◇0007_エーレンフェルトの姉妹
崖を落ちて落下する。距離はかなりあったような気がした、その先に落ちていった時には死を覚悟してしまいそうなくらいだった。
「きゃぁ!?」
地面。
その先に誰かいたようで、落下に巻き込まれなかったのは幸運だった。
「う、上から人が!?一体何の襲撃!?」
「いいえ、姉さん。この人は、ギルド協会で会った人じゃない?」
地面から起き上がると、目の前に少女二人が見える。銀色の髪がどこか見覚えがあるが、今はそれどころではない。
「このままじゃ、さすがにルリアが危ないな・・」
「大丈夫ですか?かなり高いところから落ちてきましたが」
「あぁ、平気。君たちは、たしかエーレンフェルトの・・」
「私はセシル、こちらの姉がテレジアです。前に姉が攻撃的な態度をとっていたことについてはお詫び致します」
「あぁ、そういえば。朝に会った姉妹か。どうして二人がこんな所に?」
「私とテレジアは、別の任務のためにここに来ています」
そう、セシルは言った。銀髪の美少女、その姿はこの異世界に相応しいと言える程度の美しさだ。
リッカも、自己紹介をしておいたが。彼女の視線は女神のものとは違う気がする。
「どうして上から落ちてきたの?」
テレジアから聞かれる。それなりに答えたほうがいいだろう。
「ここからだと見えづらいか。クラーナっていう女の子に仲間を連れ去られて、そして落ちてしまったんだ。クラーナの方は、向こうに繋がっているロープで一気に移動してしまったから。居場所がわからない」
適当に説明すると、二人はどこか考えるような表情をしていた。
「クラーナ・ツェペリン。そうか。ここ、彼女がよく行動している領域だものね。なにか問題を起こしていたんだ」
どうやら、テレジアとセシルも知っているようだった。
「じゃぁ、彼女が逃げた先は分かるか?」
「一応。彼女の匂いは独自だから、多少分かるわよ」
テレジアにとっては、匂いだけで居場所が分かるのだろうか。
「匂いだけで?」
「瘴気っていう、悪い魔力。それを感知するにはそう難しくないわ。貴方の仲間のためにも、急いで助けにいかないとね」
「いいのですか?任務対象は逃げたままですが」
「あれを追いかけていたらもう夕方になるわよ。期限は長いし、クラーナにも言いたいことあるもの」
二人にとって何か因縁があるらしい。
「最初会ったときよりは素直でいいけど。何かあったのか?」
「素直なのは余計よ。ただクラーナに仕事の邪魔をされることは多いの。この辺りに居るってことは、大分瘴気を撒き散らした後だものね」
「仕事の邪魔か。山賊としては色々悪いことをしてきたみたいだけど。やっぱり、危険な子なのか?
「そうね。この場所をテリトリーとする山賊の一人であり、ギルド協会の剣士を邪魔することが多いから。知っている人も多いのだけれど。Aランクとしての資質をもつ魔術師だから油断できないわ」
とにかく、今はそのクラーナがいる場所まで移動しないといけない。
テレジアについていくことになるが、移動はかなり面倒くさい状態だった。道と言えないような場所を突き進むことになる。はたして、ルリアは無事なのだろうか。
「災難でしたね」
「え?」
セシルに話しかけられる。災難、とはつまりルリアのことだろう。
「クラーナに仲間を連れ去られた。少なくとも、彼女は前科が多い。私も助力致します」
「付き合ってくれるのは嬉しいけれど。よほどクラーナが悪いことをしたのかな。二人とも、彼女を恨んでいるみたいだけど」
「えぇ。何度も仕事を邪魔されましたから。今日に関しては姉さんの落ち度もあって逃しましたが」
「ちょっと、人に仕事内容漏らさないでよ。コンプラ違反でしょうが!?」
前を先導していたテレジアが大きな声をあげる。確かに、他人に仕事内容を告げてしまうのはよくないことだ」
どこの世界でも通じるが、この場合は情報提供も必要かと思われる。
「リッカさんが受けたと思われるランクと恐らく一緒なので。場所も一致してしまったのでしょう。この森に居る魔物は比較的安全で、初心者にとっても十分処理できるものが多いですから」
「そうか。でも、二人は初めてというわけじゃないみたいだけど」
「私たちの場合、仕事の失敗が多かったので。ある程度修練を積めば、また試練に挑むことができるはず」
「試練?」
「受付の人が言っていた、昇格試験のことです。毎年10月に行われる試験。闘技場で行われる、擬似英霊との戦闘で成果を試される。その戦いで私と姉さんは一度落選してしまったので、次も挑まないといけません」
「落選って、つまりその擬似英霊さんに負けたってことか」
「そうですね。Dランク帯でしたから、敵も命をとることはありませんでしたが」
昇格試験も色々ありそうだが、しかし問題はそこではない気がする。
「クラーナはどうなんだ?ルリアを連れ去る程度には強いはずだけれど」
「彼女はAランク相当の実力をもっていますが、その気になれば私たちだけでも十分止められます。私たちの場合、単純に仕事が下手なせいで勝機を逃しただけですから」
「その割に昇格試験には落ちたって言ってるけれど・・」
「そうですね。相手もかなり強いですから。昇格試験は基本的に挑戦者よりも能力が高い幻影の騎士が召喚されます。リッカさんも、その昇格試験を受けるのであれば十分注意したほうがいいでしょう」
「昇格試験が厳しいのは理解した。とりあえず、今のところはルリアが今頃クラーナに何をされているか・・」
「今は集中して移動するしかないようですね。ところで、そのルリアという仲間の方はどういった関係でしょうか」
「別に、旅の仲間になってくれたって言った方がいいかな。そこまで難しいかんけいでもないと思う」
「ギルド協会で働くということはそれなりの野心を持っているかと思われますが」
「野心、っていえるほどのものは無いよ。まだ、本当はなにをしたらいいのか、分かりかねているだけだし」
「将来が不透明、ということですか」
「そっちはどうなんだ?二人とも、それなりにいい家の出身みたいだけど」
「エーレンフェルトのことですか。貴方が前に聞いたことについては忘れてください。あれはただの戯言ですから」
「戯言?」
「私たちにとって試されていることはただ強さのみ。魔法によって他者を踏みこみ、飛び越えていくだけの力を求められている。騎士道精神によって己の精神を調和させ、神の名のもとに己の力を求める。ただエーレンフェルトは、古めかしいことを家訓として存在していた。今となってば、もうほとんど機能していません。姉さんは、それを勝手に自己解釈しておのれの思想にしているだけですが・・」
「とりあえず、それなりに苦労はしているんだな」
「クラーナさえ居なければ私たちはある程度多くの収入を得ていました」
「そうか。ある意味、タチの悪い山賊のせいだから。ここで倒して仕舞えばいい気もするけれど」
「私たちにその権利はありません。山賊のアジトにきても、その相手を殺していいのは別の組織、別の権力と役割を持つ騎士だけです」
「分かってる。どこの世界でも、普通の人が私刑とかしちゃだめなようだし。とりあえず、二人に頼ればいいだけなんだろうけど」
「私たちを信用するのは勝手ですが。貴方はどの程度強いのですか?」
「それなりに。合体したスライムを何とかコアを全ぶ壊して倒していたよ」
「なら、問題はありませんね」
そう、セシルは言う。山賊、クラーナが居る場所では戦うことを避ける方針となった。
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セシル・エーレンフェルト
テレジア・エーレンフェルト