◇0001_女神との話
転移するということがどういったものかは、実際経験しないとよく分からないものだが。ただ自分の場合、突発的な物だったのでよく覚えていない。
自分が居た場所から、違う場所へ移動するだけの話だが。しかし、その現象そのものは毎回魔法という形で誤魔化されてきている。
消滅した後にまた現れる、ただそんな事も画面上では再現可能となっているが。ただそれも結局都合のいい思考方法によって定義されているんだろう。
ただ、どうして自分もまたそういった世界を考えたりするのかは分からない。昔から、それこそ2020年代から20年前でさえオカルトに熱心な奴が多くいるのだから。
非現実的な空想の中でも、むしろ地球から別の惑星へ移動するようなSFよりも、単独で大きな魔竜を撃破するような話が好まれる。
後者はむしろ、比較的古くから愛されている伝承なのだから仕方がないかもしれない。人のDNAの中に刻まれている以上、それを好んでしまうのは自然なのだ。
前者は、新しくできた御伽噺だ。ストーリーの構想としては問題は無いが、壮大だからこそより非現実的に感じられる人もいるだろう。
どちらも実行不可能な話だが。ただそういった、人間にとって不思議な話というものは何度も作られ、そして再利用され続けていく。
ネタとして未来永久に消費されるのも、人がそれを望んでいるからなのだろうか。新しい物に飢えているだけなのかもしれないが、答えは未定のまま時間が過ぎていく。
その人間にとって今では必要不可欠なファンタジー要素も、ただどれだけ非現実的であろうが、ストーリーに矛盾がなければそれは話として成立するようになる。
設定よりも、ストーリーというところだろうか。娯楽である以上、そう真面目に考えなくてもいい所だろう。人間ができることはそう多くないのだ。
例えば、ユーチューブのショート動画にあるような、奇跡的な行為に関する話もそうだが。何千回、あるいは何万回繰り返した行為の中の一つでしかない。
一回の成功だけが画面に映され、何千回何万回か繰り返されただろう失敗映像は公開されない。中にはすぐに成功させる際物も居るが、それも少数派だ。
むしろ、少数派ばかりが目立つような世界観だと言っていい。そういう意味では、もう殆ど別の世界みたいなものだ。
一見役に立ちそうなことでも、実際にはそこまで役に立たない。そういう意味では、何とも無駄な娯楽が出来上がったものだろうか。
そんなやり方で金を稼いでいる人間たちは羨ましいものだが、むしろそんなやり方だからこそ後で問題が出てくる。継続的に動画を見続けている人間の殆どが凡人であるように。
それこそ、少数派に頼った生き方みたいなものだろう。そこで一種の、出来損ないの文化圏が出来上がり、そして出来損ないが発生し続ける。
ただ問題は、世の中役に立つ仕事よりも、死ぬほどどうでもいい仕事のほうが価値が高く設定されていることがある。
それをブルシット・ジョブと呼ぶそうだが、どちらにせよ人間は未来永久変化しない物事は嫌いなのだ。変化、変革の無い物に関しては軽くあしらわれる。
例え多少間違っていようと新しい物事を優先的に考えるように脳がプログラムされているため、ブルシット・ジョブのようは変な概念が生まれても仕方がない。
それは娯楽も一緒だ。どんなにいい作品が生まれようと、変化が無いとやっていけない。常に新しい方が優先されるのは当然なことだろう。
古い物はすぐに忘れ去られる。人はそういう生き物だと、そういう仕方がない生き物だと思考をフリーズさせて生きていくしかない。
そういう意味では、人間は本当に惨めな生き物だと思われるが。ただ変化を要求していくが、その極端な形で作られたのがファンタジーのようなものだろうか。
極端な変化と変革。極端すぎる世界観の形成。それによって孤独な人間は脳をフル活動させる生き物なのだろう。極端だから生きて居られるのだと、そう言い聞かせるように。
別に女神や魔物の存在を信じているわけじゃない。別に魔法が実際に使えることを望んでいるわけじゃないし、ただ純粋にその新しさの中を求めているだけなのだ。
ただ、ネタとして消費され続ける分、大体似たようなものが何度も作られてしまう。人間は、果たしていつまでそのネタを食いつぶせるのだろうか。
人間がここまでストーリーをネタとして食いつぶしてきている世代は初めてのはずだろう。昔に比べればはるかに多くの情報を出してきているはずだが。
