3話 拾ってくれた恩返しに破滅フラグ回避はじめます!
引き続きよろしくお願いいたします。
その後、何日か経って分かったことだが、どうやら今の時間軸は、ゲームの開始時点から四年ほど前らしかった。
なぜそれが分かったかと言えば、私の前で繰り広げられる使用人らの会話だ。
『花の聖女が咲き誇る』では、主人公・エレナは未来を予知できる聖女になれる逸材として、平民の中から見出される。
それは、四年に一度の建国祭でのことなのだが、この間それが終わったばかりという話を彼女たちはしていた。
そしてなにより、だ。
「夜会の時に一応話は聞いていたけど、赤子を拾ったって本当だったんだね、リディア」
リディアとレイナルト王子とがやや幼く、また関係もそこまで悪くなさそうだという点も、判断材料の一つだ。
さすがに、ゲームのメインヒーローを務めるだけのことはある。
レイナルトの容姿は、赤子のぼやけた視界の中でも光り輝いて映った。
少し首筋にかかった淡い青色のさらさらとした髪、綺麗なフェイスラインと、その中に納まる優しい藍色の瞳。
落ち着いた印象ながら実に華がある、まさに王道的なメインヒーローだ。
プレイヤーの中でも彼を好きな人は多かったが、実物はやはりものが違うし、リディアと並べば、これぞ美男美女といった印象だが……
二人揃って、ゲームの画面越しで見ていた容姿よりは若く映る。
ゲームの開始当初、二人の年齢は十九で、四年前まで通っていたという貴族学校においては同級生という設定だった。
つまり今の二人は十五歳。
たぶんこの春に、卒業したばかりというところだろうか。
ゲームにおいても、はじめ二人の関係は大きく悪くなかったし、レイナルトも婚約者がいる者として、エレナには節度のある接し方をしていた。
だが、あくまで政略結婚だ。
レイナルトの心は次第にエレナへと移ろってゆく。
その過程で、リディアの嫉妬深さが仇となり、その関係を、そして彼女自身を狂わせていったのだ。
「驚いたよ。そんなことをするなんて」
「……自分でもそう思うわ。でも、さすがに捨てられているのを見過ごす真似はできないでしょう。公爵家の人間として当たり前の行動っていう、それだけよ」
「しかし、それならばすぐ孤児院に連れて行けばいいんじゃないかい?」
「…………それは、そうね」
え、なに、まさかの今度は孤児院行き!?
やっとここでの生活にも慣れてきて(と言っても、寝てるばかりだが)、これからというときに大変な話だ。
なんてこと言いだすのよ、レイナルト!
私は内心焦るのだけれど、リディアはと言えば少し考えるように間を開けたのち、首を一度だけ横に振る。
「いえ、一度私が預かったのですから、そう簡単に誰かにというわけにはいきませんわ。責任がありますもの」
悪役らしからぬ優しさに溢れた言葉だった。
私はそれに、密かにほっとするが、考えてもみれば、孤児院になんて入れられるわけがない。
この屋敷に来た次の日には、立派なベビーベッドが用意され、その後には天井から吊るす式のおもちゃや、犬や猫のぬいぐるみも追加された。
とんでもない甘やかされようだ。
すぐにどこかへ引き渡すのなら、この待遇はないだろう。
責任と言っているが、それだけでないことも明白だ。
「きちんと私が育てるわよ。アイはもう、うちの子だから」
それに、なかなか可愛らしい名前まで与えてもらったのだから。
今や、しっかり頭に馴染んでおり、すぐに反応できるくらいだ。
と、そんなことを考えていたら、リディアは私を抱え上げ、左右に小さく揺らしてくれる。
リディアの赤子の扱いは、かなりうまくなっていた。
はじめはぎこちなかったが、今やプロ級だ。
これだって、彼女なりの愛情だ。
興味がなければ、彼女自身がここまでしてくれる必要はない。
適当に、使用人に任せればいい話だ。
その、上達した手つきに、またすぐに眠気が襲ってくる。
が、ここは様子を注視しなくてはならない場面だ。
そう思って私は、それをぐっと堪えた。
「……はは。そうしていると、本当の母親みたいだね」
「それは褒めているつもり?」
「どう受け取ってくれても構わないよ」
今のリディアはとても優しく、愛情深い、素敵な女性だ。
しかし、もし時間が経過してゲーム本編と同じように話が進むのなら、彼女は嫉妬から闇堕ちルートを辿ってしまうことになる。
それを知っている私としては、どうしてもその展開は回避したい。
私を救ってくれた彼女には幸せでいてほしいし、自分もその一部でありたい。
たとえば他の家でなにが起こっても、主人公・エレナの行く末が狂っても構わないとさえ思う。
じゃあどうすれば、それを達せられるか。
その鍵を握るのは間違いなく、婚約者たるレイナルトだ。
幸いまだエレナは現れていない。
今の二人の関係はゲーム開始当初同様の微妙なところだが、逆に言えば、まだどうにでもなる。
ここをうまく繋ぎ止められれば、きっとその残酷な未来は変えられるはずだ。
「あう」
私は早速行動にでる。
なにをしたかといえば、リディアの腕の中からレイナルトのほうへ手を伸ばすという、ただそれだけだ。
「あっ危ないっ!!」
それにリディアは慌ててしまい、私としても思いがけず、支えがなくなり、半身が浮遊感に包まれる。
が、しかし、私が落ちることはなかった。
「大丈夫かい!?」
レイナルトがすぐに支えに入ってくれたのだ。
彼は私の背中を押し上げるようにして、リディアの腕の中に私を戻してくれる。
まさか落ちかけるとは思わなかったし、小さな心臓がばくばくとうるさい。
が、ある意味では狙い通りだった。
レイナルトとリディアの距離は、かなり接近する格好になる。
そこで私は思うようにはまだ動かない体を彼の方へ向けた。そして再び手を伸ばそうとする。
「……あなたの方に行きたいみたいね」
「えっと、かまわないのかい?」
「えぇ、いいわよ。させたいようにさせたいし。あなたこそいいの?」
「あ、あぁ、構わないが……。ど、どうすればいいんだい!?」
赤子に触れたこともないのだろう。
レイナルトが壊れものに触るかのごとく、いかにも不安そうに抱きかかえるから、リディアが「首に気をつけて、背中を下から……」などとアドバイスを送る。
実に微笑ましい様子だった。
親戚の子どもを抱きかかえさせてもらった高校生カップルみたいな、初々しいやりとりである。
私がそれで笑いだすと、リディアはくすりと笑った。
「そうしていると、あなたこそ、本当の父親みたいね。この子も気に入ってるみたいよ」
「はは、たしかに楽しそうにはしてくれている……のかな?」
和やかな空気が場に流れる。
明らかに、ここへ来た時よりも打ち解けてくれていた。
それこそ、恋人になりそうな雰囲気が淡くだけれど、漂っているようにさえ思う。
狙い通りの展開になって、私は安堵するとともに、穏やかな笑みを見せるリディアの方へと目をやった。
彼女はきっと、いい母親になってくれる。
今の彼女のもとでならば今度こそ、素敵な家族関係を築けるかもしれない。
両親との酷い思い出の数々も塗り替えられるかもしれない。
そんな素敵な未来を描くためにも、リディアの破滅フラグ回避に精を出さなければ!
そう私は決意を固めるのだけれど、その側からまた眠りに落ちていた。
「おやすみ」
という、リディアとレイナルト、二人の声を聞きながら。
次からは、短編になかった部分になっていきます!
引き続き応援いただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




