14話 悪役令嬢な母とお料理です!
リディアは最初、「無理よ」と全力で固辞をしていた。
けれど、そこは私の出番だ。
「ママのごはん、たべたい」
子どもだからならではの無邪気を装って、こう主張してみる。
すると、リディアの態度ははじめこそ頑なだったものの、だんだんと変わっていき……
「…………アイのためだものね。じゃあ、とりあえずやってみるわ」
最終的には、こう折れてくれた。
やっぱりリディアは、私に甘すぎる。
私とリディアはサラさんに案内されて、厨房に入る。
さすがは公爵家だ。
その厨房はかなーり立派で、まるで飲食店かのよう。
なんとなく懐かしい気分になりつつ、周りを見渡していたら、リディアはいつのまにかエプロン姿だ。
「お嬢様、とっても可愛いです!!」
「……これが?」
「はい、もう失神しそうです」
「やめてよね? あなたがいなくなったら、なにもできないから」
たしかに、すごく可愛い。
髪を一つくくりにしてお団子にしているのもいいし、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているのもまたいい。
できればレイナルトにも見せたかったなぁと思っていたら、私はコックメイドさんに抱え上げられて、背の高い椅子に座らせられる。
「危ないですから、ここで見ててくださいね」
まさかの見学……!
でもたしかに、そもそも調理台に頭の上すら届いていないのだから、しょうがない。
「アイ様も手伝えるところは一緒にやりましょうね」
そう思っていたらこう付け加えてくれて、私は大きく頷いた。
一人暮らしで自分一人のために料理を作ったことはあれ、誰かと作ったことは、ほとんどない。
リディアらと一緒に調理をできるのは、とても嬉しかった。
クロケットは、いわば具の入ったクリームコロッケだ。
野菜や海鮮類をクリームの中に入れてタネとして、それに衣をつけて揚げるーー
いきなりにしては、難易度の高い料理だ。
「包丁はこれでいいの?」
「お、お嬢様、そんな持ち方はいけません!」
「こ、これをどうすればいいの!?」
「お、お嬢様、とりあえず鍋を持ち上げてください!」
その調理工程は、かなりわちゃわちゃとしていた。
タネとなるクリームを作るだけで、大騒動だ。
あまりの騒ぎに、執事さんや他のメイドさんも駆けつけてきて、見守り始めてしまう(一応リディアが「持ち場に戻りなさい」と指示すると去ってはいったけど)。
そんな状況でも、一応クリームはできあがり、それを丸めて衣をつける行程に入る。
ここでは、私もやらせてもらえるらしく、スプーンを手渡されて、それで生地を丸めていく。
「アイ、落とさないように気をつけなさいよ」
と、リディアは私を心配してくれる。
が、こういう作業は別に苦手じゃないし、前世では自分で作ったこともある。
子どもの小さな手では大きなものを扱うのは難しいけれど、小さなものならお茶の子さいさいだ。
私がさらりと丸いタネを作ると、
「……アイ、あなた、天才!?」
「ですね。才能の塊ですよ」
この反応である。
いや、タネを丸めただけなんだけどね?
リディアは私の作ったものをちらちらと見ながら、懸命に丸めようとする。
が、手に力が入りすぎているのか、生地が指の形にへこんだりして、なかなかうまくはいかない。
むしろ手を加えれば加えるほど、その見た目は、なにかのモンスターみたくトゲトゲになっていく。
そうして結果的に彼女がとったのは――
「り、リディア様。その、もう少し、力加減をご調整された方が――」
「もうこれでいいわ」
生地ごとその圧倒的な氷魔法で凍りつかせるという強引なものだ。
「これでいいでしょ、サラ」
リディアはサラさんにそう聞きながら、少し鋭くなった視線を流す。
それは、一緒に料理を作っているだけの日常的な一コマの中でも、やっぱり迫力があって。
「は、はいっ!」
サラさんは半ば言わされたみたいに、こう返事をする。
それからすぐに、鍋に油を注ぎだした。
「と、とりあえず揚げましょう! ここは、私にお任せください!」
今のやや荒れ気味なリディアに、『揚げる』という、料理の中でも難しい行程を行わせるのはためらわれたのだろう。
そこからサラさんは一人で、手際よくクロケットを揚げていく。
そうして出来上がったものの中には、やや不恰好なものもあった。
だが、どれもこんがり優しいきつね色になっており、とても美味しそうだ。
タネは同じなのだから、味も同じに違いない。
私は皿に並んだクロケットの中から、リディアの作ったものを選んで、スプーンで掬って食べる。
私のために作ってくれたのだから、彼女が作ったものを最初に食べたい。
そう、作りながらに思っていたのだ。
「ど、どうかしら、アイ」
リディアは期待と不安の混じる目で、私を見ていた。
そんななか私の舌に最初に広がったのは「冷たい」だ。
どうやらリディアの氷魔法は、その冷たさも普通の氷とは違うらしい。
サラさんは冷凍でも十分なくらい揚げていたのだけれど、中まで火は通っていなかったみたいだ。
けれど、ちゃんと美味しい。クリームからは野菜の甘みが感じられる。
「おいし」
だからこう言えば、リディアの顔は一転、喜色満面のものへと変わる。
それから彼女は、いそいそと自分のものをスプーンで掬う。
はじめて自分の作った料理を食べるからかもしれない。
彼女は実に嬉しそうにそれを口に含む。
そのすぐあと、リディアの顔からは表情が消えた。
真顔かつ無言で咀嚼をしたあと、私の頭を撫でる。
「…………アイ。あなたはいい子ね。でも、ママ、少し頑張ってみるわ」
そして、こう宣言するのだった。
どうやら負けず嫌いに、火がついたらしい。
考えていない展開でこそあったが、これはこれで一応作ってくれる気にはなったわけだから、狙い通り?




