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異世界の旅路  作者: にくまん
Volume_2
36/39

◇0036_道化師

戦いの後、クレスティアからは一言忠告があっただけだった。現時点では、本格的に魔術協会と交戦する必要はないと。

だから、リッカには不必要に行動しないでほしい。そんな事を言っていた気はするが。ただ、彼女の言動が正しいかどうかはともかくとして。

リッカ本人としては、誰かのために戦う方を選んだのだから。こういった事は間違いじゃないとは思っている。

むしろ、どうしてレーネを追ってくれないのかと聞きたかったが、クレスティアは忠告だけしてはすぐにどこかへ行ってしまった。

セフィーリアが屋敷に居ることを彼女は知って居るのだろうか。知らないのだとしても、もしかしたら気づいているのかもしれない。

あえて、リッカのことを深く詮索しなかっただけかもしれない。そんな事をわざわざする理由はないかもしれないが。

だからこそ、クレスティアの本心が聞きたいとは思っていた。セフィーリアに従う宮廷騎士として。

一緒に聖域のオブリビオン、その内部まで行った時のことを思い出す。あの時はクラーナをある程度抑えていたらしいが。

レーネとクラーナを追わない理由、それも何らかの政治的な理由があるのだろう。

セインレムと、魔女のカルネヴァーレ、そしてギルド協会や・・あるいは、女神に関連した人物。

色々とかなり複雑になってきたかもしれない。それを、リッカ一人ではどうすることもできないのではないか。

いや、ただ力を使うだけでは解くことはできない、そんな世界なのだろう。因縁を解消するには、もっと別の物が必要になるのかもしれない。

王様と、娘であるセフィーリア。どれだけお互いに感情めいたことがあったとしても、それは力では解消されない問題であるように。

なら、これから先リッカがするべきことはなんなのか。ある意味、それは単純なことなのかもしれない。

自分が出来ることをやるだけだ。リステリアから貰った武芸スキルと、エディの紹介で強化してもらった赤獅子の直剣。

その戦いを完遂するためには、まず夜を待たなければならない。


今日は、いい満月のようだった。

明りの少ない町をわずかに照らす、ただそれだけで場所の空気は一変していたように見える。

曲がりくねった金属の門が、どこかお化けを誘い出すかのように見えている。

幻想的とも取れるが、ただその場所に居るだけで病んでしまいそうに感じられていた。

それは、一種の狂いともいえる生理的な反応。

ただ、どうしてそうなるのかは真剣に考えた事は無かった。

誰も居ない夜の風景。場所は、デルフィーネから教えてもらった工場地区の場所。

貧民街の人たちが出入りする仕事場所だったが、管理されていない状態になってから長い期間放置されているらしい。

その場所を歩くだけでも、真後ろから突然襲われそうな錯覚を感じる。

大きな建物の中へ入る。元は、数百人の従業員が、衣類を作るために働いていた施設なのだろう。

ただ、誰も居ない分そこは殺風景だった。

「居た・・」

真ん中にある場所。少し、月光によって照らされる場所に、ピエロの姿があった。

「魔術協会の構成員だな」

単刀直入に聞いたが、ただ不気味な視線のせいですぐに逃げたくなってきた。

ガイスト・ブラム。彼は、ただこちらを見ただけですぐに動く事は無い。

「趣味の悪い恰好だけど、それが最近の魔術師の流行りなのか?」


頑張って聞いてみる。正直、意思疎通できるだなんて思っていない。

「そうか。君が、例の魔術師か」

「じゃなかったら何だ。誰もこんな場所に来ないだろ」

「あぁ。そうだね。こういう場所は実に、気分が落ち着くんだ」

そんなわけないだろう。

そうツッコミを入れたかったが、やはり止めて置くことにした。話が脱線しそうだ。

「君は、正義の味方なのかい?」

「正義、って言っていいのか。この場合、実際はただの防衛だから」

「自分の身を守るための戦い。それは、結果でしかないだろう。君は、善か、それとも悪なのか」

