23話 おでことおでこがべちんとなりましたが、仲良しです。
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「きょうは、はしれるよな?」
パワフルすぎる三歳男児・ジェフが私の前で腰に手をやり、にかっと笑う。
その瞳は、遠慮なんてまったく知らない。ただ純粋に期待している。そういう視線だ。
私としては危惧していた展開だった。
だが、対策はしてあって、今日はよそゆきのドレスではなく、リディアに頼んで、ハーフパンツを履かせてもらっていた。
だから私が遠慮がちに頷くと、
「じゃあ、タッチできたら、アイの勝ちね!」
彼は嬉しそうに走り出し、花壇の方へと走っていくから、私はそれを追うこととなった。
だんだんと男女体格差が出てくる年齢だ。
それにまったく手加減してくれないから、どんどんと引き離されていって、
「おそいぞ」
なんてクレームを貰う羽目になる。
なんでこんなことになったかといえば、祝祭を終えたことで、ついに同年代交流が解禁されたからだ。
前世風に言うならば公園デビューである。
今日の集まりは、レイナルト邸で行われ、ほかにも何人かの三歳が集まるらしいと聞いていた。
そのなかでも、レイナルトと親交のあるアシュレイは少し早く屋敷を訪れており、私は一足先にジェフと遊ぶことになっていた。
「こっちだ、こっち」
まぁ私としては遊んでいるというより、走らされてるって感じだけどね。
感覚としてはほとんど体育のマラソンだ。
中身は大人とはいえ、こうも追いつけないのはやはり悔しい。
それで私は秘策に打って出た。
ジェフが走っていく方向を確認してから、その後ろを追わずに庭の脇にある通用口から一度、屋敷の中へ入る。
「……屋敷の中で走り回るのは危険かと思いますが」
そこでカイルさんとすれ違ってこう指摘をされたから、そこからはゆっくりと歩くことにした。
私は廊下を伝って、反対側の扉から再び外へと出る。
するとそこには予想通り、私が追ってこないかと後ろを確認しながら走るジェフの姿がある。
回り込み作戦大成功だ。
この屋敷の中でたくさんの時間を過ごしてきたからこそできる、秘策だった。
大人げないって? そりゃあ私だって三歳だしね。
勝ちたいと思ったら、こうするしかなかった。
私はジェフに気づかれないよう近くの花壇の影に隠れる。
そのうえで驚かせてやろうと、「わっ」と飛び出ていったのだけれど……
そのタイミングが悪かった。
ちょうどこちらに顔を振り向けたジェフと、頭をぶつけあう。
ごちんと、鈍い音が鳴る。
「いてぇ!!」
「いたぁ」
なかなかの衝撃であった。
だいぶん泣かなくなってきたとはいえ、さすがにこれはこらえきれない。
私はつい声を上げて泣いてしまい、ジェフもぐすぐすと涙をその目ににじませる。
「お、お嬢様!? それに、ジェフ様も! 大変!」
それに、レイナルト邸の使用人さんが気づいてくれて、私たちは手当をされたのち、レイナルトたちの元へと連れていかれることとなった。
なにか悪いことをしたわけでもないのだけれど、ばつが悪くて、私とジェフは黙り込む。
「なにがあったんだい?」
と尋ねられたからジェフと二人で経緯を説明すると、レイナルトは「とりあえず無事でよかったよ」と息をつくのに対して、アシュレイはけらけらと笑う。
「いいじゃねぇか、元気で。でも、どうせまたお前がぶつかりにいったんだろ?」
「ちがうし!」
「うん、ちがう。わたしがわるい。ごめんなさい」
完全に私が回り込んで驚かそうとしたせいだしね。
私はそう言うのだけれど、ここでジェフはそれにも首を横に振った。
「おれもわるい。ごめん。おれがアイをおいていったから……」
そのうえで俯きながらにこう言うから、私は驚かされた。
まだ三歳と数か月の子どもだ。
普通なら悪気なく、そのまま私のせいにしてしまうところだろう。
こいつが遅いから、いきなり飛び出てくるから、とか。いくらでも理由は思いつくし、私も非を認めている。
そんななか、それをしっかり謝れるなんて、早々ないことな気がする。
「ははは、二人とも偉いね。じゃあお互いに謝り合おうか」
レイナルトはそう言うと、目線を合わせるようにしゃがんで、私とジェフとを向き合わせる。
さすがに面と向かって謝るのは照れ臭いのか、ジェフは顔を背けていた。
ただ私としては別になんということもない。
良くも悪くも前世で謝るということには慣れていたし、今回は本当に反省すべきだ。
「ごめんなさい」
だからこう謝ったら、
「……ごめん……なさい」
と、ジェフも頭を下げてくれた。
「よし、二人とも偉いね」
レイナルトが、私とジェフの頭を撫でてくれる。
これにて一件落着かな? 私がそう思っていたら、
「……このまま結婚してくれないかな、この二人」
アシュレイがどう考えても余計な事を言う。
私だって、レイナルトとリディアに対していつも思ってこそいるが、言ってはいないのにだ。
それにレイナルトはといえば――
「絶対に許さないよ。リディも俺もね」
すぐに、こう答えていた。
「お、おいおい、本気にするなっての。怖いから」
「まぁ冗談ならいいけどね」
なんだか、本気の目で。




