表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/54

28話 たぶんこの世に食欲に勝てる三歳児はいない。

カイルさんがぼーろをぼろぼろ食べている。


そんな思いがけない光景に、私が思いっきり笑ってしまうなか、彼は「貴族の子女としてよくないですよ」などと言うが、もう止めようがなかった。


「どうしたんだぁ、アイ?」


けん玉に夢中だったジェフも手を止めて、不思議そうに私を見ていた。


そんななか私はやっとのことで、呼吸を落ち着ける。


「それ、はまったの?」


そのうえでカイルさんにこう聞けば、彼は長く目を瞑ったのち、こくと首を縦に振った。


「……美味しかったものですから」


言葉は端的だが、たぶんかなーりハマっているのだろう。

そうでもなければ、わざわざ今隠れて食べる理由にならないしね。


きっとかなりのペースで食べてるね、うん。


「うわ、ボーロだ。いいなぁ」


それをジェフが見つけて、こんなふうに言う。

食べたい。その意思が明白に伝わってくる呟きだ。


「お渡しするわけにはいきません。屋敷にお帰りになられたら、もうお食事の時間です」


カイルさんは一度私こう言って、ボーロを包んだ袋を自分のポケットにしまおうとする。


「ちょっとでも?」


ただこう縋られると弱かったらしい。


観念したように、私たちにボーロをわけてくれる。

ちなみに、私もかなり嬉しかった。やっぱりお菓子は幸せをくれる。


おもちゃとともに、それを楽しんでいるうちに、クロウフォード家の屋敷につく。


そこからは二人の空間だったけれど、そのギャップを知ったおかげか、気は楽だった。


「これはどこでかったの?」

「……大通りの店です。味が一番よかったので。もっとも、あの時いただいたものが一番でしたが」

「あはは。じゃあ今度、サラさんにお願いしておくよ」


比較的気さくに会話を交わす。

そうしてリディアの屋敷が近づいてきたところで、


「……申し訳ありませんが、レイナルト様には黙っていていただけますか」


彼は私にこう頼み込んでくる。


うん、どう考えても、三歳児相手に持ちかけるべき話じゃない。

そもそも秘密にする、の意味さえ知らないのが普通だ。


ただそんな判断をできないくらいには、知られたくないのだろう。


別に言いふらすようなことでもない。

私はとりあえず素直に頷こうと思ったのだけれど、そこで一つ思いついた。


「じゃあかわりにひとつ教えて」

「……答えられるものであれば」

「ママは昔、なにかあったの?」


リディアには聞けないし、レイナルトに聞いても教えてくれないだろう、この話だ。

他の貴族の方も知っているくらいだから、王直属の執事である彼ならば知っているに違いない。


私の問いに、カイルさんは面食らったように目を見開く。


「なぜそのようなことを」

「この間、私のママが来ないのは、むかしのことがあったからだって。ほかの子のママたちがはなしてたの」

「……なるほど」


どう答えたものかと迷っているのかもしれない。彼はしばらく黙り込んでしまうが、ため息ひとつで口を開く。


「それについてはいつか、リディア様からお聞きください」


……まぁ予想通りのゼロ回答だ。


とくにこの場合、センシティブな内容になってしまうこともあるし、こればかりはしょうがない。


私がそう思っていたら、彼は「ただ」と言葉を継ぐ。


「ひとつだけ言えるのは、リディア公爵令嬢は、あなたのためを思って、参加されていない。そのように王子から聞いております」

「え?」

「自分があなたの交友関係に悪影響を与えないように……失礼しました。三歳児にお話する内容ではありませんでしたね。いつかきっと分かりますよ」


カイルさんはそう言うと、再びボーロを食べ始める。


もう私の前で隠してもしょうがない。そう、開き直ったのかもしれない。


そんななか、私は彼の言葉の意味を考えてみる。

そのうえで出てきた結論はーー


「わたしもたべる」

「ほどほどになさってください」


これ。


その、さくさくとした小気味いい音を聞いていたら、舌の上にじわぁと唾液が広がってきて、その優しい甘み以外は、なにも考えられなくなっていた。


たぶんこの世に、食欲に勝てる三歳児はいない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
> 失礼しました。三歳児にお話する内容ではありませんでしたね。いつかきっと分かりますよ これ、本当は直前の&普段のアイの受け答えが明らかに三歳児の知能じゃないのは判ってるけど、「私がうっかり年齢のこと…
…ちょっと たまごボーロ買ってくる。
秘密の共有とな…… カイルさんが親バカカップルにはない洞察力で精神年齢を見極めて3歳児相手にガチの心理戦を仕掛けている可能性を拭いきれない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