「そう簡単に決められても困るけれど。そっちが悪人なら、自動的にこっちが正義の味方になるんだとおもう」

「正義の味方に、善も悪もないだろう」

「何だって?」

「正義は他人からの評価で決まる。ただそれだけの話だ。だからこそ、イザムは正義で居続けられる」

正直、そんな話に付き合っている暇はないのだが、ガイストというピエロは、彼を正義だと言っている。

個人的な崇拝でしかないのだから、ここで捕まえるか。もしくは倒すしかない。

「迷惑なことはするもんじゃない。ここから立ち去るか、それとも倒されるかどちらかにしろ」

「イザムの望みを聞いた事は無いのかい」


「望み?目的があるのか?」

「あるさ。彼にはね。魔術師としての正義を完遂するためにこの場所に居る」

「分からないんだが、それであいつと戦ったら俺は悪人になるのか?」

「いいや、ただそこに悪人は居ないだけの話になる」

「屁理屈を言うな。皆悪い人じゃないみたいなことになる、それともそういう博愛主義なのか?」

「そう、博愛。愛に意義がある以上、ロザリアは今もまた私を見続けてくれている」

誰だ、ロザリアというのは。

それを聞こうとする前に、周囲に気配がする。

雲のように、出来の悪い人形が現れる。どうやら、そう安心してはいられない状況になるようだ。

「酷い見た目だな・・魔術師といっても、人形師となると格別か」

「魔術師とはそもそも何だ?我々は過去に存在した聖律の伝説から何を学べるのだろうか」

いきなりそんな事を言われても困る。ただ、自分にとって必要なんは今の状況を考えることだ。

戦力不明の人形使い。ここですぐにしとめるべきか、それとも間合いを取るか。

「イザムは世界を愛している。だからこそ、私も手伝うべきだと思っている。

君もまた、彼の愛を信じることができるのであれば・・手伝ってほしいものだ」

「何で敵から二回もスカウトされないといけないんだ。断るって言ってるだろ」

「ふむ。そうか。彼を認めない、それが君の本心ということだろう」


くどい人形師は、周囲に現れる自分の傀儡に命令する。

動き出す人形。伸びる両腕が、カマキリのようにリッカを攻撃しようとした。

彼は瞬時にその攻撃を、剣によって裁断する。そう難しくないカウンターだった。

向こうに居るガイストは、すぐにそのまま立ち上がり向こうへと歩き出している。

「待て・・・!」

彼を追おうとしたが、無数に迫って来る人形が道を阻む。

そう簡単には通してくれない。より多くを破壊するために、武芸スキル、赤飛沫の舞を繰り出した。

ただ、数はそう簡単には減らないようだった。まさか、ここまで数が多いとなると、不気味さを通り越しているように感じられる。

「あいつは、居ない・・?」

どうやら逃げられたようだったが、今は人形の方に集中して攻撃し続ける。

一気に10から20体の人形を倒す。

破壊された人形は散りゆくが、他の同じような人形がすぐに代わりとなって襲い掛かって来る。

恐らく100体以上は居るんじゃないか。まさかこんな場所で、一体宮廷騎士は何をしているんだろうか。

「まだ終われない・・!」

更に数十体撃破する。集中していればそう苦戦はしないが、目的の道化師は逃げている。

これでも十分力を出しているが、数で押してくるとなるのは卑怯に感じられた。

全て倒しきるまで数十分。恐らく数は100体は居ただろうか。

暗い場所での長時間にわたる戦闘が終わりを告げた時には、ほとんどリッカに戦う気力は残って居なかった。


「どうやら全員倒したようだ。素晴らしい魔術師だな」

工場、空いた天井には、ガイストらしきピエロが見えていた。

「本当に見事な奴だ。その人形も魔術師殺しには慣れていたが、君のような奴は別格だろう」

「お前は戦わないのか。聞いていた話に比べると、お前はあまり大したことがなさそうだが」

「私は戦い以外の役割を持っている。悲しい事に、そうするしかできなくなった身だからね」

「イザムの目的は何なんだ?どうして、魔術協会がそこまで危険な行為をする」

「ふむ。それを教えろというのか。困ったものだが、そういうわけにもいかない。

