◇0008_セインレムの姫君
暗い場所。ルリアはそこで目が覚める、どうやら自分が捕まってしまったらしいと自覚するのもそう長くはなかった。
手足が縛られている。魔力を封じ込める術式を感じる程度には、かなり頑丈なものだった。
リッカは無事だろうか。もしかしたら、彼は別のところで捕まっているかもしれないと、ルリアは心配になった。
あの魔術師。クラーナという少女は、かなり精霊術に長けているタイプのようだった。知識のない人であれば、どんなに力があっても足元を掬われかねない。
「私の失態・・もっと、相手を見ていなければ・・
あの森全体がクラーナのような魔術師の結界になっているとすれば、あの場所にいることさえ危険だろう。
どうにかしてここを脱出しなければいけない。しかし、クラーナもそう馬鹿ではなく、魔術師を拘束するには十分なものを使っていた。
「・・?」
ふと、正面にある、ルリアが捕まっているものと別の牢を見る。そこには、別の少女が捕まっているのがわかった。
白い服を着た、金髪碧眼の少女。まさか、自分以外の人も捕まっているとは、どうやら只事ではないようだ。
「貴方も、捕まってここに連れてこられたのですか?」
少女は答えない。しかし、怪我をしているわけでもないようだ。もしかしたら、何らかの拷問を受けたかもしれないと、ルリアは焦る。
「もし何かあれば言ってください。ここで情報が交換できるのなら、そうしたほうがいい」
「黙りなさい」
「は?」
どうして黙らされたのだろうか。ルリアは困惑してしまう。
「私はセフィーリア・フォン・オルトハイム。
この国、セインレムの正当たる王族の人間です。貴方のような人が口出ししないでください。どうせ無能なメイドなんでしょう?」
そういえば、街で姫君が山賊に攫われたという話を聞いていたが。まさかこの少女なのだろうか。
「セインレムの姫君・・?では、貴方があの馬車の主だったのでしょうか」
「私が馬車から連れ出されたのは知っているのね。全く、無能にも程があるわ」
眉がぴく、と上がる。
どうやらちゃんとした教育を受けた姫君のようだ。
「すぐに私を助け出せず、そして自分も捕まるだなんて。私の国民にしては本当に無能で腹が立つわ」
「・・・・」
別に国籍は習得していないのでルリアは彼女の国民というわけではない。国籍が無いのにギルドに入れるような仕組みもどうかしているが、その国のお姫様もかなり駄目なタイプのようだった。
しかし、山賊に捕まってしまったのは事実なのだろう。彼女が悪態をつくのは当然かもしれないが。
「こんな事をしている間に王子の婚約者が決まってしまうわ」
「婚約者?」
「あなたには関係ない話よ」
「そうですね。ですが、馬車に従者が一人もいないのも悪い。私が見た限り、あの馬車には車掌の一人しか居なかった。警備が薄すぎるのもどうかと思いますけど」
「仕方ないでしょう?この私でさえ、貰える資金が無かったのよ」
「資金・・」
お小遣いの間違いだとルリアは思ったが、今は言わないでおいた。後で何らかの方法で倍返ししてやる。
「この私がこんな穢れた場所で捕まっているのは、もはや歴史的損失だわ」
「・・・・・・」
自分でそんなことを言うやつまはず居ないと思うが、むしろ黙っているほうが正解かもしれない。
その代わり、別の登場人物によってある程度ルリアのストレスが半減される。
「随分と大きな口を叩くのね。王国の姫君だからって、別に全員が歴史に刻まれるわけでもないでしょう」
クラーナ。ルリアを敗北させた魔術師、彼女が今回の事件の中心にいることは明確になった。
「この駄目リンセスに従者がいなかったのは、従者をもつことすら許されなかったからよ。色々やらかしたから、何もできなくなった。そして、私は彼女の父親に用があったから、彼女を捕まえてここまで誘拐してきたの」
「どうして私にいきなり説明するんですか?」
「貴方に義憤が芽生えても仕方ないもの。この場所も狭いから、とりあえずそれなりに弁解しておかないといけないと思わない?」
「弁解ですか。つまり、私は悪くない。そう主張したいだけでしょう?」
「そう。この姫君の父親であるアインフレッド・セインレムは、私たち騎士の一族に対して不愉快ともいえる行為をした。自分が気に入らないものは気に入らない、そんな子供みたいな奴だったみたいだけど。結果的に私の家は没落した状態になり、私たち一族はセインレムに対する復讐の計画を練っていた。森林に結界を貼ったのも、その計画の一旦になるわ」
