24話 わたしのためにあらそわないで?
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その後、屋敷には十組ほどの貴族がやってきた。
昼食ののち、レイナルトらはそのまま雑談へと移る。
親世代の年齢層としては、レイナルトやアシュレイより一回り以上、年上の方ばかりだ。
それも女性のほうが人数が多くて、レイナルトは少し緊張気味に映る。
それで私は心配していたのだけれど……
「アイちゃん、行こう」
私は大人グループではなく、三歳児グループだ。
バルディ侯爵家のご令嬢でオレンジ色の髪が特徴的なビアンカちゃんに手を引かれて、庭へと出ることになった。
十人もいれば、グループもできる。
どうやらこの年齢でも自動的に性別は影響するみたいで、そのグループははっきり、男女で分かれていた。
これなら安心だ。私としては、女の子たちとまったり花でも眺めたり、おままごとに興じたり、平和に過ごせる。
そう思っていたのだけれど――
「アイもやるよな、かけっこ」
私を見つけるなり、お元気三歳児ことジェフは無邪気に私へこう誘いをかけてきた。
……完全にデジャブである。
衝突事故があったあとだから、遠慮してくるかなと思ったが、そんなことはないらしい。
むしろ、さっきの一件で、お友達認定された?
私が疑問に思っていると、
「アイちゃんは、わたしとおはなつみするの」
ビアンカちゃんがその肩口まで垂れたオレンジの髪をぱっと後ろへ払いながら、こんなことを言い返す。
「いいや、アイはおれとはしるね」
「ちがう。わたしとおはな」
……もしかしてこれが、『私のために争わないで』ってやつ?
私は苦笑いしながらも、「やめたほうがいいよ」と、二人の間を仲裁するのだが、
「どっちにくるんだよ、アイ」
「そうよ、きめてほしい」
これだ。
簡単には丸く収まってくれないらしい。
私が答えを間違えれば、お互いに引きあわれて喧嘩に発展……みたいなことも起こりかねない。
そんなことになったら、また泣く羽目になって、レイナルトに迷惑をかけてしまう。
できれば、走りたくはなかった。
ただ走るのはあんまり面白くないし、そもそも追いつけないのだから、できれば避けたい。
あと、お花摘みもごめんこうむりたい。
普段からレイナルトの屋敷に預けられることも多い私は、使用人さんたちがどれだけ丹精込めてこの庭を手入れしているか知っている。
いくら子どもの遊びとはいえ、できれば傷つけてほしくはない。
それで答えに悩んでいたところ、一つ思いついた。
「じゃあ、かんけりしよう!」
私がこう言いだすのに、二人はきょとんと首を傾げる。
そっか、この世界には缶はないんだった。私は慌てて、「いしけり」だと訂正をいれる。
「いしころ蹴るだけかよ。つまんなさそう」
などと、かけっこ大好き少年・ジェフが言うが……
ただ走るよりは、絶対に楽しいはずだ。
私は気に行ってもらえる確信をもって、そのルールを三歳児にもなんとかやってもらえるよう、すごーく簡単にして説明する。
『石を守る人』と『蹴る人』に置き換えて、とりあえずみんなには『蹴る人』をやってほしい話をする。
「……めっちゃたのしそう! やりたい!」
ジェフは喜色満面の笑みで、こう言ってくれる。
他の男の子軍団もほとんど全員が、好意的な反応を見せてくれていた。
一方の女子軍団についても、どうやら気を引くくらいはできたらしく、「それならまぁ」という空気感だ。
「……おはな」
ビアンカちゃんだけは最後までこう言っていたけれど、最後には折れてくれて、結局は全員が参加することとなる。
そうして、缶蹴りならぬ石蹴りが始まった。
私がなにをするかと言えば当然、『石を守る人』だ。
みんながまだルールを分かっていない以上、私しかできようがなかった。
といっても、三歳児たちはやっぱりまだ単純で、そのほとんどが作戦もなにもない。
私が石のそばにいるのに無理やり石を蹴ろうとして来たり、私が少しそばを離れたら簡単に釣りだされるので、私は次々と『蹴る人』たちを見つけて、
「いしふんだ!」
とコールする。
これには「アイちゃん、すごい」との声が上がるが、ここからが難しいのがこの遊びである。
鬼には大層不利なのだが、全員を捕まえなくては勝ちにならないのだ。
残すは、ジェフとビアンカちゃんの二人だった。
一応その場所は、だいたい分かる。
私の左側、用具入れの影にジェフ。反対、右側の花壇奥にビアンカちゃんだ。
このまま石の周りにいたら、たぶん二人はいつまでも出てこない。
そこで私はなんにも気づいていないふりをしながら、用具入れのほうへ、ふらふら歩いていく。
それでビアンカちゃんの様子を横目に見ていたら、本当に飛び出てきた。
彼女が懸命に走ってくるのが見えて、私は石のもとへ戻ろうと踵を返す。
これなら、全然間に合う。
そう思った矢先のことだ。
後ろから、ジェフが私を抜き去った。
まずいと思うのだけれど、そのときにはもう石は蹴られている。
それはころころと転がり、『この外に出たら負け』のサークルを飛び出ていた。
「やった! これ、おれたちのかちだよな!」
ジェフが実に嬉しそうに言うのに、私は首を縦に振る。
よもやのコンビネーションにしてやられた格好だった。
「うん、すごいよ、ジェフ。それからビアンカちゃんも」
私がこう彼女のほうを振り向けば、「そうだな」とジェフも同じる。
「ビアンカのおかげで、けれた」
「あたしの?」
「そう、いいかんじのタイミングだったし!」
「……えっと、ありがと」
はじめは一触即発の空気だったことをおもえば、実に和やかな空気だった。
二人だけではなく他のみんなにも連帯感が生まれている。
とりあえずは、大成功かな?
私がそれを見ながら一人、ほっと息をついていると
「もういっかいやろう!」
「うん、みんなもいい?」
彼らはすでに次のゲームの話を始めていた。
…………三歳児の社交、結構大変かも。
体力勝負だ。




