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39話 うっかり神童扱いされちゃいました(やめて)





先生が入ってきたのは、三歳児たちがかなり集合した後のことだった。


席次は決まっていなかったから、私はジェフ、ビアンカちゃんに挟まれる形で近場にあった席に着く。


「講師のジョルジュです。これからは定期的にこうして、学びの場を作りますので、ぜひご参加ください」


ジョルジュ先生は、知った顔だった。


どこで見たかといえば、もちろんゲームで、だ。


彼もアシュレイ同様に、サブヒーローの一人である。


たしか普段は魔法学の研究をしており、かつては冒険者をしていたこともあるくらい実力があるとか。そんな設定だった気がする


それで主人公・エレナに魔法の基礎を教え込むのだ。


当然、その見目はよく、奥様方の一部は明らかに色めき立つ。


タイプとしては、儚げな雰囲気を纏った年上キャラだ。


少し垂れ目のくりっとした目、常ににこにこと柔和な印象の顔、くるくる巻いた色の薄い茶色の髪などなど。


その雰囲気は、前世でも女子たちを虜にしていたっけ。



ただまぁ三歳児たちにとっては、そんなこと全てどうでもいいらしく……。



一部男児を中心に、大声で喋り始めてしまったりするから、


「やめましょうね。人の話をきちんと聞くのは大切ですよ」


ジョルジュがそれをこう諌める。


顔には、変わらずにこにこの笑顔が浮かんでいたし、声音も優しい。


ただ、明らかに作り笑いだ。そこには、謎の圧のようなものがあって、それは直感で動く三歳児たちには、効果覿面だったらしい。


驚くくらいしーんと静まり返る。


そういえば、そうだった。

ジョルジュはその見た目に反して、結構怖いのだ。


主人公に魔法を教える際も、実はスパルタ気味だったっけ。


「では、はじめましょうか。今日は二つやりますよ。算数と、工作です」


やや不機嫌な顔のまま、いよいよ授業が始まる。


こんな感じで大丈夫なのだろうか。子どもたちが萎縮しちゃうんじゃ……と。


私は心配だったのだけれど、結論から言えば、それは杞憂だった。


その教え方はとても丁寧で、分かりやすい。


算数では実際にリンゴを指で数えながら、足し算や引き算について教えてくれる。


まだ計算の基礎も知らない子どもには、こうやって教えると分かりやすいのかも。


そんなふうに勝手に感心していたのだが、


「……何言ってんだ、あいつ」


隣には不満そうにこう呟く三歳児がいた。


「六個から二個なくなったら、えーっと四個だけど、またもらってきたら六個にもどるだろ」

「えっと、ジェフ。その二個はどこからもらってくるの?」

「うーん、半分に切るとか?」


いやまぁ一概に間違っているともいえないのだけれど。


私はとりあえず首を横に振る。


そのうえでなんとか、『6-2=4』を伝えようと悪戦苦闘を開始した。

りんごと違って絶対に割れないものを例えに使ったり、指折り数えてみたりして、どうにか引き算の原理を伝えんとしてみる。


「あたし、もう分かっちゃったもんね」


途中からはビアンカちゃんも加わって、二人がかり。

やっとのことでジェフは、ある程度理解してくれた。


考えてもみれば、足し算や引き算って、小学生で習ったような気がする。三歳児には難しくて然るべきだ。


貴族だからこその英才教育かしら?


なんて私が思っていたら、


「アイ・エヴァンさん」


不意に、ジョルジュ先生から名前を呼ばれる。


私がほぼ反射的に「はい」と返事をすれば、先生はりんご三つの入ったケースをこちらに傾けて、こちらに見せてくれた。


「ここから五つりんごがなくなったら、どうなる?」

「え、マイナスにこ?」


そう即答するや、ジョルジュ先生が大きく目を見開く。


少し間が空いたのち、子どもたちの中からは笑い声が起きて、「なんだよそれ」との声が飛ぶから、そこで私ははっとした。



もしかしなくても、子どもが理解していい概念じゃない。

たぶん、「足りない」とか「できない」とか答えるべきだったのだ。


「……マイナスを理解するとは。最近やっと、学会で認められたばかりのものを、三歳児が。実に素晴らしいですね」


それどころか、世界的にも新しめの概念だったらしい。


ジョルジュ先生が私に拍手をくれる。

一方私はといえば、冷や汗ものだ。


もしかすると、これをきっかけに私が転生してきていることがバレて、面倒なことになったりして……


私は恐る恐る後ろで見ているリディア、レイナルトを振り返る。


が、そこにいたのは、ただの親バカ二人だ。


リディアは「当然よ」とでも言わんばかりの得意げな表情をしているし、レイナルトは素直に嬉しそうに、口元をおさえている。


……あの分なら大丈夫そうだね、うん。

ただ単に自分たちの娘は天才だと、そう思っている顔だ。


とりあえず私はほっと胸を撫で下ろす。

ジョルジュ先生の解説が次の問題にうつったら、ジェフが聞く。


「なんだよ、まいなすって?」

「えっと、足りないことかな」


アバウトにだけ答えて、それ以上は言わない。


足し算と引き算をなんとなく理解しただけの今、言っても混乱させちゃうだけだしね。

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― 新着の感想 ―
ジョルジュ先生「どうやらマヌケは見つかったようだな……(ドドドドドドド)」
アイちゃん、大丈夫です。 ハタチ過ぎたら ただの人(を、よそおうの)です。
西洋に類似した世界観だと、マイナスの概念の普及はデカルト以降かな
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