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異世界の旅路  作者: にくまん
Volume_2
43/43

◇0043_殺人鬼1

捕まってから少し時間が経ったように感じられる。あるいは、そこまで時間が経っていないのか。

明確な時間を測定できていない。ただ、今はもう居ないガイストの遺体の在処が気がかりだった。

本当ならすぐに脱出しないといけないというのに、少し動いただけで拘束具が自分の体を締め付けてくる。

魔力を奪われているのだろう。その拘束具は、魔術師に対して非常に強力な武器にもなっている。

ここから先、どうするべきか考えても無駄なように感じられていた。

本当に無駄だとはっきり分かったとしても、ただ不愉快な密室環境から出たいという気持ちはあるのだ。

こうしている内に魔術協会が動き出すかもしれない。

ただ、馬鹿馬鹿しいほどの無力さはある。

何もせずにここに居るべきだろうか。無駄な体力を使うよりはそうしたほうがいいかもしれない。

しかし、問題はある。そもそも、ルリアやセフィーリアがこの場所を突き止められるだろうか。

できたとしても、もしかしたら返り討ちにあうかもしれない。

特にセフィーリアは戦力外だと思った方が良いだろう。ユーリィと違って、そう特別な戦闘訓練は受けていないはずだ。

せめて、何か手がかりらしいものは見つけられるかと周りを見ていたが。

ただ悍ましい血痕ばかりが目に付いてしまった。

ガイストのものと思われる大量の血痕。

それがどこか虚しくもあったが、最終的に自分もそうなるかもしれないという不安があった。

ただ、気力が再度尽きて来たのか、またそこで眠ってしまうのだった


少し眠って居る間、ドアが開く音がする。

重い音が響くことで、視界に何か見覚えのある人が映って居た。

「・・・・」

「君、は・・?」

アーニャ・ソルト。ルイーゼが誤って木に武器を命中させたことで落下してきた少女。

あの時に出会った少女が、ここに居る。それはそういうことなのだろうと、自分を納得させられていた。

ただ、この状態でいるとなるとかなり危険なのではないか。

彼女が、本当に関係者なのだとしたら。

絶体絶命の状態に居るわけだが、それとも彼女意外に真実があるのだろうか。

「私のせいで、捕まってしまったのね」

「あぁ、あの紅茶・・正直、あんなので捕まるだなんて情けない」

「諸行無常ということね」

恐らく、無常のところを無情だと勘違いしているのだろう。

アーニャの微妙な間違いに関してはともかくとして、これから彼女はどうするつもりなのだろうか。

「拷問でも行う気か?」

「私にそんな資格はない。私は、フォルスの家に買われただけだから。

元は、ガイストの義理の妹として育てられた、サーカス団の一人娘」

「何だって・・?」


無表情のまま、和風ゴスロリの少女は言う。一瞬、腰に提げられている一本の刀が気になっていた。

それも、東の国から渡って来た物の一つなのだろう。

そういったものをちゃんと装備している辺り、この屋敷もかなり色々な仕事をしているのかもしれない。

「彼は、ただ自分の作った人形しか興味が無かった。でも、それを超える作品を作り上げられる少女が居たから変わってしまう。

血にまみれた芸術性、それを超える神秘の土台。

もしかしたら、最初から彼はそれを欲しかったのかもしれないけれど。でも残念な結果に終わってしまった」

アーニャは、血の痕がついているベッドの方へと近づく。

彼女の言葉を信じるのなら、彼女はここでガイストを一方的に斬殺したことになる。

「あのピエロだって、お前には殺されたくなかったはずだ」

「そうね。でも、彼はピエロであることを辞められない、それだけでも可哀そうな男だから。

そんな馬鹿みたいな生き方をしていて・・何が楽しいのかしら?」

そう、彼女は言う。

ただ、楽しいとか楽しくないとかそんな感情論で決めていいことではない。

