34話 パパにも参加させて宣言!
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危機を脱したことで、完全に油断してしまっていた。
私は慌てて、ジェフとともに身を低くする。
そのうえで息を殺してみるのだけれど、今度ばかりは見逃してくれないらしい。
「出てきてください、アイ様」
やっぱり、カイルさんだ。
たぶんまだ鍛錬場からそう遠くない場所にいて、箱が崩れる音がその耳に届いたのだろう。
ジェフが眉を下げて、ほとんど泣き出しそうな顔で、私を見る。
ここにきて、バレることが怖くなったのだろう。
彼にそんな顔をさせるのは忍びなかったし、ここまできたら、もう隠れ切ることは難しい。
私は大人しく、カイルさんの前へと出ていく。
「……荷物を取りに来ただけだったのですが、まさかこんなところにいたとは。みなさま、探されています。行きましょうか」
カイルさんは高いところから私を見下ろして、淡々と言う。
冷たくも思える、怜悧な視線だ。
だが、私はそれに一切怖気付かず、はっきり見返しながら首を横に振った。
「やだ」
とも言う。
カイルさんはこれにこめかみを抑えながら、ため息をつく。
「……あなたは聞き分けがいい方かと思っておりましたが」
聞き分けなんて、三歳児に求めることじゃない。
だから、私はそれを聞き流す。
そのうえで目を顰めて、彼に仕掛けるのはーー
「ぼーろのこと、パパにいいつける」
情報との取引だ。もしかすると、揺りにもなるのかもしれないけど。
一度使ったものだろうって? 三歳だから、そんなの関係ないね。
「……なっ」
「私たちがここにいたことは、だれにも言わないで」
「……なぜこのようなことをされているのですか。ただ迷惑をかけているだけならば、私の悪評よりも、あなた方を連れ帰ることを優先致しますが」
「それは…………ママのためだよ。ママに来てほしいから!」
私ははっきりと、自分の目的を言う。
これにはジェフも驚いたようで、「……そういうことかよ」と小さく呟く。
そう、あの植栽に突っ込んでしまったとき、私が思いついたのはこれだ。
リディアは私をとてもとても、大事にしてくれている。
だからこそ集まりにも参加しない選択をしているわけだし、その愛情は何より毎日、肌で感じている。
そんな私がいなくなったとなれば、リディアはきっと集まりにも来てくれる。
そしてそうなれば、他の子の親たちによる『冷酷な人』とのリディア評も覆るかもしれない。
これからは、リディアと一緒に遊びに出かける機会も増えてくれるかもしれない。
実施が今日になったのは、流石に他の人の家で、レイナルトもいないところで行方不明になったら問題が大きくなりすぎると思ったからだ。
レイナルト邸の中なら、どこへ逃げたって帰ろうと思えば、いつでも帰れる。
「…………なるほど、そういうことですか。では、クロウフォード伯爵家のご子息もーー」
「ううん、ちがう。私がさそったの。だからこれは私がわるい」
ジェフを巻き込んだのは、彼の両親も同じように、彼を心配して駆けつけてくれたらいい。
そう考えてのことだった。
とりあえず、ただのおふざけではないと理解してくれたのだろう。
カイルさんは考え込むように、少し目を瞑る。
認めてくれる気は限りなく低い気がしていた。
なにせ他の家の方にも迷惑をかけているのだ。カイルさんがもっとも気にするところだろう。
だが、悩んではくれている。
前までなら、これさえなかったことだろう。
だから、なんとか頷いてほしいと、私は祈りながらに彼を見る。
そうしていたら、
「事情は分かったよ」
「なるほどねぇ。やるなぁ、なかなか」
との声が彼の後ろから聞こえてきて、私はどきりとした。
それが誰かなんて、声音だけで分かるから、あえて確認するまでもない。
レイナルトとアシュレイだ。
レイナルトはカイルさんに下がっているようジェスチャーをする。
そのうえで二人は、私とジェフの前にしゃがんだ。
これは確実に怒られる。
そう思ってつい目線を逸らしていたら、そっと。
私はレイナルトに抱き寄せられていた。
驚いていたら、レイナルトが私の耳元で言う。
「とりあえず、見つけられてよかった」
と。
涙を押し殺したような、震えた声だった。
そして、その腕からはもわりと熱が伝わってきて、汗の匂いもするから、私ははっとする。
よほど必死に探してくれなければ、こうはならない。
隣ではジェフも、アシュレイに抱きしめられている。
「お前は本当に馬鹿な弟だよ」と言う声には、その愛を感じられたが……
「くさい」
さすがリアル三歳児、そして余計なことを言いがちなアシュレイの弟である。
正直にこう漏らしていた。
いずれにしても、思った以上に、心配をかけてしまったようだ。
改めて考えずとも、自分勝手な行動である。
私が「ごめんなさい」というのに、レイナルトは抱擁をといて、
「アイ。あんまりこういうふうに人に迷惑をかけるのは、感心しないな」
こう言いつける。
あまりにもまっとうなお叱りで、反論の余地もない。
「ジェフ、お前もだ。いつも言ってるだろう」
隣ではジェフも、アシュレイに同じように指摘されていた。
どう答えればいいのか、探っているのだろう。
ジェフがこちらに視線をくれる中、私は「ごめんなさい」と再び謝りながら頭を下げた。
ジェフも遅れて、それに続く。
ただそれでも、通したい意思があったから、顔を上げた私はレイナルトのほうをはっきりと見返した。
「本気だよ、私」
「……にいちゃん。おれもだ」
ジェフがこう援護してくれて、二対二の構図となる。
ただそれはあくまで数だけの話だ。
三歳児二人と、大人とじゃあ話にならない。このまま説き伏せられて終わることも全然考えられて、実際にアシュレイは「だめなものはだめだ」とジェフに言い聞かせる。
ただレイナルトはといえば、少し違った。
その端正な顔の眉間に皺を作って、なにやら考え込むようにする。
そうしてしばらく彼は思考がまとまらなかったのか、頭を掻きむしった。
それから、大きく息をつく。
「……アイ」
「なに?」
「アイの気持ちはよくわかった。やりたいことも分かる」
だけど、いけないことはいけない。そう続くと私は思っていたのだが………
「パパも、その作戦に参加させてくれないかい?」
レイナルトから出てきたのは、思いもかけない提案だった。
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