ただ、それも何度もネタが使いつぶされて行くと、将来的に本当にネタが無くなる可能性もある。人が面白いと思った作品も、全てが既に作られたものでしかないことになりそうだ。
無限の可能性、なんていう言葉を思いついた奴は一体なにを考えているのだろう。そう思う時はある。ネタなんて無い。そんなもの無限にあるわけないだろうと、現実のほうが否定してくる。
何度も、何度も、何度も繰り返して作られて行くうちに、恐らく自分が死ぬ時には何処か変な物が作られるに違いないと思っている。
「最高に際物で馬鹿な言い方になったみたいだけれど、それでも、貴方は別に多くの作品を全て見たわけでもないんでしょう?それなら別に貴方は飢えているわけでもないじゃない」
「僕が言いたいのは、人間が最終的にネタ切れを起こして変なことをするって言いたいだけですよ。新しく出てきているモノだって、ネタとして新しかったからとかそれだけの話だし」
「嫌な言い方するね君は、ネタがどうのこうのだの、そんな事を言っていたら話が進まなくならない?貴方は、もしかして異世界に行くのが嫌なの?」
「嫌だというか。何度もやらされているような気がして。初めてのはずなんだけれど。これはこれで良くないことだと思っている」
「屁理屈だね君は。そういうのはあまり関心しないな。もう少しまともな人間でいていいと私は思うけれど、貴方はつまり、何も変わらない現状が嫌いだって言ってる。
でも、貴方のいうネタといっても、別に数の制限はあるでしょう?むしろ人間は、そのストーリーを日常的に作られる食品として扱っているようなものなんだよ」
「つまり、定期的に食べていないと栄養失調に陥るから作られている。ということですか。よく分からない思考だけど、別に無くても僕は困らない」
「他人は困るんだよ。君と他人は違うし、君が少数派すぎるせいで、思考に苦慮しているんじゃないのかな?」
「別に僕は多数と少数の話をしているんじゃない」
「そうだったの?じゃぁ一体何の話をしていたのかな。それじゃ女神の私でもあまりよく分からないし、答えられないと思うけれど」
割と面倒くさい女神だった。目の前に居る金髪碧眼の女性、赤く大きな椅子に座って居るその生き物は、アリスティアという名前らしい。
本を読んでいれば、むしろ見つけない方が難しいようなタイプの女性だが。ただ彼女と話をしている内に長い時間が経っているかと思われる。
如月リッカが事故で死んだ後、それこそ壮絶にかつ壮大な事故死を迎えた後に目が覚めたのがこの場所だった。
最初、女神と出会った時も女神は今のような調子だったが、ただ僕が召喚された理由が話し相手が欲しかったからだというだけの話だ。
割とどうでもいい理由で召喚されてしまったが、冷静に考えれば理由を難しく考えすぎていただけなのかもしれない。
下手をすれば、世の中もっとどうでもいい理由で呼び出される人の方が多いだろうし。これはむしろ自然の範疇かもしれない。
「別に、ただ一方的にアリスティアという謎の変な女神と一緒になるのが苦痛になって仕方が無くなってきただけかもしれません」
「苦痛になるぐらい未熟な体をしていないはずだけれど。私が作り上げたマテリアル・レイスはそんな弱くは無いはずだけど何か気に入らなかったかしら」
「勝手に人を改造しておいてよく言う・・」
「別にそう勝手だとは思わないけれど。貴方の世界風で言えば、人を機械人間に改造する感じ?理由なんてむしろ些細なものよ」
その些細な理由で人を、死んだ状態から謎の進化した魔法剣士に作り替える度胸はそう無いだろう。
一体どんな人生を歩んだらこんな身勝手な女神が出来上がるのか。そう思っていたが、大抵の女神はかなり身勝手なタイプなので仕方がない。
「貴方は自分の人生を歩んできた。それが楽しい人生だったのか悲しい人生だったのかは、貴方にしか知らないことだけれど。それでも不愉快にさせたつもりはないわ」
「それこそ貴方が勝手にいってるだけでしょう。まるで僕が意気地なしみたいじゃないか、そんな言い方で騙されるほどゆとり教育を受けていない」
「貴方の場合、ゆとりじゃなくて単純にさぼって来ただけでしょう?それくら私にもわかるわ。人間性がそう証明しているもの」
鬱陶しい女神だった。喋って居ればすぐにボロが出るが、それこそ人間はそう頭よくはないという意味だ。
俺はまともです、と言っても。3秒以内にすぐに終わるような行為では騙せる相手は余程の馬鹿ぐらいだ。