明らかに間違っているはずの倫理。

それを超越して彼女はそこに居るようだ。それこそ、けっして間違ってはいけないはずなのに。

半月のように笑む少女。

血痕のせいで、より彼女は自身を怪物のように見せている。


「別に、貴方を怖がらせたいとか、そういう気持ちは無いわ」

「この場所に居て怖がらない奴とか、それこそ殺人鬼だろう。俺は、お前とは違うんだ」

そう言ったが、彼女には届かない言動だろうう。

既に殺人鬼として覚醒している以上、彼女は鬼のまま生きるしかないらしい。

「貴方は、こういうことは嫌い?」

「好きな奴はいないだろう?そもそも、奴の遺体の方はどうしたんだ?」

「彼は燃やしておいたわ」

立派な証拠隠滅だった。あまりにも当然な行為だが、ここに居るのはもう危険なことなのだろう。

しかし、どうやって拘束具を解くべきか。

自分に吸血鬼みたいな再生能力があれば、両手を断ち切ることもそう不可能じゃないが。

いや、そんなスプラッターみたいな行為などやらない方がいいかもしれない。

相手が余計に喜ぶ可能性はある。そういう奴なのだから、むしろ慎重に考えた方がいいだろう。

「あいつはアーニャのことで、ただ意味のよく分からないことを呟いていた。

お前はあいつに何をしてきたんだ?一体何をして、あいつをあそこまで精神的に荒廃させたんだ?」

「失礼な人ね。まるで、あいつの趣味が全部私のせいみたい。私を一体なんだと思っているの?」

殺人鬼でしかなかった。

そもそも、自分がガイストを殺した事を確信されているのに、彼女は全くといっていいほど否定していないのだから。


髪をはらうアーニャ。その少女は、自分がしたことに関して全くといっていいほど悪意を感じていないのだ。

例え殺害した相手が出来の悪いピエロでも、実際のところ精神を病んでいたただの人間なのは変わりない。

事実上、ここで起きた惨劇は彼女が起こした行為。

だからこそ、今は彼女と会話する必要がある。しかし、問題はそれをどうするべきか。

「私を、一体何だと思っているの?」

二度目の確認。

彼女にとっては、ガイストの事よりも自分の方を優先するタイプかもしれない。

「君は今まで一体何人人を殺してきた?」

「つまらないことを聞くのね。確かにそれが一般論かもしれないけれど、果てしなく退屈な意見だわ」

「意見じゃなくて確認だ。お前の場合、ただの殺人鬼なのだから。」

「本当に酷い言い方をするのね。私に角があるとでもいうのかしら。東洋のデーモンと比較する時点で傲慢だと分からない?」

鬼とデーモンの違いについては深く指摘しないが、冷静に考えたらアーニャはこの国の人間なのだと分かる。

「どこが傲慢なのか分からないけど。そういう意味じゃ、お前の服装も意味が分からない」

「服装?」

「どうしてそんな格好をしているんだ?ガイストとは趣が違い過ぎる」

「あぁ。フォルス家の当主の趣味。彼も死ぬ前には、いい余興を楽しみたかっただけ」

「何の余興なんだ?」

「そっちの方が気になるのね。貴方は」


実際には時間稼ぎに近い。

どうやって今の彼女から情報を聞き出すべきか、ただリッカにそんな脳味噌は無かった。

こういった状況も初めてではあるのだから。

「だから。どうだっていうの?」

「何だって?」

「貴方みたいな人間に、私の一体何が分かるのかしら。こうして手足を縛られているのに、余裕そうにしているのが分からない」

「余裕に見えるのだとしたらそっちがおかしいんだろ。それとも、助けろといったら助けてくれるのか?」

「私が助ける・・?何で?」

確かにそれもそうだろう。

ただ、現時点でできることはそれくらいしかないのだから。

「確かに意味は分からないかもしれないけれど。俺の目的は、ただアーニャのことが知りたいだけだ。

魔術協会の人間じゃないんだな?」

「私はフォルスに雇われた・・ただの暗殺者」

そう、彼女は言った。つまり、職業上仕方なくやっていただけなのだろうか?

