37話 ちょこっと魔法が使えるようになりました。
三歳と半年を超えて。
季節はすっかり、冬の様相を呈していた。
この世界は、前世の日本の気候をよりはっきりとさせたような気候で、冬はしっかりと冷え込む。
昔なら間違いなく、手先足先の感覚がなくなっていただろうというくらいの気温だが、今の私は子どもだ。
全身がぽかぽかとしていて、室内はむしろ少し暑く感じられる。
周りにメイドさんはいなかった。
ある程度大きくなってきたことで、ついに部屋も与えてもらって、一人にしてもらえる時間も増えていたのだ。
だから、私はどうにか椅子を窓の近くまで引きずってくると、そのうえによじ登って、部屋の窓を開ける。
そうしてやっと少し快適になった部屋で始めたのは、読書だ。
いわゆる転生特典というやつなのだろう、こちらの世界に来てすぐの頃から私は、文字を日本語として読むことができた。
ただ、少し長い文章を読んでいると、すぐに眠くなってしまっていたのだが、それが最近やっと、改善されてきていた。
だから私は、リディアの本棚の端に刺さっていたいわゆる少女小説を持ってきて読み込む。
そのストーリーは、本当に王道だ。
貧しい生活を送ってきた平民少女が、ある日特別な力を得て、公爵貴族様を救う。
そこから、貴族との繋がりを持った彼女は、やんごとなき貴族の御曹司たちに気に入られて、身分差上等の恋をする。
とまぁ、前世ではありがちなストーリーだし、なんならこの世界『花の聖女が咲き誇る』にも似ている。
が、それでも、そういう王道作品こそ好きだった私には、かなり刺さった。
暴漢に襲われてるのを助けたり、一緒にベンチで休んで不意に膝枕をしちゃったり、昼休みに隠れて弁当を一緒に食べてみたり。
かつての私の憧れが全て詰め込まれている。
というか意外なのは、リディアもこういうのを読むという事実だ。
もしかすると、実はこういうシーンを体験してみたかったりして!
なんて考えながら、夢中で読み進めていたのだけど、
「ありゃあ……」
いつのまにか、面倒なことが起きてしまった。
開けた窓から強い風が入ってきていたらしい。
あたりには、机の上に置かれていたはずの勉強に使うノートや紙類が、辺りに散乱してしまっている。
片付けが苦手な私としては、見るだけで少し顔を顰めたくなる光景だ。
ただ完全に私が散らかしたものだ。
片付けないわけにはいかない。
出したものはちゃんと元の場所に戻す。
恥ずかしながら、リディアに何度もそう教えてもらってきた。
私は仕方なく栞紐を挟み、本を閉じる。
部屋の扉がしっかり閉まっていることを確認してから、私はまず窓を閉める。
そのうえでやるのは、ゆっくりと心を落ち着けるための深呼吸だ。
それでお花畑状態の頭をとりあえずすっきりとさせる。
そして意識するのは、腹の底だ。
そこにお皿があって、そこに雫が溜まっていく。
そのイメージを頭に浮かべてすぐ、魔力の熱さが身体の中で感じられた。
倉庫の中でジェフを守ってからというもの。私は魔法を使うため、何度も何度も練習を重ねた。
はじめは使うことができても大層不安定だった。
やっぱりあれは火事場の馬鹿力みたいなもので、まだ使うには早かったのかもしれない。
そうとも思った。
ただそれは回数を重ねることで、だんだんと安定感が増していって、今ではーーーー
ふわり、ノートや紙の類が浮き上がる。
その一つ一つに魔力の糸が繋がっている感覚を保ちながら、私はそれを机の上に誘導し、しっかり角を揃えた後に、ゆっくり机の上に置く。
「うん、いいかんじ」
とまぁこれくらいには、風魔法を扱えるようになっていた。
それだけじゃない。
この間などは、魔導灯に火を入れることにも成功したし、簡単な魔法ならば種々扱うことができる。
やっぱり魔法は便利だ。
前世でも使えたら、もう少し片付けをできる真人間になれたかもしれない。




