35話 きっとくるよ。
♢
レイナルトによる、まさかの自分もやる宣言。
「おいおい、レイナルト。なに言ってんだ? こんなのダメだろ、普通に」
これには、アシュレイがすぐにこう反論する。
少し新鮮なやりとりだった。
ゲームでは、アシュレイが変なことを言って、レイナルトがそれを止めるというほうが多かったと記憶している。
が、今起きているのは真逆だ。
「いいや、俺も本気だよ」
と、レイナルトは言い切る。
「……この間、リディに集まりに来ないかと誘ったんだけど、断られてね」
そこで出てきたのは、私の知らない話だ。
考えてみれば、彼らは婚約者だから、屋敷の外でも顔を合わせることはある。
どうやらレイナルトはそこで、リディアに声をかけてくれていたらしい。
ただ取り付く島もなく、そのときは諦めたとのことだった。
「リディは自分の噂を気にしてるし、俺も彼女がそうしたいと言うなら、それでいいと思ってた」
でも、と彼は言葉を継ぐ。
「アイが望むなら、話は別だ。それでも来て欲しいって、改めて思った」
「……だからって、こんなことしたらリディア様、ブチ切れるんじゃね?」
「そのときは、素直に謝る。アイがここまでやるんだ。俺がそれを手伝えなかったら嘘だろ。それに、どうせここまでやったら今更やめたって一緒だ」
そこで彼は私の方にを振り見て笑みを見せる。
「アイ。ママを、リディを引っ張り出そう」
その顔は、憑き物が落ちたみたいに、とても晴れ晴れしい。
私はそれに大きく頷く。
そのあとは喜びをこらえきれず、ついレイナルトに抱きついた。
「おっと。どうした、アイ?」
「だって、うれしかったから」
「はは。それはママが来てから言おうね」
私はそれに首を縦に振るが、現段階でも十分、嬉しい。
いつもどこかでは、リディアに遠慮しているところのあったレイナルトだ。彼女が何かを言えば、自分の意見はすぐに曲げる。
それが、今日の彼は違う。
違うものは違うと、真っ向から立ち向かおうとしている。
それだけで十分すぎる進展だ。
「にいちゃん、おれも……」
隣では、ジェフがこう漏らす。
「なんだ? お前も抱っこか?」
「そうじゃない。おれも、とうさんかあさんに、きてもらいたい」
「なっ……」
三歳児によるこのアピールは、アシュレイにも効いたらしい。
彼は分かりやすく驚いたあと、長いため息をつき、レイナルトへと目をやる。
「……もう分かったよ、俺も手伝う。やってやるよ。あとで全部お前のせいにするからな」
そう仕方なさそうに言うが、その目には涙が浮かんでいた。
そういえば、そうだ。
彼はゲームでもとても人間味があるキャラで、涙脆いのだったっけ。
「あぁ、構わないよ。カイル、リディアのところに使者をやってくれ。アイが行方不明だって」
「…………構わないのですか」
「急いでくれ。そうすれば、これからもボーロを食べるくらいは見逃すことにする」
「……かしこまりました」
……どうも、私の脅しもレイナルトは聞いていたみたいだ。
まぁなんにせよ、やれることはすべてできた。
あとは待つだけーーと、そう思っていたのだが、そこから私とジェフは謝罪行脚に出ることとなる。
そのとき屋敷にいた他の子やその親に、次々と頭を下げていく。
「あたしもやる」
途中からはビアンカちゃんもそこに加わって、その場にいた全員に謝り終えた。
ちょうどその折、屋敷にクロウフォード伯爵夫妻が飛び込んできて、ジェフが大きく目を見開く。
「……ほんとにきた」
そして、こんなふうに呟いていた。
夫妻はアシュレイから事情を聞くと、ジェフを抱きしめる。
「すまなかったな、ジェフ」
「ごめんなさいね。もう少し時間を取るべきだったわ」
「…………うん」
親子がその愛を再認識する。
はたから見ていても、なかなか感動的な瞬間だった。
ジェフはその後、伯爵に抱っこをされるなどして、「おろして」と真っ赤な顔で言うなど恥ずかしがる。
が、アシュレイを含めて家族の輪の中にいる彼は、実に幸せそうだ。
いつも彼のそばにいた私だ。
それを少し離れたベンチで微笑ましく見守っていたら、隣のレイナルトが私の頭を優しくなでる。
「大丈夫、リディはきっと来るよ」
私はその言葉に、こくんと首を縦に振った。




