◇0009_森の中の戦い
進行を邪魔する精霊を三人で倒したことにより、ある程度突破口は出来たかと思われる。セシルによると、クラーナが得意とする結界術は精霊を倒せばある程度縮小されるという。
この森の辺り一帯の殆どがクラーナの魔力によって汚染されているが、ギルド協会はその問題を放置していた。
居場所が分からない以上、裏切者を相手にしても仕方がないと思われたのだろうか。ただ、その怠慢によってセフィーリアという姫君が攫われたことになる。
「正直、この辺りはあまり来たくはありませんでした。クラーナがまき散らす瘴気は、ある意味どの魔物よりも目障りですから」
セシルはそう言っているが、ただ本人の戦いぶりについてはさすがといったところだった。結界を守護するスプリガンという精霊、その戦いにおいて彼女は善戦し勝利する。
右手に持つ大きな剣。彼女の容姿とも相まって、彼女は伝説上に居る剣士のようにも見えてしまった。そう、大げさな言い方ではない気はする。
異世界に来て、事件が起きてからここまで来ると。自分もまたその世界の中に取り込まれて来たようなものなのだろう。
この辺り、クラーナが支配する森林。張られている結界を守る精霊を全て倒せば、クラーナの居場所はすぐに分かることになる。
「クラーナ、彼女の過去は知らないけれど。それなりに魔術師としては優秀だったから、以前はかなり人気があったのよね」
テレジアはそう言っているが、過去についてはリッカは口出ししようがない。
「姉さんは、彼女をどこまで知って居るのですか?」
「あんまり。聞いた話によると、もっと昔はお嬢様だったらしいけれど。ただ、数年前ってあれでしょう?セインレムにおいては疫病神とされた異端者。
彼等との闘いのせいで一時、交易にも支障が出たし。その中でも、私たちも危なかったけれど。クラーナに関しては恐らく、もっと上を行くんじゃないかしら」
「それで、ギルド協会を裏切ることになったのでしょうか。時期が大分ずれている気がしますが」
「後になって、きっかけになるような出会いでもあったんでしょう?それくらいのことは、クラーナにもあるだろうし。大体、彼女の家柄を考えたらね」
ただ、この世界についてはほとんど何も知らない。リッカにとっては、王族や貴族の話など分からないのだから、想像することもなかった。
「まぁ、色々な立場っていうのもあるんだろうけど。こんな場所で戦うほどには嫌なことでもあったのか?」
「嫌っていうよりは、大義名分っていうのかしら。行動するには、そう間違っていないって感じね。面倒くさいけれどそうなってしまった感じだもの」
「テレジアとセシルが、クラーナと出会ったらそのまま戦うのか?」
「当然でしょうけど。回避方法も考えておかないと。私たちは殺し合いに来たわけじゃないもの。そういう貴方は、経験あるのかしら」
「殆ど無い。魔物とはともかく、人間相手は別だと思う」
「なら、セシル前衛か。スプリガン相手はともかく、クラーナ本人は別だものね」
「セシルは大丈夫なのか?」
「それなりに、クラーナの毒属性を持つ精霊の排除方法は分かって居るわ。そう簡単に死にはしないだろうし。エーレンフェルトとしての魔力は高いもの」
「資質が高いわりには、俺と同じランク帯なんだよな」
「資質といっても、経験は未熟というのかしらね。結局、多くの練習を、成功体験を得ないと人は成長しないもの。殺し合いなりにね」
それはつまり、多くの人間を殺すことが一番の近道になってしまう。それは当然の話だが、そう軽い問題ではない。
「姉さん、あまりリッカさんを追い詰めないほうがいいのでは?ルリアさんのこともあります」
「さぁ。私は利害一致したから助け船を出しているだけだもの。私にとって重要なのは、この世界での名誉だけ。
そういう意味では、どんな事があろうと同情はしないつもりよ。魔術師ってそういう生き物だもの、究極的な個人主義。それが、魔術師の在り方だから成立するのよ」
「その身もふたもない話はともかくとしてだ。こっちは割と知識が無いというか偏って居るというか。とにかく知らないことは多いから。出来ればギルド協会についても教えてほしいんだけど」
