外科の新人の歩み12 会議
来期採用となる看護師の配置に関する会議が開催された。
理事長と看護師のトップである各科の婦長で配置は決定されるが、研修を担当した看護師と各科の医師も参考意見を聞くために集められた。
1時間ほどで予め仮埋めされた一覧を調整する話し合いを行うとほぼ配置は決定したが、やはり不安だった外科の新人の配属先だけが問題として残った。
理事長「えー。問題児は内科で良いですか?」
内科医師「いや〜。注射も出来ないでは。。」
内科婦長「研修担当看護師が強く推すので。。私は。無理じゃないかと思うんですが。彼女が育てると言うから。。」
看護師「しっかり見ていないから、そんなことが言えるのです。彼女の信念はすごいです。確かに技術面では弱い。ですが、そこは私がフォローしますので内科に配属して下さい。」
理事長「しかしだな。内科は一番レベルが高い。看護師も優秀な人材が揃っている。果たして彼女に出来るのか?」
看護師「理事長。失礼承知で言わせて頂きますが、理事長は彼女の働きをご覧になったのですか!」
内科医師「まあまあ。理事長。私は無理だと思います。」
看護師「そんなこと、やる前から決めつけないで下さい!先生も一部しか見ていない。私は遥かに長く彼女を見てきました。技術を身に着けたら、誰よりもすごくなると確信しています。」
理事長「いや、すごい確信があるのだな。。じゃあ、こうしようじゃないか。来期は内科には極めて優秀な新人を特別に割り振った。だから、その代わりに彼女を引き受けてくれ。」
内科医師「はあ。。そのもう1人の新人はそんなに優秀なのですか?」
理事長「ああ。面接で聞いた限りは、研修で、人が足りない時にやむを得ず医師と彼女の2人だけで脳内出血の緊急手術をやり切ったそうだ。バイタルチェック、輸血、医療器具を渡す役割など1人で対応したらしい。あまりにすごいから、念のためにその病院の知り合いに聞いたけど、事実らしい。病院の看護師より研修生のほうが能力が上だったそうだ。医学的知識も凄まじかったって。医師の診察に疑問を抱いた時に検査を要求して誤診を防いだそうだ。医師のプライドも傷つけずだって。こちらに就職するのがうらやましいってさ。」
内科婦長「それは。。ものすごいですね。私にも出来る自信がない。」
内科医師「いや、しかし。。」
外科部長「ちょっといいかな?」
理事長「どうした。外科部長。」
外科部長「すごい人材入れたから、もう1人面倒見ろでは可哀想だろう。皆さんが問題児と言う彼女は外科に配属してもらえませんか?」
外科部長は研修を担当した内科の看護師にウインクする。
理事長「まあ、外科に配属は数年ないし。。人員的には余剰な気はするが。。んー。皆さんどうだろう。」
内科婦長「賛成します。」
内科医師「異論ありません。」
理事長「じゃあ決定でいいな。良し。あと、最後にですが、実は外科の婦長が家庭の事情で辞めることになった。外科婦長の推薦でさっきから問題児を熱く押していた看護師。つまりあなたが来期より外科の婦長になってもらいます。」
看護師「。。。えっ?ふ、婦長。。私ですか?」
内科婦長「それは困ります。」
理事長「これは外科婦長が辞意を示した時に婦長からの推薦で、既に決定事項です。意見を伺っている訳ではありません。従って、元々問題児を自分が面倒見るというのは外科部長がもらうと言うまで成立していなかったのですけどね。そもそも内科は中途採用も優秀な人材が集まっている。あの子は要らないとか、要るとかワガママが過ぎます。病院経営サイドの思考も考慮して発言。いや、まず思考を改めて下さい。花形なのは確かですが、謙虚さが足りない。脳神経外科だって人手足りない。中途採用含め、配置の見直しは今後積極的に推進しますので。」
内科医師「誠に申し訳ありませんでした。」
内科部長「いや、現場の人間にはやや高い要求です。私が少しずつ変えていきますので、彼らについては今回はご容赦下さい。」
理事長「では、全て決まりましたので終了にします。ああ、次の中途採用は脳神経外科が最優先で合否判断して下さい。」
脳神経外科部長「ありがとうございます。」
理事長「じゃあ解散。」
内科婦長「理事長。彼女取られたら困ります。」
理事長「あのな。さっきから要るとか要らないとか。婦長。いい加減にしなさい。内科の人材育成に問題がある。レベルの高い人材が入るから、育成がまるでダメだ。」
内科部長「申し訳ありません。私のせいですので。どうかご容赦下さい。おい、戻るぞ。」
未だに納得のいかない婦長を引き連れ内科に戻って行った。
内科の看護師と外科だけ残された。
看護師「あのー。私が婦長はさすがに荷が重いかと。死んでもいないのに二階級特進って。。」
外科婦長「あのね。私も外科研修で彼女は見た。正直どうにもならないと思った。けど、最後の内科研修で見た彼女はまあまあ許せる感じだった。あなたの力を私は理解したわ。あなたは婦長の資格がある。だから推薦したの。」
外科部長「全く。。面倒みたいって。あんなに熱く語られたら。。彼女引き受けるしかないだろう。理事長。みんな全く分かっていないですよ。彼女化けるよ。私には分かる。みんなで要らないって。。バカじゃないかと思ってました。頃合い見て外科にくれと最初から言うつもりでしたしね。脳神経外科部長が欲しいと言わなくて助かりました。」
理事長「まあ、人を見る能力が優れている君が言うのならそうなんだろうな。この成績見ただけでは。。とても。。」
外科部長「責任感だけ、どの研修も高評価じゃないですか?」
理事長「確かに。本当だな。」
外科部長「患者に対する対応の評価が高い科はありませんか?」
理事長「そう言えば、半分くらいあるな。」
外科部長「それが高い科は人材を見極めることが出来ている証ですよ。」
看護師「確かに!これ、分析したら、各科の教育の取り組みが見えますよ!」
理事長「あなた。。かなりの。。んー。今まで気づかなかった自分が。。」
外科婦長「やっぱり。。あなた婦長の器だわ。安心した。外科をよろしくね。」
理事長室を後にした3人。
看護師「もー。私の異動決まっているなら教えて下さいよ〜。彼女の面倒見るって必死になってバカみたいじゃないですか!ただね。私。。彼女から学んだことはあるけど。。私、彼女に何も出来てないの。だから。ちょっと後ろめたいわ。」
外科部長「言える訳がないだろう。。面倒見るって言うから、引き受けたんだからいいじゃないか。しかし、内科の婦長はもう交代になるな。彼女ではとても無理だ。君があちらの婦長になる前に確保出来たのはありがたかった。そのスーパー新人をいきなり婦長にしたほうが面白いんじゃないか?しかし。私に人事権あったら、一番に彼女取るけどな。なんで押し付け合いしているのか。。」
看護師「それはそうなんですけど。。成績悪いから強く言えなかったのです。人柄は皆納得なんですけどね。しかし、内科の新人さんはそんなにすごいんですね。びっくりしました。そんな人材入るなら私1人いなくてもいいと思うけど。」
外科部長「しかも絶世の美女だぞ。」
看護師「へー。それはお客さん増えるかもね。残念。入れ違いで一緒に働けないんだ。」
外科婦長「ねえ。ちょっといいかな?」
看護師「はい。何でしょう。」
外科婦長「あなた、まだ外科じゃないけど。内科に戻らなくて大丈夫なの?」
看護師「えっ!。。そうだった。ヤバ。」
全力で逆方向に急ぐ看護師だった。