15話 ピクニックに行きます!
――そうして、二週間後。
私はついに、ピクニックの当日を迎えていた。
そのおでかけコーデは、白いワンピースに水色の帽子、さらにはごくごく小さなカバンといういかにも、お嬢様なスタイル。
なんとこの日のためだけにわざわざ、リディアが準備をしてくれていたのだ。
ちなみにカバンの中には、ボーロが入っていて、これはコックメイドのサラさんがさっき持ってきてくれた。
お出かけ準備は万端である。
私が鏡の前でそのコーデを見ていたら、後ろからリディアが覗き込んでくる。
「似合っているわ、アイ」
「あいがと。ママもにあてる」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるわね。変だと思ってたけど……」
「ううん、かわいい」
リディアも、いつもとは着ている服が違った。
貴族らとの会合に行くときのような立派なドレスとは違い、白のトップスにラベンダー色のスカートというチョイスはシンプルに見えるが、夏らしい涼やかさがある。
それになにより、髪型がいつもの縦ロールツインではなく、頭の後ろでのハーフアップであるのもまたいい。
これは、レイナルトもころっと惚れちゃうかも……!
私はそう思いながら、リディアとともに屋敷の外へと出る。
するとそこに待ち受けていたのは、レイナルトではなくて。
髭まみれの厳めしい面をした御仁。
リディアの父である、エレン・エヴァン公爵だ。
「じい、なんで」
「お? 聞いていなかったか? 昨日、三人が出かけると聞いてなぁ。じいちゃんも混ぜてもらったんだよ。たまたま王都にいたからねぇ」
……空気、読んでよ!
と、心の中では正直に言えば、思ってしまった。
この関わってはいけない怖い人を体現したような見た目に反して、いろいろと緩いおじさんだ。
リディアから世間話で聞いて、「行きたいなぁ」とでも言ったのだろう。
でもまぁ普段から、かなり忙しい人だ。
そのたまの休みに娘と、孫(拾われた子だけど)と一緒の時間を過ごしたいと思うのは、おかしな話でもない。
それに、会えること自体はちゃんと嬉しいとも思っているのだ。
「お父様、あまり羽目を外しすぎないようにしてくださいね」
「言われんでも分かってるさ。王子にも迷惑をかけないようにしよう」
「あと、お酒は最低限にしてください。酔うと面倒なことになるかもしれませんから」
「……なぁ、アイ。お前のママ、酷いと思わないか?」
リディアの忠告から逃げるように、エレン爺は私に同意を求めてくるが、
「ない」
私はにべもなく、答える。
リディアの言っていることは、全て正論だしね。
「なっ……。なんというか似てきたなぁ、リディと」
「教育の賜物ですわね」
そういうことにしておいて、私は首を縦に振る。
それにエレン爺が打ちひしがれているところに、一台の馬車が乗りつけてきた。
そこから降りてきたのは、レイナルトだ。
「もう揃ってるみたいだね。エヴァン公爵も、お久しぶりです」
こちらもこちらで、よく決まっている。
トップスは幅広のシャツで、スラックスはその美しいくるぶしを見せていくスタイルだ。
レイナルトは私を「アイは今日もかわいいね」「とても似合っているよ」「お姫様だね」と散々に褒め倒したあと、リディアの方に顔を向ける。
きた! ここで今日の容姿を褒め合っちゃったりして……
と、私は思っていたのだけれど。
「リディ、今日は髪型も随分変えてきたんだね?」
「えぇ。別にいつも同じ髪型である必要もないでしょう?」
「はは、たしかにそうだ。似合っているよ。ただ、遠くから見たら分からないかもしれないな」
思っていたよりさらっと、話は流れていっていた。
一応、「似合っている」という言葉は出たものの、どきっとするような感じはまったくない。
かと言って、前みたくすべてを通り越した夫婦という雰囲気でもない気もする。
イメージ的には長年友人をしている友達同士の男女って感じだ。
いや、でも、諦めてはいけない。
ピクニックはまだ、始まってもいないのだ。
挨拶が終わって、私たちはレイナルトの乗ってきた馬車に乗り込む。
すると中には、恭しく頭を下げる長身の男性が一人いる。
「本日は失礼ながら、私も参加をさせていただきます」
誰かと思えば、レイナルトの執事である、カイルさん。
私がレイナルトのほうをちらりと見れば、彼は頭に手をやる。
「いや、俺がお付きのものもなしに、王都の外に出るのをどうしても看過できないらしくてね」
三人のはずが、まさかの五人。
しかもカイルさんもいるとなると、空気が保つ気がしないんだけど……?
というかこれ、どういう御一行様なの!
私がついうっかりカイルさんのほうへと目をやると、
「皆様、私のことはお気になさらず。置物とでも思ってください」
なんて、彼は車庫内の端、窓の方を向いて、ぴっちり背を正して座る。
その背広の黒は壁と同じ色だ。
これなら同化して壁だって認識できるかも……って、そんなわけがない。
「カイル、とりあえず前を向いてくれるか? 逆にやりにくい」
「レイナルト様。これは大変失礼いたしました。では、仰せの通りに」
……どうなるんだろ、このピクニック。
♢
どうなるんだろ、このピクニック……。
引き続きよろしくお願いいたします!




