38話 はじめての勉強会に向かいます
その日は、お出かけの予定があった。
昼下がり、屋敷にレイナルトがやってきて、リディアと三人で屋敷を後にする。
仲良く馬車に乗って向かうのは、王城だ。
街の最北に聳えるその城は、街を見下ろすような高台にあって、リディアの屋敷からは少し距離があった。
「今日が初めてだよね、みんなで集まっての勉強会は」
レイナルトが聞くのに、私は一つ首を縦に振る。
「うん。たのしみ」
登城の理由は、授業を受けるためだ。
貴族学校に入るのは六歳からである。
しかし、学校の形式に慣れてもらうためや、事前に教養をつけさせる意味で、これからは定期的に勉強会が開かれるらしい。
今日はその一回目であり、保護者は後ろで観覧ができる。
要するに、授業参観的なものだ。
「はは、勉強が楽しみか。アイは偉いね」
「家でも結構やってるものね。もう文字も書けるようになってきてるわ」
「おぉ。すごく賢くなりそうだね」
「なるわよ、間違いなく。とりあえず神童にはなるわ」
二人の私に対する評価は、相変わらずかなり高い。
実際は、文字を書くということには、なかなか悪戦苦闘している。
読むことや喋ることは、日本語と同じように映るのだけど、書くことは別で、なかなか難しいのだ。
このまま黙っていたら、二人が勝手に盛り上がって、私の越えるべきハードルがどんどん高くなってしまいかねない。
「最近、お本読んで勉強してる」
だから私は、それとなく話をそらしにかかる。
そして、狙いはそれだけじゃなくて……
「はは、いいことだね。どんな本を読んでるんだい?」
「ママのもってる本だよ。かっこいい王子が出てくるの!」
これだ。
私の発言に、リディアが「そんなもの、いつから……!?」と顔を赤らめて私に聞くから、「この間見つけたの」と私は無邪気を装って答える。
「ヒーローがね、パパみたいだったよ」
そのうえで、こう付け加えておいた。
リディアとレイナルトをくっつけるための作戦は、今なお進行中だ。
子どもたちの集まりに、リディアが顔を出すようになってからというもの、二人の仲はさらに深まった。
今のように三人で出かける機会も増えたし、会う機会も単純に増えている。
手応え的には、悪くなかったが、四年に一度の建国祭の日もいつのまにかすぐそこまで近づいている。
だから、ここはその流れを途切れさせないようにしたい。
なんなら加速させていきたい。
そんな思惑もあっての発言だったが、リディアはすぐにそれを否定する。
「昔、魔が差して買ってもらったのよ。ただそれだけだから」
「はは、言われなくても分かっているよ。そもそも君の方が格好いいくらいに俺も思ってる」
「ならいいけど」
やっぱりリディアは手強い。
残念ながら不発となってしまった。しかもそれだけでは終わってくれない。
「教育上悪いかしら?」
なんてリディアが言って、レイナルトも「たしかに、少し早いかもしれないね」などと考えだしてしまったりする。
それで私が必死に面白さを伝えていたら、そのうちにお城についていた。
大きく立派なコバルトブルーの門をくぐり、その中へと入る。そのうえで授業が行われる講堂まで進めば、そこにはすでに、何組かの三歳児がいて、ジェフやビアンカちゃんもいた。
「おー、アイ! 三日前ぶりだな」
「ふふん。あたしは、おとといぶりよ。あたしのかちね」
「あはは……。勝ち負けじゃないと思うよ」
二人も、まだ張り合いこそはすれ、もうすっかり仲良しだ。
私は二人との会話に加わりつつ、後ろで行われる保護者たちの話にも耳を澄ませる。
気になっているのは、一つ。リディアの打ち解け具合だ。
「リディアさん、今日のドレスも素敵ですね」
「いえ、そこまでのものではありません」
うーん、やっぱり固い。
というか、固すぎる! せっかくビアンカちゃんのお母さんが気さくに声をかけてくれているのに。
定型以外の会話が苦手すぎるのだ、リディアは。
これではまた怖がられてしまうかも。
私が勝手にむずむずしていると、そこでアシュレイが口を挟む。
「まぁたしかに、いつもの方が気合入ってますよね」
と。
うん、考えるまでもなく余計な一言だ。
「……どういうこと、アシュレイ・クロウフォード」
「え。それは、えーっと……レイナルト! 助けて!」
「無茶苦茶言うなよ、アシュ」
そのやりとりに、ビアンカちゃんのお母さんがくすりと笑う。
まぁなんだかんだでこうして空気を和らげてくれるのが、彼の持ち味だ。
私はほっと一つ息をつく。少し安心して三歳児たちの会話に戻るとーー
「アイは一人でトイレ行けるか?」
「あたしは余裕よ!」
……なんか、とんでもない話になっていた。
さすが三歳男児かつアシュレイの弟だ。デリカシーがない。
そして三歳女児も、恥じらいがないらしい。
ビアンカちゃんはダブルピースのにっかり笑顔だ。
トイレに行けないと思うのも癪だ。
私はとりあえず首を縦に振るが、それからすぐに話を逸らしてやった。
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