41話 ついに王様に会いました。
と、そんなことがありながらも、手をつないだ二人の粘土人形は、作業時間内に一応の完成を見た。
クオリティは決して高くないが、髪型や目つきなど特徴はとらえられているし、結構いいのでは? と、私がしげしげそれを眺めているうち、保護者たちは再び後ろへと下がり、ジョルジュ先生による今日の総括が行われる。
ただ正直、そのほとんどが右から左へ抜けていっていた。
早く終わってくれないだろうか。家に帰ったら、もう少し形を調整をして色を付けて見たりして……
なんて。私がそんな想像を膨らませていたら、不意に教室の扉がノックされた。
それにジョルジュ先生が応じて、来訪者となにやら会話を交わす。
それから教壇に戻ったジョルジュ先生が告げたのは、まったく思いがけない話だった。
「これから、ここへクローヴィス王が来ます。みなさん、お静かになさってください」
いきなりの、超大物来訪だ。
まぁたしかに王城内で開かれているわけだから、顔を出すこと自体に、おかしなことはない気もするが。
三歳児たちはきょとんとして、保護者達はざわめき、教室内は異様な空気に包まれる。
そんななか、私の心臓は嫌な高鳴り方をしていた。
クローヴィス王はレイナルトの父であり、彼の子どもとしても育てられてきた私からすれば、エヴァン公爵同様に祖父にあたる。
ただこれまで一度も会ったことはないし、私に興味がないという話もうっすらと聞いていた。
そんななかで顔を合わせるというのは、正直やりにくいものがあった。
私は後ろを振り返り、レイナルトへと目をやる。
彼も、父の来訪を知らなかったのだろう。とても驚いた顔をしていた。
だが私の視線に気づくと、一つ首を縦に振ってくれる。
大丈夫だ。そう言ってもらえた気がして、私は少しだけ落ち着きを取り戻して、前を向く。
そこへついに扉が開いて、クローヴィス王が入ってきた。
その姿自体は、ゲームでも見たことがある。
真っ白に染まった髪と、境界が分からなくなるくらい立派に生えた白髭。そして威厳を感じさせるがっしりとした身体つき。
いかにもイメージ通りの王様だ。
年齢はたしか、六十近く。なかなか子どもができずに、レイナルトやその弟王子たちが生まれたのは四十を過ぎてからだったと記憶していた。
彼は教室内をぐるりと見渡して、それからジョルジュ先生に声をかける。
「元気にやっているようだな」
「えぇ、とても活きがいいですよ。我が国の未来は安泰かと存じます」
「ふむ」
クローヴィス王はそこで、後ろの保護者たちへと目を移す。
「彼らはこの国のこれからを作っていく宝だ。それを忘れずに接してほしい」
そして、こう当たり障りのないことを述べるのだけれど、その視線はといえばレイナルト一人に向けられていた。
眉にはしわが寄っており、その目線はひどく鋭い。
言外に、なにかのメッセージを込めているのかもしれない。
だが、その場でそれを口にすることはなく、クローヴィス王はそれで部屋を後にしようとする。
その最後、ふと目が合った。
そこには、なんの感情も感じられない。
ただ単に見られていると言う感じで、背中の毛が泡立つ感覚になって、私は思わず目を少し逸らしてしまった。
扉が閉められて、クローヴィス王は去っていく。
息が詰まりすぎて、生きた心地がしなかった。
それで私が大きく深呼吸をしていたら。
「もじゃもじゃだったわね」
「それな。まじで、雲みたいだった」
ジェフとビアンカちゃんが実に三歳児らしい感想を口にするから、私は思わず噴き出してしまった。
変に考えていたのが馬鹿らしくなるほど、素直な感想だ。
三歳児にとってみれば、いかに王様ほど偉い人だろうが、『もじゃもじゃの雲』でしかないのだ。
「たしかにそうかも」
おかげさまで変に考えこむことなく、その日の授業は終わった。
家に戻った私はといえば、さっそく粘土人形のさらなる加工に取り掛かる。
そうしてある程度満足のいくものになったら、その夜。
寝室に飾ってもらおうと、私はリディアに頼み込むことにした。
彼女は、二人の粘土人形を受取って、少し躊躇っている様子だった。
でも、そんなことは三歳児だから関係ない。
「アイの部屋じゃだめなの?」
との分かり切った質問に、私は「寝る前に見たいの」と笑顔で答える。
それでも彼女は戸惑いを見せていた。
ただリディアはどこまでいっても私に甘い。
最終的には私の願いを聞き入れて、ベッドの脇にあるサイドテーブルに粘土人形を飾ってくれた。




