◇0002_最初の村
異世界へ移動する際の注意を聞いたが、ただ今の如月リッカにおいては魔法剣士として十分に強い。悩むところはそう無いと言われた。
剣士、として強いとはどういう意味なのか。ただそれは戦うためだけではなく、女神から与えられた使命を全うするという意味でも重要な理念が必要になる。
そう、メイド服を着た少女、ルリアが言っていた。メイド服を着た、女神アリスティアの従者として働いていた騎士。
メイド騎士と言ったほうがいいだろうか。その在り方もどうかと思われるが、ただその能力はかなり高いものだった。
アリスティアから、異世界に連れて行く相棒としては丁度いいと言われたけれど。道で現れた20体程度のゴブリン集団を一人で殲滅させるぐらいだ。
得意武器はハルバート。神鉄のハルバートと呼ばれる武器を扱い、一方的な強さで敵を倒す。その強さはある意味、一級品みたいなものだった。
ただ、異世界を守るというのなら、彼女でもできそうかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。それぐらい、異世界は難しいものだそうだ。
むしろ、魔法という変化のある要素がある分、イレギュラーが発生しやすい。都合よく生きて居られたと思えば、あっさり死ぬことが多いそうだ。
そんな世界観で生きていく以上、僕もまた彼女と一緒に戦わないといけない。女神から貰った武器、院鉄のロングソードを持ち、再度現れたゴブリンを倒すことがあった。
武器の名前である院鉄の何が院なのかは不明なままだが、その武器は魔力をよく通し、加護の力を最大限に発揮する。
その優れた名剣に対してはゴブリンは何もできず消え去ったのだった。優れ過ぎた武器ともいうが、もしかしたら+24と名前に付けくわえた方がいいかもしれない。
そんな具合で、一番最初に来たルルイエの古遺跡という場所から、森をようやく出ていくことが出来た。時間は割とかかっていたため、近くにある村で一度休憩することを余儀なくされる。
正直かなり面倒な感じの移動になってしまったが、ただこれから先も似たような感じになるのだおるか。
「もっと強い魔物が出てきてもいい感じだけど。いきなりギルド協会で稼ぐことはできないのか」
「ギルド協会は街にある支部まで行かないと、ギルド認定を発行できませんから。とりあえず今日は宿屋で一緒に過ごしましょう」
そう言われたが、しかしこれだけの力があってやることが宿屋というのもしっくりこなかった。
とりあえず、まだ時間はあるので、村の周辺を一緒に散歩することにした。
「のどかな村ですね。この場所で暮らすのであればいいのですが、むしろ私たちが物騒すぎるくらいです」
「ついさっきまでゴブリンに追いかけまわされて反撃したからな。ある意味、血で血を洗う状態だったけど」
「一方的に殴って居た気はしますが」
「何だ、多少苦戦しましたっていう方が、ゴブリンにとってはいいかもしれない。女神の言う通り、残酷にならないような言い方をするほうがいいだろう?」
「間違ってはいないと思いますが、私たちは戦うために使われているようなものです。そこまで容赦する必要性はないでしょう」
「女神に比べると割と物騒な言い方するな。ルリアはそういうタイプなのか?」
「私は女神の従者ですから」
そう、ルリアは言っている。女神がどうとかいう話ではないが、それともあのような戦闘をするように教育をうけたのだろうか。
あのアリスティアのことだ、ルリアを言いくるめて変な仕事をさせていたにちがいない。
ゴブリンとの戦闘を思いだす。自分たちが持つアイテムを奪うために、ゴブリン集団は一方的に攻撃しようとしてきた。