「それも知らないって言うのね。まぁ、どうせ田舎から出て来たんでしょうけれど、その前に貴方は何を目的にしてギルド協会に入ったのかしら」
「まぁ、何だ。それも若干忘れているというか、意味不明な感じに受け取られるかもしれないけれど。別に理由らしい理由なんてないんだよ」
「魔術師だから、ギルド協会に入るって話?」
「まぁ、そんなところかもしれない。結局、能力だけあって経験が未熟という半端な生き物になったせいなんだろうけど。そういう意味ではテレジアやセシルと似た者同士なんだと思う」
「どうかしらね。貴方の場合、未知数な部分もあるけど」
「前に、昇格試験に落ちたって言ったけれど。結局、テレジアやセシルも相手に敗北したからまだここに居るんだろう?」
「あのね。Dランク帯の昇格試験だからってなめてかかると痛い目見るわよ。あれってかなり理不尽気味だから、やるなら本気でやりなさい」
「理不尽ね・・」
まぁ、それは現実でも同じだろう。結局、上に立つ人間が他者に要求する試練なのだから。
「エーレンフェルトが貴族、なんだから。二人はかなりいいところで育ってるように聞こえたけど。やっぱりドレスとか着ていたのか?」
「どんな貴族を想定しているのよ貴方は。私たちは貴族といっても、身分だけの魔術師よ。金だけで考えるのなら、話は別になるもの」
「姉さんは特に、適当すぎるせいで余計な物まで失いますから」
「セシル、余計な事を言わないで。私は別に変なことでなにか失ってないから」
それを信じるしかないのだろうか。ただ、この異世界ではそれなりに身分社会ではあるはずだから。別に困窮とかはしていないはずだろう。
「貴方は半端者みたいだから、一応忠告してあげるわ」
「姉さん?」
リッカはともかくとして、セシルは何かつっこみをいれたいような表情をしていた。しかし、それも無視される。
「私やセシルのような貴族というのは、特別な魔術師という意味で国に保護された対象でしかないの。力を管理されている以上、私たちは王族に従うしかない。
だから、セフィーリア・フォン・オルトハイムが捕まって居る可能性があるとすれば、その事を優先するしかない。
でも、私たちはそれを利用して結果的に高みに上がろうとする。貴方にとってはそれだけにしか感じていないようだけれど、あまり信用し過ぎていると後悔するわよ」
「別に規則を守るのはそう悪い事じゃないだろう?貴族が王族の姫君を守ろうとするのはそう間違っていないけど」
「守護の問題じゃなくて、私たちの場合は利害一致という側面で判断しているって言いたいの。貴方、私たちをまるで警戒していないでしょう?」
「一番警戒したのは最初会った時ぐらいだけど。つまり、もしかしたら近い将来敵同士になるかもしれないってことか?」
「まぁ、簡単に言えばそうね。ただ、貴方はその社会面に対する考えが希薄みたいだから。そこは忠告したいだけよ」
「それだけ聞くと、結局ただの良い奴にしか見えないが。それとも、実はかなり大きな爆弾を抱えているとか」
「抱えているわけないでしょう?あぁ、そうか。貴方は知らないんだっけ。エーレンフェルトは、オルトハイムを支持している貴族と敵同士で何度も殺し合ってること」
「それって、政敵と殴り合いしたことがあるってことか」
「殴り合いもあるんだけど。私のお父様が決闘で一度、オルトハイムの支持政党の人を殺したことがあるもの。割と有名な話なんだけど、そうね。まずそこから話さないと分からないか」
「有名って、一般人も知ってるのかそれ・・?」
「そりゃぁ、闘技場でやったぐらいだもの。その決闘で相手の貴族を殺害したことで、私のお父様が支持していた王族のメンツを守ろうとした。
ただ、それだけではオルトハイムが国家元首の座につくことを止められなかったけれど。その事で、セフィーリア様からひと悶着あるだろうから注意しなさい」
門外漢過ぎて恐らく足手まといになるだけだろう。リッカはクラーナに関することだけ考えるしかないようだ。
「つまり、後でセフィーリアと何かあっても、俺は口出ししないほうがいいってことか。血生臭い人間関係じゃないか?」
