21話 三歳になりまして
三歳を迎えた。
私の成長は引き続き順調だ。
身長はリディアの腰に届くくらいの高さになって、足腰もそれなりにしっかりしてきた。
階段の登り降りも、走ることもできるようになり、前にリディアが買ってくれた布のボールを使って、庭で遊ぶことも増えた。
言葉も、かなり喋れるようになっていた。
前は舌が回らずなかなか長い文章が喋れなかったが、ある程度ならば話すこともできる。
だから、
「ママ、パパ、けんかはよくないよ」
しっかりこう伝えるのだけれど、リディアとレイナルトはぴりぴりとした空気を発しながら対立姿勢を崩さない。
リディアは腰に手を当てその切れ長でよく研がれたナイフみたいなシャープな目をいっそう尖らせ、レイナルトを睨め付ける。
リディアの身長は、レイナルトよりずっと低い。
だがその威圧感は、その身長差をまったく感じさせない。
そればかりか、むしろレイナルトの方が気圧されてさえいる。
いつもの彼なら間違いなく、引き下がる場面だ。
が、今日はどうやら一味違うらしい。
頑なに首を横に振る。
いったいなんでこんなことに……。
私がそう思っているうちも、二人の激論は続く。
「いいや、ありえない。この水色のドレスの方が似合うな」
「それも可愛いけれど、こちらのベージュのドレスの方が高貴さを演出できるわ」
「うーん、でもそれならこっちのスカートのほうが」
…………まぁ、私にプレゼントする晴れ着のドレス選びでの話であって、なんの緊迫した場面でもないのだけれど。
ここは、貴族御用達の服飾店だ。
その店内には、見るからに高貴なドレスがいくつも並ぶ。
どうしてドレスが必要かといえば、なにやらこの世界では貴族の子は三歳になったら教会に出向き、祈念をしてもらうというイベントがあるらしい。
聞けば、五歳と七歳でもやるらしいから、まぁ七五三のようなものだろう。
そしてその場は、子どもを外へ向けてお披露目する場にもなるらしい。
だから、二人は気合たっぷり。どちらも決して譲らない。
その関係性は見ての通り、大幅な進展はない。
「フリルは必須よ」
「それはリディの趣味だろ? 君の買う服はいつもそうだし」
「……うっ。それをいったら、あなたこそ水色が好みでしょうに」
ただ一応、相手のことを理解しつつあるというのは、進展と言えば進展なのかもしれないが。
「分かった。そう言うならどっちがいいかアイに決めてもらおう」
「望むところよ」
流れ弾がいきなりに飛んでくる。
二人が持つドレスは、どちらも可愛らしいもので、なかなかに決めがたい。
うまいこと二人ともが納得してくれるものはないかと考えていたらーーーー
「アイ、これはどうだ!? ラメラ鉱石を使った、きらきら光るドレスなんだ」
奥からエレン爺がにっこにこの笑顔を髭面に浮かべて、銀色のドレスを持って出てきた。
そのドレスの第一印象は、ほとんどスパンコールだ。
クラブの映像でしか見ない、あれである。
いや、それだけはさすがにない。
そう思ったのは私だけじゃなかったようで、リディアは
「ありえない」
と即座に断じて、
「はは、たしかに少し派手すぎますね」
レイナルトがやんわりとそれを拒むから、私もそれに乗じて、「やだ」と首を横に振った。
「だ、だめか…………」
それにエレン爺は分かりやすく落ち込んで、肩を落とし、とぼとぼと引き返していく。
その際にも、そのドレスはきらきらと光り、そのせいでエレン爺のどんよりとした空気感がより際立つ。
そこには公爵家当主としての威厳は、もうどこにも感じられない。
申し訳なく思いつつも、私はその小さくなった背中を見送ってから、
「わたしがえらびたい」
二人にこう主張する。
どちらかを選んで変に争いを生むよりも、これがいい。
そう思ってのことだ。
「……そうね。ママたちが悪かったわ」
「お祝い事だからって張り切りすぎていたよ。たしかにアイの三歳のお祝いだものね」
「うん。好きなものを選んでくるといいよ」
二人がそれを許してくれたから、私は店内を探し回る。
そうして見つけてきたのは、上部がベージュでスカート部分は薄水色になったドレスだ。
これならば二人の意見を取り入れられているし、私自身も可愛いと思う。
高貴なお姫様、そんな印象の服だ。
「……リディ。ちょっといい子すぎるね、アイは」
「そうね。私たちが反省しなきゃいけないわね」
二人はこんな会話を交わして、私の頭を左右からそれぞれに撫でてくれる。
嬉しい、気持ちいい。
そう思っていたら、そこに再びエレン爺が現れてーーーー
「これはどうだ!?」
またしても、その手には銀色に光るものが握られている。
たぶん、同じラメラ鉱石を使ったものだろう。
ただし、今度は髪留めであって、肩口くらいまでは伸びてきた薄いクリーム色の髪をまとめるには、悪くない。
個人的な好みかといえば怪しいけれど。
「また明日から遠征で当日は一緒にいけないからなぁ。つけてくれると爺ちゃん嬉しいなぁ」
なんて。
彼はまるで子犬のような目で言う。
そんなことを言われたら、つけないわけにはいかない。
それで私がその髪留めを受け取って、耳の上にあてがってみると、「かわいい〜」と渋みのある腑抜けた声がその口からは漏れ出てきて、リディアとレイナルトの二人も笑う。
なくしたくない、素敵な時間だ。
だから三歳も、二人をくっつけるために精を出したい。
そう改めて思う私であった。
二章始めて行きます!
引き続きよろしくお願いします。