ルリアは、右手に召喚された自分専用の武器で攻撃し、ゴブリンを一撃で倒していく。その一連の動きは素晴らしい戦いだったが、それもアリスティアに仕込まれたのは疑いようがない。ただ、従者としてどれだけの修練を重ねて来たのだろうか。彼女の持つ力がどの程度のものなのか、吟味しておく必要性はあるかもしれない。
「私のことをもしかして、変なタイプの女の子だと思っていませんか?」
「いや、普通の可愛い女の子だとは思っているけれど何かおかしいことでも言ったか?」
「別にないけれど、ゴブリン退治に遠慮はいりません。むしろ村のためによく頑張ったと思ったくらいです」
「自分たちがこの村に今日初めてきたばかりだから、その村のためっていうのも変な話じゃないか?」
「私たちは女神に誘われ、そしてこの村に来たのですよ?それに、貴方はまだ何か思うとろころがあるのでしょうか?」
無い、といえば無いが。自分にとって異世界をどう捉えるべきか。はっきりしていない所が見えている。
今のところは素直にルリアを褒めるべきなんだろうけれど。
ゴブリンは常習的に人間が持っているアイテムを狙って襲いかかってくる。ルリアがその敵を全て倒したことで村人にとって良い利益に繋がっているのだ。
当然の話だが、そういった努力ができるのも彼女の強みなのだろう。
「ルリアが頑張り屋すぎて失敗しないか、心配になってきただけかもしれない」
「それはそれでどうかと思います。普通の人にとってゴブリンは敵なんですからね。早めに駆除するのが私たちにとって当然の責務です。きっとリッカ様は、私を殺人鬼か何かと思っているんでしょうけれど。それは間違いじゃないかもしれませんが、私という生き物は常に魔物と戦うように仕上げられているんです。その意味では、むしろ英雄的な方だと思いませんか?」
「随分自己評価が高いけれど、多分あの戦いを見たら庶民は恐れて逃げると思う」
「どうやら貴方は大変とても失礼な方のようですね。よくそれでアリスティア様の召喚に選ばれたのでしょう」
そのアリスティア様も大概かと思われる。ルリアにとって彼女は親みたいなものだろう。従者としてアリスティアさまに従ってきた以上、彼女は普通の上をいく魔術師なのだ。メイド服の上からそう見えない魔力と、徹底的に鍛えられた戦闘スキルが彼女にとってのアイデンティティかもしれない。
見た目は普通の女の子だけd、だからこそ彼女にとって何らかの強みをはっきりさせる。それ以上でも以下でもない何かを彼女は秘めているんだと主張しているように。
橋の上で、ただルリアという少女の世界を模索する。それは、今にとって重要な事の一つであるかのように感じさせていた。
「別に、君のことを馬鹿にしているわけじゃないよ。ただ、あの戦い方だとメイド服のギャップ差が出てくるだろうし」
「あのですね。アリスティア様はそこがいいと私を褒めてくれたんです。貴方には何か不都合があるんでしょうか」
「そうムキにならなくてもいいんじゃないか?ルリアは可愛い女の子なんだから」
「そうですね、ではある程度怖くならないような工夫でも考えておきます。リッカ様が持っている怖いイメージが無くなる程度には努力しますから見ていなさい」
「何をするかはよく分からないけれど、無理をしない方向性で頼むよ」
「そうですね。私はこれから先、メイドリッター・ルリアとして更なる進化を遂げたいと思います」
「なんだ、その響きは。方向性間違えてないか?」
「私を一体なんだと思っているんですか。あの神域の中で私は私なりの努力をして生きていました。アリスティア様の隣にいることがどんなに体力を使うか、貴方は知らないんでしょうけれど」
「あの女神様と一緒に生活しないといけないのは苦痛なのはわかるけど、その女神様って結局なんなんだ?