「王族への復讐のために、こんなことをしたのですね。姫君の方はどうなさるつもりなんですか?」
「さぁ。どうしようかしら」
そう、ただ考えるような仕草をするクラーナだった。
「全く、下郎にも程があるわね。そんな人間が王族を侮辱するのは許さない、宮廷騎士がすぐにあなたを倒しに来るわ」
「この場所は結界を貼ってある。すぐには来れないわ。それに、ジャミングはしかけてある。馬車に居る車掌・・とルリアはさっき言ったわね」
「え?」
「私は皆殺しにしたはずだけれど。どうして誰かが居たのかしら」
そう、あの車掌は彼女の仲間の一人だ。他の仲間は全員、彼女によって殺害されているとしたら。
しかし、それでも車掌を装ってもすぐにばれるはずだ。
「そう。貴方の魔術ね。殺した相手を操る、下級魔術師のやりかたじゃない。それだからギルド協会にいられなくなったのよ」
「私を認めない魔女なんていらないわ。姫君、貴方はとりあえず黙っていなさい」
「待って・・!」
ルリアが止める前に、大量に出現した精霊がセフィーリアを苦しめる。悶える彼女は、ルリアに比べれば耐性などまずないのだろう。
「一応言っておくと、このタイプは神経毒だから」
「余計危ないものですね。やるのなら私にやりなさい、彼女を失えば、大義名分を行使して国があなたを・・!」
「別に殺しはしないわ」
気絶するセフィーリア。ルリアからみれば、殆ど抵抗するのは不可能な状態だった。
「それでも魔術師ですか。相手はほとんど力を持ってない状態ですよ」
「私に騎士道精神なんてないわ。あるのは、復讐の心だけ。この迷宮に囚われた自分を恨むことね」
「貴方が、どうしてそこまでするのですか?少なくとも、貴方一人だけ幸せに生きていくだけでもいいはずです」
「・・・随分貴方はひどいことを言うのね。孤独主義なのか、それとも他人の心が分からないのか。うん、やはり貴方は残念な子ね。姫君はもっと残念だったけれど。貴方も大概。そう、みんな結局、そうやって幸福論を盾にして生きていくことしかできない中途半端な人たちなの」
「私はこの国の事情をあまり知りません。だから、確かに貴方に何か言う資格はないかもしれない。理由くらいは聞いてもいいのでは?」
クラーナが持つ過去がどんなものか、そのあり方次第ではルリアにとって方針は変わる。
ただ、彼女はそれを言うつもりなどないだろう。
「・・本当に、残念ね」
大袈裟に落胆するような態度を取る。クラーナという少女がここまでしていいというわけではないが・・ただ、大罪を擁護できる人間など少数だろう。
「彼女の父親が手段を間違えなければ、貴方は確実に殺される側になります。恩赦を期待しないほうがいいでしょう」
「私を脅しているつもりなの?恩赦なんて誰も期待していないわ。ただ、私には・・っ?!」
ふと、突然、クラーナは困惑したような態度を取った。何かを感じ取ったのだろうか、側から見ている人間から見れば大袈裟過ぎる動きにしか見えない。
頭部を抑えるクラーナ、その表情はルリアも意外性を感じる。
「スプリガンが一人倒された・・まさか、あの女・・?」
何かを言った後、彼女はすぐに元に戻る。
「ここで大人しくしていなさい。どうせ何もできないけれど、そうね。お姫様が起きたら、彼女と歌でもうたってるといいわ」
そう言って、クラーナは去ろうとしていた。そこで、一人その場所に誰かが現れる。
「レオルグ?持ち場にいなくて平気なの?」
「あぁ。他のことについては部下に任せてある。ただ、少し魔力を消耗していてな」
ルリアを見る彼は、そのまま牢の中へ入ってきていた。
彼が、山賊のリーダーなのだろうか。さっきまで喋っていたクラーナも、現時点では静かにしている。
「お前が連れてきたメイドも、それなりに魔術師としては有能なようだ」
「私を引き込もうとしても無駄ですよ」
「わかっているさ。お前みたいなやつはそういうタイプだろうからな。だからこそ、ここで別の糧になってもらう」
近づいてきたレオルグ。ルリアがすぐに反応できるまでもなく、そのまま唇を奪われる。抵抗できず、ルリアは自身の体が蝕まれていた。接触による魔力の簒奪、それによってルリアの力が弱まってきていた。
逃げることのできないルリア、そのまま魔力を奪われた後に、レオルグの右手がルリアの服を脱がし始めていた。