して、人気のスープを後から販売してもいいかもしれないわね」
「はは、それなら具材も把握したいところだな」
……なんか、商売の話に変わってきてるね、うん。
もう眠ってもいいかと思いつつ、私は意識だけは手放さない。
「なんなら一緒にやってもいいわよ。そうすればアイも喜ぶだろうし」
「乗ったと言いたいけど、すまない。それはできないんだ。王家は建国祭で商売をするのは禁止されているからね」
「……あったわね、そんな縛り」
「うん。他の貴族への配慮って話だ。まぁ大量の寄付金で実施しているんだから、当たり前とも言えるけど」
レイナルトはここで一つ大きな息をつく。
たぶん背もたれに深く沈み込んだのだろう。私が寄りかかっていたリディアの肩ごと、大きく揺れる。
「気が乗らないなぁ」
「……そんなことを言っているのは、あなただけよ。この間、他の王子に会ったけど、この機に次の王座をって、あなたの地位を狙ってるみたいだけど」
「……弟や従兄弟はそうかもしれないな」
レイナルトがぼそりと言う。
ゲームと同じだと思った。
ゲーム内でも王家の後継者争いは、複雑なものとして描かれていたっけ。
「そんなことより、そろそろ年越しだね」
「……明白に話題を逸らしにきたわね」
「はは、痛いところをつくなぁ。もしよかったら一緒に迎えても構わないかい? アイにも会いたいし」
「いいけど、あなたの家ではやらないの?」
「今年は父が外に出ているからね」
「それなら、私は別にいいわよ。アイも喜ぶわ」
うん、そりゃあ嬉しいに決まってる。
二人と一緒に、家族で年越しを迎えられたら、どれだけ幸せだろうか。
「ありがとう。じゃあプレゼント交換もしようか」
そっか、この世界においての年越しは、お正月というよりクリスマスみたいなものだもんね。
海外同様に、恋人のイベントではないみたいだけど。
「……そういうの得意じゃないんだけど」
「まぁまぁいいじゃないか。使用人さんたちも参加したら賑やかになるかな?」
「勝手に話を進めない」
「はは、悪かったよ」
そこでふと、リディアによって身体が押されて、レイナルトの方へと預けられる。
どうしたのかと思いつつも目を開けられないでいたら、少しあと、ふわりとした感触が肌を包んだ。
すぐに、全身が温かくなっていく。
どうやら毛布をかけてもらったみたいだ。
これはもはや、ぎりぎりのところで眠気を堪えていた私には、とどめに等しかった。
「足元。あなたもかける?」
「えっと、いいのかい? 同じ毛布だけど」
「いいんじゃない。あなただけ別の毛布使うのも変でしょう」
飯テロのあとは、きゅんテロということで!