「女神様は女神様です。人に愛され、崇められ、尊ばれ、敬愛され、そしてその多くの人による信仰によって力を発揮される美しい存在なんですよ?本来であれば、あなたのような人が出会える人ではないのですから。あまり勘違いなされないようにご注意してください。それとも、貴方はもしかして、アリスティア様に下心があるんでしょうか」
「無い、と言えば無いんだけど。ただそこまで言われるほどじゃないと思う。いくら僕だって、その程度は弁えているんだ。配慮ぐらいはしているつもりだよ」
「そう軽く言っているだけかもしれませんが、本当はと思うと恐ろしく感じます」
「ルリアは僕がアリスティア様の事が好きだということにしておきたみたいだけど、ありえないって。ルリアルートはあっても女神ルートはないよ」
「ルリアルートって何ですか。私は攻略対象じゃありません」
「別に言ってみただけなんだけれど」
「配慮のない言動ですね。外道にも程があります。だからアリスティア様とあまり比べないでください、吐き気がしますから」
この従者の女神に対する本音が聞こえてしまった。
「吐き気とか、従者の使っていいセリフじゃないだろ。そっちこそ本心では全然敬っていないじゃないか?」
「アリスティア大好き」
ハートマークがつく程度にはかなりいい声で言ったが、全く説得力が無かった。
「ある意味、ルリアと一緒に来て正解だったよ。自分一人でこの世界にいるのは心細いだろうし?」
「そう思ってしまうくらいには、まだ何か心残りがあるのですか?」
「そうじゃなくてね、なんて言えばいいのか分からないんだけど。異世界に来るということが必ずしも自分にとっていい事じゃない気がしてね。一人でどこか違う場所に行くんじゃないんだっていう感覚が出てきた」
「それは私も同じだと言いたいところですけど。リッカ様にとっては良い生活になると思いますよ。」
「それでいいのかっていうのもあるんだろうけど。そういえば、ルリアはどんな生活だったんだ?神域なら、そこまで退屈しないんだろうけど」
「それを今言います?全く、リッカ様はどうして私のことを知りたがるのか分かりませんがあまりいいものじゃないと思います。従者として女神につくというのがどういう意味かわかっているはずですよ?」
「やっぱり駄目だったのか」
「そういう、一人でただぐーたらしていた貴方のような人よりは地獄を味わって生きています。特にアリスティア様のせいですけれど。その意味では、この場所に来ることは間違っていなかったと思っていますから。」
間違っていないと、彼女はそう言っていたが。間違いでは無いのだと、そう照明してみせるのは嬉しいことかもしれない。ただこうしてそこまで言われるくらいには見透かされているのだろう。自分の以前の記憶を思い出す。別にそう特別ではない人間、そのリッカという人間が持つ思想。あるいは、アリスティアに言わせるのであれば、心のあり方になるのだろうか。その漠然としない、曖昧な領域に至るまで踏み込むことはまだ自分にはできていない。もう全て終わった事だと勝手に蓋を閉めてしまっていたのだろう。やはり、如月リッカのような人間はこうしてこの場所にいることによってその自分にある心にまだ配色があるかどうかを決めかねている。
「あまり考え込んでも仕方のないことだと思います。ここに、いてよかったって思えるくらいにはがむしゃらに、私たちの敵となる存在を倒していくのが正しい生き方でしょうから」
あまりよろしくは無い発言だった。
また、今日のようにゴブリンの集団を叩きのめすつもりでいるのだろう。その根気は見習いたいが見習いたくはない。
「大丈夫です。私は貴方のいう通りちゃんとした工夫をしますから。伊達に私は魔物退治をしてきたわけじゃないんですからね?しっかりリッカ様が見守ってくださるのであれば問題ありません」
「そうするよ。君の、ルリアの戦いがどんなものになるかは楽しみにしている」
ある意味、そう重要性のない約束だった。しかし、だからといってそう否定できないところがある。ルリアというメイド騎士も、ただ戦うだけの生き物ではないということを自分から示しているのだ。ルリアが持っていた武器である、神鉄のハルバートといった武器もそうだ。戦力として頼もしい方なのだ。彼女はスキル配分次第ではより強い能力を発揮してくれるだろう。神域とよばれる女神の領域から一緒になってついてきた、その彼女の頑張りをそう無視することもできなかった。
「そろそろ宿に戻りましょう。近くにはおいしそうなレストランもありますから。私たちは上位世界から来た人間であり、魔術師として高い資質を持っている。そうすぐに間違ったことや愚かなことが起きて失敗させられることはないでしょう」
「そこは信用するしかないんだけど、ただもし万が一もあるんじゃないか?」
「変なことを言わないでください?こうみえても私はきっちりしているんですから。騎士としてだけではなく、メイドとしてもスペシャリストなんですからね」
それって自分で言うことじゃないが。あまり気にしても仕方がないことだろう。
メイドリッター・ルリアという自称に対する信頼をもつことに揺らぎはない。
村に差し込んできた夕焼けが眩しい。村の風景も、その赤い光によってどこか幻想的な風景に思えてきた。
その空気がどこか懐かしいようにも見えてきてしまう。
感傷的になりすぎたのだろうか。
自分らしくもない状態だった。
自分にもよくわからないその情景を記憶の中に置いておきながら、リバーデイルという村の道をルリアと一緒に歩く。
その彼女の笑顔はこちらを信用している形なのだろうと。
これからさき、ある程度のことは心配いらない。
彼女についても、それなりに戦力になることを期待している。
宿へ戻る前にレストランで食事をする。
ルリアの言う通り、その店での食事は美味しい部類だった。