教える気など私には最初から無いが、だからこそ君はもう少し努力をしたほうがいい」

上から目線(物理的に)のピエロは、ただ明らかにリッカの事を試しているのだろう。

まだガイスト・ブラムという魔術師は本気を出していないはずだ。でなければ、すぐにあのまま逃げるはずだろう。

一見、むしろ好戦的には見えない奴だが。相手の持っている何かを、探しているようにも見える。

魔術師として卓越している分、そのピエロは多くの人形を使役して戦っているようなものだ。

精霊のような自律できる使い魔とは違い、先ほどの人形は体全てを完全に支配していなければいけないタイプのはず。

頭の中に、脳味噌がいくつもあるのだろうか。あのピエロの事だから、不気味なやりかたで魔術を成立させているに違いない。

電灯の無い、月光だけの暗闇。まだ、リッカは不気味な音が聞こえてくるのを察知する。

獲物を見つけた小動物のような残酷さを感じる。一体だけは大したことないが、群れを成せばそれ自体が凶器だ。

対象を食い尽くすためだけに特化しているのなら、きっとあの人形は魔力そのものを狙っているのだろう。


「一体、何体の人形を使役しているんだ。趣味の悪さは魔術師の中ではダントツじゃないか?」

実際、格好も変だ。この工場が、まるでサーカスのテントの中に見える程度には。

馬鹿馬鹿しい格好だからこそ、その不気味さをより上昇させる。不気味の谷というものはあるが、ピエロはまさにそれだろう。

「趣味か。私の場合、これは本職みたいなものだよ」

「ピエロが本職の魔術師なんて居たのか。異世界も、実際の所そんなに裕福じゃないようだな」

「金を持っている魔術師など、ただの成金のようなものだ。私は違う、最高の芸術をこの手で作り出すことを目的にしている。

この世界に最高の瞬間を作り出すための装置。それを作り出すために私は情熱をかけてきたんだ」

そう、彼は言っている。しかし、このまま彼を捕まえるには・・やはり工場ごと爆破するのが手っ取り早い行為なのだろうか。

「数十年前、グラスリムから遠く離れている山の奥地の山脈で事故が起きた。

その村で育っていた孤児は、人形師の子供だったらしいけれど。その技量に関しては父親を既に上回って居たとか」

リッカの背後。そこに居たのは、リステリアという魔術師だった。

どうして、ここに居るのだろうか。その思考の前に、ただ彼女の言うことに集中してしまう。

「彼は精密で、尚且つ自分の思考にすぐに制御できる人形を操る。その魔術師としての能力は、より周囲を不気味がらせていた。

村の事故で父親を失った貴方は、母親と一緒にグラスリムへ行こうとする。転居した先の町で、母親が再婚相手を探していたらしいわね。

ガイスト・ブラム。貴方は、そこで一度母親殺しの罪を問われていたらしいけれど。今もまだ、当時のことを覚えているのかしら」

真実、なのだろうか。こんな時に、彼女によって暴かれた真実はより緊張を走らせる。

ただ、ガイストは無言だった。リステリアに警戒・・あるいは、慎重になっているのだろうか。


「その話、本当なのか?」

「えぇ。警察はガイスト・ブラムを捕まえたがっていた。けれど、彼は何処にいるのかも分からない。

サーカスで生活費を立てていたガイストは、何度も自分の姿を変えていたから。見つけるのは難しいのも当然よね。

テントの中での仕事も、人形に代役させて自分は出てこなかった。いいえ、他の従業員すら騙して、貴方は隠れ続けていたのだから。

そんな孤独な環境でも、やっぱり母親が頼りだったのかしら。再婚相手がそんなに怖かったのなら、同情してもいいけれど」

「一つ、勘違いしているな。魔術師」

「間違いならあるかもしれないけれど。生憎、人形師とは趣味が合わないのよね」

「当然だろう。半端な魔術師には理解できない執念だ」

「趣味の悪い芸術品を作りまくって居るのを執念って言われても困るんだけど。それで?その母親、今どこに居るの?」

そう、リステリアはおかしな事を言った。

「遺体は、もしかして・・」

「そいつが隠しているままよ。母親の大量の血痕だけが見つかって、ガイストは追われる身となる。