あの町での出来事も。だとしたら、むしろ危険だったのはこっちの方だと思われる。

「それで。もう一ついいか?」

「質問が多い。正直、私は喋るのが好きじゃないの。何か正常に応えられるわけでもないから」


「簡単な話・・なのか分からない。ただ、リステリア、フォルス家に何故か居たあいつについて聞きたいんだ。

あいつがここに居る理由がそもそもおかししんだから。君だって違和感を感じるんじゃないか?」

「・・・・確かに、あのエルフがここに居るのはおかしい。何故か、アーデルトラウトは納得しているみたいだったけれど。

でもこの屋敷にある事実は全て異常だから、別に彼女もそれに内包された異物でしかない」

「リステリア本人は、俺が最初からここに来るのを分かって居たんだ」

「彼女に予知能力があった。それだけの話じゃない?」

「それはそうなんだけど・・」

「リステリアと何があったのかは知らないけれど、私よりも彼女の方が気になる口ぶりね」

「・・・・そうなのかもしれない。大体、アレは本当におかしいんだから。君とは別の間違いがある」

首をかしげるアーニャ。

彼女からしてみれば、確かに意味不明なことを言っているかもしれない。

意味不明で、滑稽なことを言っている。

むしろこんな余計な話をしている場合じゃないのだが、相手はそもそも重要な方だ。

話としては機能しているはず、なのだが。チグハグ過ぎる言動がアーニャを困惑させるだけなのだろう。

「この世界の魔術に、死んだ人間が、元の時間帯に蘇って、やりなおしを行えるスキルとかあるか?」

「何、それ?」

「つまり、人間が一度死んで、スキルが発動すると死んだ時間帯よりも前の時間帯に呼び戻される。そんなスキル」


ただ、アーニャは首をふる。

「そんな魔法は聞いたことないわね。そもそも、現実的にできるわけないじゃない」

「えぇと。現実的って、どのあたりまでが現実なんだ?」

「・・・・」

少し、意味不明なことを言ってしまったかもしれない。

ただ、アーニャの方は別に気分を害したわけでもなさそうだった。

「そんなのは知らない。ただ、人が死んで時間を遡る。というのは不自然だもの」

現実の物理現象は不可逆的であり、みたいな話なのだろうか。

いくら口では簡単には言えても、現実的にみるとおかしい部分が存在している。

「こういう場合、多世界解釈っていうか。多くの世界に分岐するっていうパターンもあるけれど」

「それこそ意味が分からないわ・・」

確かに、普通はそういう反応になるだろう。

「それに、その貴方の言い方がその通りだったとしても、何度も死んで生き返れば、その分貴方のいうパラレルワールドが多くなる。

それに伴う魔力と質量が現実的に膨大化してしまうわね。

『自分が見えている世界』しか世界が存在していなかったら話は別だけれど、現実はそうじゃないもの」

「えぇと・・」

「でも、まさか。リステリアがそうだっていうの?死んで生き返って、それで貴方に会いに来るためにここに来たって?」

そう、言いたいのだが。ただ、こうしてみるとまるで自分が馬鹿みたいにかんじられる。そんな気分だ。


「どっちにしても、リステリアが貴方のために何かするタイプには見えない」

「一応、スキルを三つぐらいはプレゼントされたんだけどお」

「武芸スキル、という意味?それなら誰でも持っている。貴方は、何か利用されているだけかもしれない。

心理戦術なら、エルフだって可能だもの」

「そんな嫌な戦術あってたまるか。大体、俺を拘束している意味の方が分からないぞ」

「・・・・リステリアは、貴方を戦わせないようにアーデルトラウトに言っている。

理由は不明だけれど、貴方の力は災いを呼ぶらしいわ」

「災いのせいで大変な目にあっているのは俺も同じなんだが」

「貴方とそんな、馬鹿みたいな話とかしていられないわ。馬鹿馬鹿し過ぎて、今すぐ殺してもいいくらい」

「待って、それこそいけない」

殺意、というよりは、ただ相手を弄ぶ感じだった。

少女は、アーニャは恐らく誰でも殺せるのだろう。

「非現実的なことを聞かされたから、私も大分変になっているみたい。

貴方みたいな、それこそどうでもいい人間となんて。会話すらしたくないのに」

「わるかったな。俺はどうでもいいかもしれないけれど、むしろピエロの方が好物なのか?」

「気に障る言動はするのね。そういう馬鹿みたいな会話をしている限り、助かるとでも思ってるの?」

確かに、馬鹿みたいな会話だけれど。それはアーニャも悪い一面はあると思う。


「ガイストを殺した理由な何だ?依頼されただけなら、そう言ってくれていい」

「貴方に質問する権利なんて無いのだけれど。答えられる範囲なら、問題ないわ。

実際、この契約関係なんて大したことないもの。私の主が死んで、アーデルトラウトが当主になってから関係は希薄になった。

この際、ギルド協会に移籍してもいいくらいだったけれど。でも、彼女は彼女だから」

「うん・・?」

「でも、結局、魔術師は皆おなじ生き物ね。利己的な感情が膨大化してく分、自分が感じる世界しか興味が無い。

自分の中、内面が絶対的な真実だと思っていて、ただ外の世界は自分を安定させるためのパーツでしかないと思っている。

周りの人間が自分のために生きているのであればそれでいい。そういう人間は一定数居るものだけれど。

魔術師に関しては、本当にそういう奴らでしかない。そういうのを、どう言ったらいいのかは私には分からない。

ただ物や人を操ることしか考えていない、そんな異常心理を一体どうやって断罪したらいいのかも分からない。

私は、結局その魔術師と同じかもしれない。結局、自分中心として生きて居られないのなら、きっとそれしかないのだから。

貴方は私を殺人鬼だと言ったけれど、でもそうね。人間はいつか死ぬ生き物だから、という理屈もあるけれど。

でも、ガイストの場合はもう既に死んでいる。母親も、だから私はその最後を速めただけだった。

誰もが善人じゃないし、聖人なんてそもそも存在しない。だから、私はこうして武器を使うしかなかった。

貴方には分からないでしょう。貴方には、私の気持ちなんて理解できないはず。でなきゃ、同類でしかないんだから」


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