「そうね。どうしてそう、魔術師って血で血を洗う関係でしかいられないのかしら」
「吸血鬼みたいな恰好しているからじゃないか?」
「私は別に普通よ!一体何処を見ているの貴方は?」
「いや、別にどこも見ていないけれど。テレジアは、そのオルトハイムとの関係のことで危害を加えられたりしないのか?」
自分の父親が、政敵である別の貴族を殺した。その事実に関してだけ言えば、彼女は危険なラインに立っている。
「別に。私は政治に興味ないし。ギルド協会は政治とは切り離されているから。そんな理由で一々攻撃するやつはいないわね。
あるとすれば、だけど」
「お前、実は嘘をつくのが下手なんじゃないか?」
「嘘っていうか、このことについては後ろめたさと面倒くささしかないもの。自分の親を怨むしかないわね」
「どこまで悪いかは、今は判断できないだろうけど。随分難しいものだな・・」
移動。その途中でより広い場所に入る。その場所に一体、スプリガンと思われる精霊を確認した。
体が特殊な植物で出来ている、人型の魔物。クラーナによって作り出されたその精霊は、結界を守るためにそこに常在している。
「全く、いくつ用意したのよあいつは。前と同じ作戦でいくわ」
前方はセシルとリッカ、後方がテレジア一人となる陣形。テレジアは、左手に装着しているガントレットの機能を展開させる。
変形したガントレットが弩の形状となり、青白い閃光をスプリガンに対し放った。
魔弾が命中し、爆裂を引き起こす。そして、リッカとセシルが左右からその敵に対し攻撃をしかけた。
スプリガンの体に二回、それぞれの攻撃が命中する。一瞬スプリガンはひるんだが、想定以上に防御力は高いのか。すぐに反撃をする。
両手から湧き上がる炎。それによる広範囲な攻撃が発生し、地面の草を燃やし尽くす。
その攻撃を回避した二人。遠くに居たテレジアによる砲撃もあったが、スプリガンの炎による放射攻撃は続くのだった。
「どうやら、防御力をかなり高くしてあるようですね。時間稼ぎか・・!」
疾走するセシル。最大に達した速力によって、一気に敵の近くまで詰め寄っていく。セシルの戦闘能力は近接向きであり、その移動力は大剣だけで阻害されるものではなかった。
数回、セシルによる大剣の攻撃によってスプリガンの体が切り刻まれたが、その回復能力は早い。
動き回る炎が迫って来たことにより、セシルはまた回避をして後退するのだった。そのスプリガンの背後を狙ってリッカは攻撃したが、ひるむことはまずない。
武器を命中させただけではすぐに回復してしまう、敵の炎攻撃も範囲が広くすぐに回避しなければいけない状態だった。
「鬱陶しい攻撃ばかり、この一体に魔力を集中させているみたいね。セシル、後ろに回り込んで核を狙いなさい!」
テレジアの言う通り、その敵の背後へ回り込もうとした時だった。そのスプリガンが突然、何かしゃがむような行動を取った後だった。
頭部が変形し、その中から火球のようなものが溢れ出て来た。それにより、周囲を爆裂させていったため、そう簡単に近づくことができない。
「くそ、変な攻撃ばかりする!」
リッカもまた、力を総動員する。戦闘スキルは無いため、接近して攻撃する程度ぐらいしか思いつかなかった。
突撃する。先ほどの火球を何とか掻い潜った後、走り込みスプリガンの近くを抑えた。
そして、その体に剣を突き刺す。全力を込めた刺突攻撃が、その体の間に突き刺さったが、それだけだ。
敵が動く、両手から放たれる火球が強烈な爆砕を引き起こし、リッカは吹き飛ばされそうになった。
「中々の防御力ですね」
「何度も攻撃するしかないか。魔力は残しておきたいけれど、時間が無いわ!」
テレジアの左手。より魔力がチャージされ、大きなボルトの矢が射出される。
その衝撃がより強烈な衝撃波を生み、スプリガンの頭部を爆砕させた。
ただそれですぐに止まるわけでもなく、再度火球が放射されるような動きを見せる。その隙、敵の背後に飛んだセシルが、6連撃の回転攻撃を浴びせたのだった。
それによって体の限界が出てきたのか、スプリガンの頑丈な体が粉砕される。しかし、同時に、火球がまた爆裂することでセシルが吹き飛ばされる。