むしろ殆どの人間はすぐに嘘が分かるので、この場合如月リッカの頭が悪いだけの話になるだろう。鬱陶しい話だが、事実としてそうなっている。
「事実としてはそうかもしれないけれど、別に何もしなくていいというところはある。大体、人間はどうしていろんなことをするのかも、よく分からないんだ。
異世界ものだってそうだろうけれど、悪い事も、最初から何もしなければいいだけの話なんだから。問題は全てそいつらの責任じゃないか」
「帰結の仕方が雑過ぎて申し訳ないけれど、最初から何もしない方が正しいみたいな言い方はよくないわね。
何が良いか悪いかなんて、その時の文化の在り方で決められるのであって。貴方個人が決めていいことじゃないわ」
「言っている意味が良く分からないんだけど・・?」
「だから、そういう意味じゃ貴方は社会っていうその性質がとてつもなく欠如しているのよ。そういう意味だと、貴方は確かに異世界向きかしら。
貴方は自分が死んだことを何とも思っていないけれど、それって結局、自分が何もしなくてもいいって勝手に早とちりしてない?」
「死んだのに何もしなくていいと思う方が間違いとか、女神しか言えないセリフじゃないか。それこそ間違ってるよ」
「うーん。じゃぁ、貴方は自分が決めたことじゃないと満足しないタイプなのかしら。それなら、それこそ生き方としてはかなり歪だけれど。
倫理観っていうものが時代によって変わるっていう考え方が理解できないのは、ある意味重症よね。人としてまだ子供なのかしら」
「そんなセリフを人の目の前で言う女神も相当だけれど、それで、一体なにが言いたいんですか?こっちはまるで分からないんですけど」
「別に、貴方っていう人間性を、1から10まで調べ上げないと。魂だけじゃなくて、その心の在り方もこれから先のことで重要になって来るじゃない?」
「心なんて、喜怒哀楽の四種類しかないでしょう?」
「それは感情よ。君だって内心では私を怒って居るかもしれないし、悲しんでいるかもしれないけれど、心をそう呼ぶのはちょっと違うんじゃないかしら」
正確には気持ち悪がっていると言った方が正しいのだが、この女神も割といいかげんかもしれない。
「人の心を甘く見ているとそのうちすぐにぽっきり行くわよ。人間、そんなに頑丈な気持ちではいられないんだから」
「そんな台詞を吐いていいのは僕の母親ぐらいだ」
「言われたこともないくせによく言えるわね」
失礼過ぎないかこの女神?
ただ、その相手の軽い冗談にいつまでも付き合っていられるほど、如月リッカの心もそう寛大ではない。そういう意味じゃ、僕は一体どっち向きなんだろうか。
現吃主義なのか、それとも夢想主義なのか。
女神にとって如月リッカがどっちに、どっちの人間であってほしいのか。それも分かりかねてくる。いや、分かりたくもない。
「じゃぁ、女神様は何でも知って居るだろうから一応聞いておくけど。結局心って何なんだ?女神様にも一応、人間と同じ心はあるんでしょう?
でも、それじゃ女神様とは言えないかもしれない。神様にも人と同じ心があるんだとしても、人間と同じじゃそれは神様と言えないだ」
「屁理屈ね。結局、答えをはぐらかしているだけじゃない。言葉を分別しているだけで答えになっていないじゃない」
言葉を分別しているだけ。分けて整理しているだけなので、確かに女神様の言う通り意味が無いのは事実だ。
綺麗に整理整頓したからといって、それが仕事になっているわけじゃないと同じ話。
言葉を左から右に、綺麗に整列させたところで。現実がすぐに変わるわけじゃないように。
「神様っていうのもしょっと言い方がおかしいけれど、女神である私にとっては、その心の在り方は、あなた達風に言えばEQというのかな。
その思考への動きが、善になるか悪になるか。それも心の知能指数に関わって来るだけだから。人間は結局人間のままである限り、その心に突き動かされてしまう。
それがカルマとなって自分に返って来るのを私が恐れている。だから貴方も、そんな物になってしまわないようにしたい」
カルマってキリスト教の用語じゃなかったか?と、首をかしげる。
案外、この女神はそんなことどうでもいいのだろう。心の在り方、その善意が正しければ教義に反した事さえ許される。
そういう意味では、ただこの女神の在り方はある意味女神らしくはない。
宗教の中に存在する超越者ではなく、人間より上に立つ超越者でしかない存在。そこに人間らしさはあるが、ただいい加減な道しるべが残って居る。
