43話 みんなでトマト鍋です
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遊びに一段落がついたら、次は食事だ。
私たちは手洗いなどを済ませたのちに食堂へと入る。
そこにはすでに料理の用意がなされていたのだけれど、それはレイナルトには見慣れないものだったようで……
「……えっと、これはなんだい?」
魔石で作られているコンロのような調理器具に乗った鍋と、まだ調理されていない食材の並ぶ皿とに目をやって、彼は何度か瞬きをする。
いつもとはテーブルも異なっていた。
普段はレースの引かれた、いかにも高級そうなロングテーブルを使っているのだが、今日用意してもらったのは、小さな丸形のテーブルだ。
その周りに大人用の椅子が二つと、子ども用の背たけの高い椅子が据えてある。
困惑するレイナルトを、リディアは口元に手をやり、ふふっと笑う。
「ふふ、知らないでしょうね。これはお鍋よ」
「おなべ……?」
「えぇ。好きなものを煮込むの。アイが最初に思いついたのよね」
リディアが説明してくれるのに、私はこくりと首を縦に振る。
「うん、なに入れても美味しいんだよ」
そう、これはトマト鍋だ。
私にとっては一人暮らしの時の定番メニューで、冷蔵庫に残っているものをとりあえずなんでも突っこんで、残業帰りの晩御飯としていた。
鍋の種類だけで言えば、一番好きなのはちゃんこ鍋だ。
ただ出汁を取るところから四歳児がお願いをするのは不自然な話だから、トマトスープを改善したものとして、トマト鍋を提案した。
そもそも思いついたのは、なんとなくの物足りなさだ。
毎日季節の食材を使った美味しい食事が出てくるのに、なぜか冬を迎えた感じがしない。
その理由がなにかと考えていて、思い至ったのがこれだった。
やっぱり元日本人としては鍋あってこその冬である。
そして、その感覚はリディアや使用人たちにも無事に通用した。
どちらかといえば安上がりで簡単な食事のイメージなのだけれど、調理しながら食べるという感覚が受けたらしい。
最近ではむしろ、お鍋こそ贅沢! なんて雰囲気まで生まれていて、使用人さんたちもお鍋の日は明らかに仕事に気合が入っている。
エヴァン公爵家が関わっている商人への接待に使ったところ、かなりウケが良かったなんて話も聞いた。
とまぁ、そんなお鍋を今日はおねだりしていたのだ。
その理由は、単に食べたかったから――だけじゃない。
同じお鍋をつつくことで、親密度が上がると考えてのことだ。
「えっと、これで入れていけばいいんだよね」
「えぇ。一気にいっちゃっていいわよ」
鍋あるあるのやりとりを交わしながら、二人はトマト鍋をスタートする。
キャベツ、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、腸詰などなど。
あらゆるものをどさっと入れて、約十分ほど。ついに、お鍋ができあがり、リディアによそってもらう。
ちょうどいい量の具材を入れた後に、上から汁を少し。
そのよそい方も、かなりうまくなっていた。
私としては待ちきれず、入れてもらうやいなや一口食べて、その優しい酸味と野菜の甘さにほっこりとする。
リディアも、「うん、今日も抜群ね」と呟いていた。
それを見てだろう。
少し躊躇っていた様子だったレイナルトもスプーンを口に運ぶ。
それからすぐに、「……美味しい」と驚いたように漏らしていた。
これには思わず笑顔になってしまう。
「私は、くたっとしたキャベツが好き!」
「私は腸詰かしら。塩気と酸味がちょうどいいの」
「ママはいつも腸詰ばっかり食べてる」
「……余計な事言わないでいいのよ、アイ」
だって本当のことだしね。
この間なんて一人で五本くらい食べて、使用人さんに「それ以上はやめておいたほうが……」と諭されていた。
それに、リディアの好みは、積極的に知ってもらいたいのだ。
「はは、リディは本当に味の濃いものが好きだね」
「お説教はきかないわよ」
「はは、そういうのはエヴァン公爵にお任せするよ」
和やかな会話をしながら、私たちは一つのトマト鍋をつつく。
すでになかなかいい雰囲気が醸されていたが、お鍋の真価はここからだ。
トマト鍋の締めといえば、やっぱりこれしかない。
「今日もすごくいい感じだね、ママ」
「ふふ、任せておきなさい。ママはなんでも知ってるのよ。お米とチーズはたくさん入ってる方が美味しいの」
トマトチーズリゾットだ。
まぁ麺というタイプもいるかもしれないが、私とリディアはリゾット派で、ガッツリ好きのリディアはとにかくたくさんチーズを盛る。
どれくらいかといえば、スプーンですくいにいけば、皿まで伸びてきてしまうほど。
これに、レイナルトは顔を引き攣らせていた。
「……うぅ、見てるだけで胃もたれしそうだよ」
「いいのよ、残してくれれば。私とアイで全部食べるから」
「うん。無理しないで」
実際、全然いけちゃうと思う。
まぁそれは主に、リディアが食べるからなんだけど。
「……リディは、どうして細いままでいられるか分からないな」
「褒めてもリゾットしか出ないわよ」
リディアはそう笑いつつ、レイナルトの分を小さく皿によそう。
それを食べたレイナルトはといえば、結局足りなかったのか、再度自分でさらにリゾットを盛っていた。
「……どうぞ」
「いいや、リディが食べるといいよ」
最後の一口に至っては、二人ともが手を伸ばして、譲り合いが発生する。
私はもうお腹いっぱいだったから首を横に張る。それで二人は半口ずつ分けて、最後まで食べきっていた。
ちなみにリディアは、鍋にこびりついたお米までスプーンでこそいで食べていた。
そこだけ切り取れば、一人暮らしのときの私と変わらないね、うん。
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