20話 【side:使用人】尊すぎる三人について
ーーとある日、リディア邸にて。
そこに勤める使用人三人は、休憩室にて昼休みの時間を迎えていた。
炊事、洗濯、庭作業など。
それぞれ持ち場は違うとはいえ、屋敷内は広く、仕事も多い。
そんな労働の中での楽しみの一つが、この時間だ。
リディア邸では、使用人にも立派なランチが支給される。
勤める屋敷によっては、食べられる部分のないような残飯しか与えられないこともあるのだが……
リディアは「働いた者は食べるべき」と、貴族が食べるのと変わらない質のものを使用人らにも提供していた。
が、しかし。
それは楽しみである要素の、ほんの一部でしかない。
もっとも楽しみなのは別だ。
これは決してリディアやアイに聞かれてはいけない。
いわばシークレットトークだ。
使用人の一人、コックメイドのサラは、念のため休憩室の扉がしっかり閉まっていることを確認してから、再び席に着く。
そしてそこでずいっと身を乗り出して、切り出したのはーーーー
「……最近、ちょっと尊すぎない?」
これだった。
「分かります〜、もうやばい。限界突破してますよね」
「してる、本当にしてる」
公爵令嬢の使用人となるため、かなりの教養は積んできた三人だが、その語彙力はもはやほとんどなくなるところまできている。
なにが尊いってそりゃあ、色々だ。
まず問答無用で尊いのは、当然、アイである。
「歩けるようになって、ずっと廊下をうろうろしたり、リディアさまの後ろをついていったり。はぁ、本当可愛いですよね」
「最近、一緒にお料理した時も本当にかわいくて! まるっこい手がもうなんか、美味しそうだった」
「分かる。分かりみが深すぎる」
はじめは、いきなり拾ってきた子どもをお世話して、しかも養子に入れてしまうなんて、何事かと思っていた。
そのうえ、おしめの替えや、夜中の子守など、これまでとは全く異なる類いの仕事まで回ってくる。
自分たちに子どもはいないのだから、それはかなり大変かつ難解なものだったが、アイの可愛らしさは、そんな疑念を簡単に吹き飛ばしてしまうほどには強烈だった。
ちょっと笑ってくれたりしたら、それだけで疲れが取れてしまう。
お世話自体は大変なはずなのに、気づけば身体が動いているのだ。
「はぁ〜。大きくなるのも早いですよねえ。もうちょっと可愛い時間見たい気持ちも、早く成長してほしい気持ちもあります」
「うわー、たしかに! 私はもう少し見たい派かなぁ」
「逆だ。大きくなったら綺麗になるんだろうなぁって思っちゃう」
三人はそこから、とことんアイの可愛らしさについて語り合う。
が、話はまだまだ尽きない。
なにせ尊いのは、彼女だけではないからだ。
「というか最近、お嬢様とレイナルト王子、やばくない?」
とサラが切り出すのに、他二人は「そう!」「やっぱり?」と同じる。
「最初は本当にただ形だけの関係って感じだったけど、それが夫婦っぽくなったと思ったら、今なんか見てるだけでドキドキしちゃうもの」
「たしかに……! それと言えば、この間、アイ様が倒れられた時なんかもう、完全にカップルって感じで」
「え、なになに、どんな雰囲気だったの!?」
「レイナルト王子が自分も遅くまで起きてるのに、リディア様のためにって自分で紅茶を淹れられてーー」
「す、素敵だ……。小説のヒロインとヒーローね」
そこからも三人による情報交換会は、盛り上がりを見せる。
「あぁ、二人でこの屋敷に住み出したらどうなるんでしょうね」
「別々の部屋を持ってて、でも寝る時は一緒にってレイナルト王子から誘ったりしてそう」
「最高じゃない、それ」
最後の方にはもはや、自分の妄想を披露するだけの場へと変わっていた。
そんなうちに迫ってくるのは、休憩時間の終わりだ。
そこで三人は自分たちの前に、ほとんど手をつけられないまま残っているご飯を見て、急いで食べ進める。
どうやら尊さというのは、食欲さえも凌駕してしまえるらしい。
「ねぇ夕方の仕事終わりもどう? 集まらない?」
「いいですね、集まりましょ」
「はい、ぜひ!」
食後、三人は皿の片付けを始めながらこんな約束を交わす。
そうして、その尊い主人たちに奉公するため、それぞれの持ち場へと散っていくのであった。