合間、リッカは一気にスプリガンに再度接近する。相手はより高濃度の火炎を吹き荒すが、その合間を避けて接近することに成功する。
正面、体を損壊させられたスプリガンの体の中には、魔力核があるのがしっかり分かった。それを狙って、再度リッカは剣を突き刺す。
それによって、魔力核が一度破壊される。スプリガンの体から燃え盛って居る炎が消え去り、ようやく敵は機能を停止させたようだった。
消失するスプリガンの体。何とか敵を倒せたが、そこですぐに静けさを迎えることはなかった。
蝶。その輝く光が、周囲を舞っている。
「残念ね。そんな早く倒しちゃうだなんて。エーレンフェルトの姉妹もたまには活躍できるのかしら」
「クラーナ・・!」
崖の上。その場所にクラーナは居た。
「重点的に精霊だけを狙われるのは想定外だったわ。テレジアには驚かされるわね。その割にギルドの成功率が低いようだけれど」
「悪かったわね。そっちこそ、精霊をあちこち動きまわすせいで匂いが漂ってることは気にしないわけ?」
「それだけでここまで来る貴方が問題なのだけれど。ここであなた達を逃がすわけにはいかない」
どうやら、ここでクラーナを倒さないといけないのだろうか。
ただ、そこでセシルが前に出る。
「彼女は私が相手します。姉さんとリッカは、むしろ邪魔になる」
「正直、そこには反論したいところだけど。時間が無いのは事実よね。貴方の範囲攻撃くらったら私が死ぬもの」
「死ぬ・・?」
それは冗談に聞こえてしまったが、セシルに任せたほうがいいのだろうか。
「行くわよ、すぐに彼女を助けたいんでしょう?」
「別に付き合ってるわけじゃないぞ!?」
走るテレジアを、リッカは追いかけようとする。それに反応したクラーナは、自身が使役する精霊を全て呼び出そうとした。
「逃がすか・・!」
しかし、先に、大剣からの衝撃波を出したセシルによって行動を阻害させられる。
崖が崩れ、そしてクラーナがその場所から飛び降りる。そこで、彼女は二人を見失ったのだった。
「正気?一人で私を倒せると思っているの?」
そのクラーナの周囲。無数とも言える精霊が呼び出される。森全体を支配するための数、それが一瞬でこの場所に集まって居るようだ。
「貴方一人だけのために使いたくないけれど、容赦しないわ」
一瞬、セシルは何かを言った。クラーナには聞き取れなかったが、その直後に彼女の両手に黄金の紋章が浮き出る。
そして、その両手を交差させ、その力が解き放たれる。黄金の衝撃、それによって多くの精霊が消滅させられたのをクラーナは見た。
「え・・?」
見たことの無い力。魔術師として修行をしていたクラーナだが、この力は理解の範疇を越えていた。
精霊を一撃だけで消滅させている。純粋な攻撃力を突破していない限りは、そう簡単には潰されないと思っていたが。
「聖律の輝きをここで他人に見せるつもりはありませんが、貴方の魔術はそれなりに脅威です。1対1なら、姉さんごと殺すことにはならないでしょうから」
「今の、攻撃・・まさか、黄金秘匿主義の祈祷だというの?あり得ない、どうして貴方がそれを持っているのよ」
「エーレンフェルトの秘儀の一つです。貴方の反応からすると、貴方が教えられた魔術はアルカント魔法学院の正当魔術でしょうか。
大量の精霊を使役する技術なら、あの大学は熟知しているでしょうけれど。しかし、祈祷魔術を軽視している分、聖律に弱すぎるのが致命的ですね」
「まさか、その年で秘匿されている魔術を学んでいたの?一体誰から・・」
「独学ですが」
どうやら、それなりに彼女の出自はトリッキーなようだった。その領域となれば、彼女は恐らく何らかの秘密を持っている。
こうしてテレジアがセシルを相手にさせたのは、セシルに対する絶対の信頼だけではない。
「そんな物を持っているだなんて。私より酷いんじゃないかしら」
「えぇ。しかし、私の聖律は基本的に精霊にしか効果が出ない魔術ですから。使い勝手には困るものです。後は悪霊の類だけれど。
問題は、近くに姉が居ると使えませんので。それに関しては本当に厄介です」
「・・・・・」
姉の方に問題があるのか。それとも、妹が持っている魔術が言動以上に強すぎるのか。
