36話 これからどうにでもなる。
リディアはなかなか現れなかった。
そのうちに、いよいよ夕方が迫ってくる。
しょうがない。用事があって出かけていたなら、来ることができないことだってある。
そう思いながらも胸には、切なさが込み上げる。
リディアの悪評がなくなってほしい。
そんなふうに思ってやったことだが、今はただ単純に、来てほしい。
そう私が切に願っていたら、屋敷の外から馬の嘶く声が聞こえてくる。
「来たみたいだね」
とレイナルトが言うから、期待して門の方を見ていたら、そこには本当にリディアがいた。
馬車ではなくて、リディア自身が馬に跨っている。
ハイスペック令嬢らしい、なんとも豪快な現れ方であった。
私が驚いていると、リディアはすぐに馬を降りて、私の元に駆け寄る。
「ママ」
ごめんなさい、と言おうと思った。
しかしそれは口から先に出ずじまいになる。
リディアが頭を抱くようにして、強く強く私を抱きしめたからだ。そうしてしばらく、
「見つかったのね、よかった、本当によかった」
こう絞り出すように言う。
レイナルトの時は汗の匂いがしたが、リディアからは馬独特の匂いがする。
ただ、その温もりは同じだ。
とてもとても温かくて、ずっとこのままでいたい。
そう思うくらいだった。
「えっと、リディ?」
そこへ、レイナルトが言いにくそうに声をかける。
それでリディアは私を一つ撫でたのち、きっとレイナルトのほうを睨みながら、立ち上がった。
「いつ見つかったの? というか、あなたがいたのに、なにをしていたの」
そしてこう言葉の礫を投げつけかけたのだけど、そこで一つ息をついて、
「……とは言わないわ。見ていない私が言えることじゃないもの。むしろ謝らなくてはいけないわね」
それを撤回する。
ただだからと言って、今回の一件はそれで終われるものではない。
レイナルトは「えっと、それなんだけどね……」と言いにくそうにしながらも話を切り出す。
私がこの騒動を起こしたこと、そしてレイナルト自身もそれに加担して、リディアを呼びつけたこと。
それらすべてを彼は丁寧に説明して、困惑しながら聞いていたリディアに頭を下げる。
ただし、今日の彼はそこで終わらない。
「こんな無理なやり方をして、すまなかった。遠出の途中に呼び戻したのも申し訳ない。でも、それくらい。アイは君を求めている。それを知ってほしかったんだ」
はっきりリディアを見返しながら、レイナルトはこう言い切る。
そこには、揺るぎのない強さがこもっていて、いつもとの違いをリディアも感じたのかもしれない。
「……分かったわ」
と、ぼそり答えたあと、
「私の方こそ、ごめんなさい。アイのことを考えてるつもりが、逆の結果になってたみたいね」
こう謝罪する。
普段はリディアが強く言って、レイナルトがそれを聞くという構図がほとんどなのだから、いつもとは真逆だ。
でも、これでいい。
これできっとリディアもレイナルトも前に進んでくれる。なんなら関係も前進してくれたりして?
なんて私が思っていたら、
「じゃあ謝りにいきましょうか」
リディアが言う。
「えっと、とりあえず全員には頭を下げてるよ?」
「私も謝りたいのよ。…………それに、今度からは集まりに出ることもあるでしょうから挨拶もしておきたいもの」
「はは。なるほど、そういうことか。なら、すぐに行こう。そろそろみんな帰る時間だからね」
二人が私を振り見るのに、私は大きく頷く。
そのうえで私にはまだミッションが残っていた。
他の子の親たちにリディアが怖くないことを知ってもらうことだ。
だがその点は、すでに半分くらい解消されていた。
「リディア様があんなに子ども思いだったなんて意外でした。でも、とても素敵です」
「馬で乗り付けるなんて、格好よすぎます」
なんて声が、他の子の親たちから聞かれたからだ。
そりゃあ中には、まだまだ怖がっている人もいた。
ただ、それはこれからどうにでもなる。
そう思わせてくれたのは、ビアンカちゃんだ。
彼女のお母さんは明らかに腰が引けていた。
ただ、ビアンカちゃんはまったく怖気付かず、いやそれどころか目をきらきらと輝かせる。
「アイちゃんのママ、すごくきれい!」
「……えっと、ありがとう?」
私と仲良くしていること、なにをして遊んだかとか、彼女は無邪気にリディアに話す。
はじめはそれにびくびくしていた彼女のお母さんだったが、リディアがビアンカちゃんに見せる優しい顔に警戒が解けたのだろう。
「いつもお世話になってるみたいで……。その、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそアイがお世話になっております」
少しだけ、でも世間話を交わすくらいには、打ち解けてくれていた。
これならいつかは、きっとどうにかなる。
そんなことを考えながら、私はたくさんの「ごめんなさい」をするのであった。
♢
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