2話 悪役令嬢に拾われたら、優しすぎます
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自分ではなにもできない赤子だ。
もう意識を取り戻すこともない、今度こそ本当に死んだんだ。
そう思っていた私だったが、なにやら肩をゆすられる感覚があって、ぱちりと目を覚ます。
すると、またしてもそこには、まったく知らない天井があった。
そしてそれは、相変わらずかなり高いところにあって、少し前に見たのよりもさらに豪華なシャンデリア付きときた。
……え、なに。
もしかしてまた転生? それとも、ループ?
なんとなく嫌な予感が走るのに、私はまた堪えきれずに泣いてしまう。
まずい。泣いたらまた捨てられてしまうかもしれない。
そう思うのだけれど、止められないでいたら、「あら」と冷たい声がする。
背筋が自然と伸びてしまうような、透き通った氷のような声だ。
さっきのご令嬢様とは別人だが、こちらはもっと冷徹な雰囲気があって、私がいよいよギャン泣きに至っていたら、その人はかつかつと足音を鳴らしながら私に近づいてきて、そっと抱き上げる。
「こ、こうでいいのかしら。と、とりあえず泣き止みなさいな」
そして、ぎこちないながらに軽く揺らしてくれる。
……いったいどんな人だろう。
怖いと思ったが、この感じは、さっきの女性よりは優しいのかもしれないけど……。
私は恐れながらに目を開けてみて、驚いた。
そこにあった顔、鋭いエメラルドグリーンの目、さらにはドリル状のくるくると巻いた金色の髪には、見覚えがある。
少し若く見えるが、目元のほくろ、髪に巻いた真っ赤なリボンも含めて、この感じは間違いない。
彼女は、リディア・エヴァンだ。
私が前世にプレイしたことのある乙女ゲーム『花の聖女が咲き誇る』のキャラクターで、悪役令嬢だった人だ。
どうやらここは、私のしていた乙女ゲームの世界らしい。
そしてまた、最悪の状況だ。
彼女はとにかく残虐非道で、自分が王子の妃となるためならば、なんでもする。
権力を振りかざし、周囲を振り回し、挙句は国ごと転覆させてしまおうともする、典型的な悪役だ。
はじめは、メインヒーローたる、レイナルト王子の婚約者として登場するが、ゲームが進行するなかで、ゲームの主人公・エレナがレイナルトらと仲を深めていくと、リディアはそれに嫉妬する。
最終的には王子の身柄を拘束、監禁しようとしたことから、あえなく捕まり、処刑エンド。
とまぁ、かなり恐ろしい人…………のはずなのだけれど。
今の彼女の印象はといえば、まったく異なる。
「ほら、泣きやみなさい」
私を落ち着かせようとして、笑顔を作ったつもりなのだろう。
目元をぱっちり開けて口角だけを釣り上げた妙な変顔を披露したり、
「泣いても女は強くなれないわよ」
赤子に言ってどうするんだ、というような格言も飛び出る。
それに私がどういう反応をしたらいいの、と面食らっていたら、
「とにかく今は眠りなさい。じゃなくて、おねむですね……、って、こんな感じでいいのかしら」
今度は、むりくり高い声を出して、どうにか私のご機嫌を取ろうとする。
その姿は、ゲームで見てきたそれとはまったくもって異なるものだった。
むしろ、不器用ではあるが、優しすぎるくらいだ。
その「悪役」を体現したような派手な見た目と、赤子に翻弄されて慌てふためく姿のギャップに、私はつい少し面白くなってしまう。
それで自然と泣き止んで、代わりに笑い出してしまった。
そして、それを受けてだろう。
リディアはホッとひとつ息をつき、そして彼女自身も軽く吹き出した。
「可愛いわね、あなたは。私とは大違い。あなたみたいな子を捨てるなんて、どこの誰の仕業かしら」
私の頭を優しく撫でて、慈しむように彼女は言う。
どうやら、さっきと別の世界に来たと言うわけではないようだった。
あのゴミ捨て場に放置されていたところを、リディアが拾ってくれたらしい。
捨て子を助けるなんて、本当にゲームとは真逆だ。
まるで聖人のような振る舞いである。
それに、その手のひらはとても暖かくて、リズムも心地よいので、私はだんだんうとうととしてくる。
やっと、本当の意味で安心ができる一間だった。
身体がふわふわとして、胸の奥がじわじわ温められる。
この感覚は、赤子になってからは初めてのものだった。
この眠気には、流石に逆らえない。
私はそのまま落ち着いて眠りについたのであった。
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