未だつかめない彼女の未知数な能力。
ただクラーナにとっては、呆れを通り越すばかりだった。
「秘匿魔術っていうのは、禁忌の意味もあるのだけれど。貴方は、独学ということはつまり、勝手に大図書館から持ち出したことになる。
禁書庫を破った割に、そうやって自分から手の内を明かすと言うのね」
「いいえ、魔女から、一冊だけ読んでいいからどこかに行けと言われただけです。ご理解が難しいようですが、そういうものです」
「・・・・」
理解が難しいというよりは、話が見えないと言ったほうが適切だろう。
「私の知らないところで何をしていようが勝手だけれど、正当な理由で禁書庫を開けられる理由が分からない・・・」
「そうですね。クラーナであれば、私をある程度理解してくれると思いましたが」
「むしろ余計に貴方が不気味に思えたわよ。でも、近くに誰かが居ると邪魔ってことは、それなりに範囲攻撃しか揃えていないってことね」
更に精霊が集まる。ただ、それだけではなく瘴気もより集約されてきた。
ただの瘴気ではなく、元は悪い魔力によって出来たガスだ。その集まった力が、複数の死神へ姿を変える。
「精霊を壊滅させられたら仕方がないもの。でも、これであれば攻撃できないでしょう?」
首をかしげるセシル。意味を読み取れていなかった、ということなのだろうか。
クラーナは、すぐに死神への命令を出す。瘴気によって作られた即席の使い魔。
その死神が持つ武器がセシルに襲い掛かるが、彼女はそれを跳んで回避した。
集団による死神の攻撃を難なく回避し続け、彼女は大きな木の蔦に着地する。
「どうやら、攻撃方法はそれだけのようですね」
「何ですって・・?」
「クラーナ、私がどうしてランクD帯に居るのか分かりますか?私は、自身の実力と関係なしに、姉さんを守らないといけない。
彼女には呪いがある。そして、私は魔女との誓いによって長い苦渋を味わされる。本当であれば逃げたいところなのに、聖律の輝きはいつも私を苦しめる」
「やりなさい、彼女は精霊さえ倒されなければ・・!」
クラーナは死神に命令し、戦闘続行を優先させる。迫りくる死神、余程の魔術師でなければ、物理攻撃で倒すことはできないはずだ。
しかし、彼女の両手に輝き続ける聖律の紋章。Aランクの魔術師であったクラーナでさえ知らない、秘匿魔術の結晶。
もしそれが真実であれば、魔女との話は一体何だったのだろうか。
しかし、先ほどと同じように。セシルが発した魔術によってその死神が一撃で消し飛ばされたのだった。
「何故・・?」
精霊を消し飛ばしたということは、魔術回路に何らかの形で介入する因子が存在するはずだ。
ただの魔力の結晶でしかない使い魔が、あの程度ですぐに消滅させられるわけではないが・・。
「まさか、魔術回路に、あのたった一瞬の隙だけで割り込んだの?術式を全解除するだけの能力なんて、貴方程度の女の子には・・・」
「中々の推測です。アルカント魔法学院に在籍していただけのことはあるけれど、実際には私がやったわけではありません」
「え・・?」
「これで話は終わりです。精霊を全て出すか、それとも先ほどの使い魔を召喚するか。それとも、自ら出ますか?」
困惑するクラーナ。ここまで強いとなると、話が別になってくる。しかし、まだ勝算はある。
スプリガンとの戦闘の際、彼女は接近戦では並みの魔術師程度の力しか出していなかった。あの聖律はクラーナに届いていたので、そもそもそこまで害はない力だ。
姉のテレジアに何らかの干渉をする、ということは。そういうことなのだろう。
「そう。一騎打ちならいいわ。どうせ、私の精霊や使い魔をいくら使ったところで貴方が全て消し飛ばすんでしょうから。でも、それで勝てる自信があるかしら」
「そうですね。私は基本的には戦うのは嫌いなタイプなので、戦闘訓練の際、10分後にはおやつのデザートを食事していますが」
「分かった。今すぐ黙らせてあげる」
余計な時間が経過してしまった。精霊が減少したことによって、より結界の効果が低くなっている。
そういう意味では、セシルは囮としては十分な効果を出していたのだろう。