1話 赤子転生したら捨てられました。
短編だけのつもりだったのですが、皆様にたくさん読んでいただけたので、長編化します……!
長編化するにあたって、加筆もしておりますので、是非お読みください( ;∀;)!
目を覚ましたら、赤子になっていた。
どういうことかはまったく分からない。
くたびれた仕事から帰って、狭いワンルームの玄関扉を開けたところまでは記憶にあるのだけど、そこからはなにも覚えていない。
ただはっと気づいたときには、ぼんやりした視界の先に、まったく見知らぬ高い高い天井があった。
そこには立派な幾何学模様が描かれていて、ワンルームの電球から垂れているよれたスイッチ紐はない。
やけに解像度の高い変な夢だと思いながら身体を転がしたら、自分の小さすぎる、そしてぷくぷくと丸っこい手足が目に入った。
しかも満足に動かせないから、次に口を動かしてみるが、「あう」としか発せず、私はそこでやっと、自分の置かれた状況に気が付いた。
……まさか、これが俗にいう転生? 私、死んだ?
いや、ありえなくもない。
最近はかなりの過重労働をしており、身体も心も両面で限界は近かった。いつお迎えが来てしまってもおかしくはない状態で、日常を送っていたのだ。
もしかするとそんな私を憐れんで、神様が転生をさせてくれたのかもしれない。
……赤子からやり直させるというまったく思わぬ形で、ではあるが。
いったいここはどこで、私は何者なのだろう。
確認しようにも赤子の身体では、ほとんどなにもできなかった。
それでどうにかもがいた結果(左右に揺れるくらいだが)、一人であうあうやっていると、部屋の扉が開く音がした。
「とりあえず、ここに置いているわ」
「そうでございますか。ゆめゆめ、ほかの誰かにはお見せにならないようにしてください」
「分かっているわよ。だから最近は病気のふりをして、外出はしていないわ」
耳から聞こえる情報を察するに、入ってきたのは、母親とそれからその従者だろうか。
少なくとも、父親ではない。
いったいどんな母親だろうかと思っていたら、顔を覗き込まれる。
三つ編みにしたクリーム色の髪に、くりっとした青色の目、そして、小さく整った形の輪郭。
かなり、美しい人だった。
そして立派な白バラを模した髪留めに細部までしっかり施された化粧。
これは私の容姿も期待できるかも……!
なんて思っていたら、思いがけず降ってきたのはため息だった。
「最悪。本当はあんたなんて産みたくなかったのに。妊娠したら生まなきゃいけないなんて決まりが憎々しいわ、ほんと」
さらには、憎悪のこもった目で睨みつけられて、こんな言葉が続けられる。
とても赤子に向けられていい言葉じゃない。
それに私にとっては、なおのこと特別に痛かった。
前世というか、ここへ来る前の私は両親とほぼ絶縁状態にあった。
母は自分の理想通りに私が動かなかったらすぐに癇癪を起こすタイプで、なんでもかんでも口出しをしてくる人間だった。
一方の父は、私にも母にもほとんど無関心なうえに、私が五歳の頃には別の恋人を作って家を出ていく始末。
それで私は消去法的に母の元に残されたのだが……、その家庭環境はといえば最悪だった。
母は、友人関係や進路、そのほとんどに口を出してきて、私をコントロールしようとしてくる。
が、私だって中学生にもなれば自我がある。母の主張に納得がいかず反抗するなど、彼女の思い通りにならないときはいつも
「あんたなんて、産むんじゃなかった」
こう、ヒステリックな声で繰り返されてきたのだ。
それを言えば私が黙ると分かってからは、いつもである。
育ててもらっている身だし、他に誰を頼れるわけでもなかった。
だから私は、不満を押し殺して我慢し続けながら学生生活を送る。
だが、その言葉の棘は着実に私を蝕んでいた。
ついに耐えきれなくなった私は、高校を出て派遣として仕事に就く際、家を出て、それきりだ。
住所も連絡先も知らせていない。
そんな因縁ある言葉を、転生した先でまた聞くことになるとは、思ってもみなかった。
その後、この母親らしき女性と使用人との話を聞いていれば、どうもこの女性はかなりのお嬢様らしく、婚約相手がいたそうだ。
だが、火遊び的に遊んだ男がいるらしく、私はその男との子供で間違いないらしい。
だから懐妊をばれないように生活を送り、ここ数か月はひきこもることで、どうにか悟られないように隠して、私を産んだのだとか。
相手の名前は、言ってはいけない人らしい。
ずっと、『あの人』とだけ繰り返されていた。
今世もまたなかなか厳しそうな家庭環境だ。
そう思うと、暗い過去がめらめらと頭の中に蘇ってきて、憂鬱な気持ちからため息をつきたくなる。
そしてそれは、赤子の場合、『泣く』という行為に変わってしまう。
衝動的に込み上げてきた悲しみに、私が声を上げて泣きだすと、その女性は「ちっ」とひとつ舌打ちをする。
「うるさいわね、ほんと!」
そうは言っても泣きやめないのだから、どうしようもない。
「お嬢様、落ち着いてください。一度外へ出ましょう。ご提案があります」
「……まともな提案なんでしょうね?」
「えぇ、きっとお気に召すかと」
私がどうにもできずに泣きわめき続けていたら、一度彼女らは外へと出ていく。
一寸先は、どうなるか分からない、最悪の環境だ。
が、赤子というのは本当にどうにもならない。
とりあえず今のところの脅威は遠ざかったことで少し安心したら、もう眠気が襲って来た。
その猛烈な睡眠欲には逆らいようがなく私は倒れるように寝たのだけれど。
次に目を覚ますと、私は誰かの腕の中にいた。
とても赤子を抱える人間の持ち方ではない。顔が腕に強く押し当てられており、私が思わず声を上げれば、口元を抑えられる。
「くそ、静かにしてろよ」
この声は、さっき私の母親である女性と話していた従者だ。
それに、ここは外? いったいどこに連れていかれるのだろう。
そう思っているうち、口を塞がれていたことで空気が満足に吸えなくて、意識がゆらゆら遠ざかり、声が出なくなる。
さすがに、普通じゃない状況だった。
それで私はどうにか意識を失わないよう、状況を確認する。
そうしていたら、男は裏路地を奥へ奥へと入っていった。
そこは、街灯もなく、ほとんど真っ暗だった。
それに、あたりからはぷんぷんと腐臭が漂い、ハエも飛び交う、控えめに言って最悪の場所だ。
そして周りを見れば、いくつものずた袋が積まれている。
袋こそ違えど、ここがどこかくらいは分かる。
もしかしなくても、ゴミ捨て場だ。
たぶん、いっそのことこんな子供は捨ててしまおう、と。
そういう話になったのだろう。
私が驚いていると、口元にハンカチが押し当てられる。
「殺すだけはしないで勝手に死なせろ、なんて。うちのお嬢様も残酷なものだな。……もとは私が提案したわけだが」
と、彼は呟く。
転生しても、これだ。
私はどうしても家族には恵まれないらしい。
そして短すぎる転生ライフも、もう終わり。
転生の転生なんて話は聞いたことがないし、今度こそ本当に死んでしまうんだろう。
なんて残酷なんだろう。どうしてこうなっちゃうんだろう。
そう思っていたら、意識を失った。
長編になるよう頑張って執筆いたしますので、
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