衛兵騎士団の一つである夜警によって処罰されそうになった所を、イザムに助けられた。そんなところだけど。

問題は、その母親の遺体がまだ見つかっておらず。ただ不気味な事件のせいで、住んでいた物件が解体されるまでに至ったとか。

殺人鬼ピエロのストーリーとしてはまぁまぁだけど、センスが無いわね」

ただ、本人はリステリアの言動を遮ることはなかった。その代わり、人形の気配がより増えた気がする。

というより、多すぎないだろうか。これは。


「即席型の人形ね。インスタント・ワークス、半物質の人形を作り出すだなんて。やっぱりイザムから何か教わったようね」

「・・・」

「それで、母親はどこかしら。もしかして、貴方のお腹の中・・だったりしないでしょうね」

「馬鹿を言え。趣味の悪さに関してはお前も同じだろうリステリア。

殺した数に関して言えば、お前の方が上なのだからな。同胞殺しとして国から追われた魔術師がこの私に説教をするつもりか?」

「正当防衛よ。貴方みたいな、酒場の冗談にも使えないストーリーしか持っていないキャラじゃないのよね私」

「成程。ただ、言っておくとすれば。母親を殺したのは私ではない」

「何言ってるのよ。母親であるロザリアはあの場所から殆ど移動していなかったじゃない?

彼女を良く知って居る人物は多いもの。再婚相手を探し回って居たくらいだから、それなりには外交的じゃないとおかしいでしょう?」

「あの時点で私は親と縁を切って居る。いくら血縁だからといっても、所詮は人間だ。

スタートラインが間違っていれば、結局人間も馬鹿になるのだろう。この町で、人生をやり直すつもりだったか、滑稽な女だ」

「じゃぁ一体、誰が殺したっていうのよ。貴方以外できる奴居ないでしょう?」

「・・・」

「状況証拠は全て揃っている。貴方は、自分が使役している人形で、その母親を食い殺した。それで間違いないもの。

私怨で動いているのははっきり分かって居る。今からでも遅くないから、王国の監獄で反省するといいわ」

「本当に自分には優しい奴だ。他人に対する厳しさは毒でしかないな」

「いいから、格好つけてないで降りてきたらどう?それとも、そこから降りれないのなら、こっちから引きずり出してもいいけれど」


ただ、相手の方は意外と冷静だった。むしろ、あたまをかくなどしている。

本当に自分に罪はないと思っているのか、それとも・・本当に彼は、殺してなどいない、というのか。

「その、だな。人形に関しては。この町で起きている殺人人形に関しては私の仕業ではないのだが」

「はぁ?」

「何人か殺したが、それはイザムの命令でやっただけだ。工場地帯に居る邪魔な衛兵や役人を殺して、ある程度過疎化するようにした。

ただ、そこで私の脚を引っ張る・・小娘が居る。リステリア、お前は恐らく勘違いしているだろうが、人形師は私一人だけではないんだ。

それに、私は一度殺されかけているからな。私の弟子、アーニャは・・今どこにいる?」

「弟子・・?貴方、誰かに魔術を教えていたのね」

「今、どこにいるんだ?あいつを、今すぐ見つけないとまずい。あいつは、本物なんだ。あいつを止めないと、止めないとまずいことに・・」

「あいつ、どうしたんだ?」

不安になるリッカ。ただ、彼とは対照的にリステリアはあきれるような態度を取って居た。

「どうせ嘘でしょう?いいからあいつをあの場所から引きずり落とすわよ。前からああいうのは気に食わなかったし」

ただ、ガイストの方は奇妙な動きを見せている。人形の方も、明らかに混乱が生じているようだった。

「うぅ、うぅうううう、ぅぅ、ぁあっぁぁぁぁあああああああ」

「ちょっと、ただでさえ気持ち悪いのに変な声出さないでよ・・?!」

「アーニャ、お前は、お前は一体、何、なにがしたいんだ、止めろ、やめ、ああぁああぁぁあぁあああああああああ!!?」

そう、彼は叫ぶ。

アーニャ、とは一体・・誰なのだろうか。何者かすら分からないが、ただ彼に相当なトラウマがあるのだろう。


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