「つまり、僕が間違った行いをしないか気にしているということか。ある意味信用されていないし、ある意味僕を馬鹿にしているけれど」
「馬鹿にはしていないし、信用もしているよ?そう悲観的にならないで私を見てくれると助かるのだけれど。そんなに嫌な言い方だったかしら」
「いや、明らかに貴方は僕のことをそういう人間だと思っている。結局、こうして僕を別の存在に作り替えたのも、以前の僕を出来損ないだと思っているからだ」
「卑下しているのかしら。ただ異世界でも生きやすいようにしただけなのに。第一、貴方たちの居る世界の人間たちは全員モグラだもの」
「モグラ・・?」
「使えないっていう意味。異世界で使われている言葉だけど、分からなかったかしら」
「女神がそんな下品な言い方をしていいのか?まぁ、下品な女神度合いで言うならむしろ、貴方はまだ上品かもしれないけれど。色々余計なことを言い過ぎる」
「君は一体どんな女神を基準にして私を判断しているのかかなり理解に苦しむけれど、私はそんなに貴方の事を変な目で見て居たりしていないわ」
いや、如月リッカを見る目が酷いことを怒って居るんじゃなくて、余計な事を言うことを批判しているのだが。
この女神に説明するにはかなり時間がかかりそうだった。ある意味、体よりも心のほうが先にどうかしそうだが。
「そう自分を卑しく見ないで。こうして私と一緒に居られるのも何かの縁だもの。それは運命ともいっていい状況なのだから貴方はもっと気楽にしていいんじゃないかしら。
まだ足りない所があるのなら、代価は用意できるけれど。でもまだ女の子は駄目よ?そういうのはもっと色々経験してからじゃないと釣り合わないもの」
「随分下劣な女神だな・・というか、結局何者なんですか。貴方は。まるで何も分からない生き物だ」
「貴方は分からなくてもいいわ。漠然とした考え方でもいい、女神ってそういうものでしょう?神を理屈で表現できるほど人は完璧じゃないもの」
「はぁ、つまり?」
「言葉では言い表せない。貴方では言葉で表現するいことができない。言葉で説明することは不可能な領域にいる絶対的な幻想。
その神域のヒエラルキーの頂点に居るアストラル体を、貴方の言う言葉で表現することは不可能だもの。貴方は、それを間違ってはいけない。
自分の言葉で説明できないことを、でも貴方はそう卑下する必要はないわ。それは私が絶対的な場所に居るせいで起きる現象だもの。
私を説明することはできない、けれど私は貴方を導くことはできる。それによって完璧な主従関係は得られると思わないかしら」
「そんな貴方だったら、別に異世界はずっと平和かもしれないけれど」
「平和とはどういう意味かしら」
「さっきから僕を屁理屈と言っているけれど、貴方のほうがよっぽど屁理屈じゃないか?」
「酷いことを言うわね。でも、そんな貴方だからこそまだ前に歩いて行ける希望の道しるべはあるかもしれない」
無いよ。そんなのないよ?
「異世界に行くことで貴方に待ち受ける試練がどんなに辛い事でも、その中でもきっと貴方にとって愉悦になれる根拠はあると思うわ。
ただ、平和というその世界は人によっては違うものだから。貴方の言う感覚では受け止められないと思う」
「そうかもしれないけれど、それで僕が異世界で一体どんな活躍をすればいいのか。ただ模範的な解答がないと飽きるかもしれませんが」
「そう?貴方は、それなりに満足できる話になるわよ。ただ悪い人を倒すだけの機械になっても構わないわ」
「言ってることが無茶苦茶だ。機械になれだなんて、心の在り方とかいうセリフを言った奴が言っていいことじゃない」
「いっていいことなの。勝手にそうやって正しさを決めつけないで、だから貴方はずっと子供のままなのよ」
お前の倫理観が狂っているだけだと言いたいのだが、この女神は恐らく聞かないだろう。
「何だそれ、結局、そっちが唯我独尊というか、自分が正しいって言い張って居るようなものじゃないか?」
「それは貴方も同じでしょう?その考え方は間違っていないもの。何が正しいかどうかは、現実に起きた結果で判断するしかないじゃない」
「いきなり正論を言うな。さっきから言いたい放題言って僕をからかっているんじゃないのか本当は?」
「それも違うとは思うけれど。貴方は結局、私を一体なんだと思っているのかしら」
「女神以外なんだと言うんだ。自分がアリスティアという名前の女神だと言っておいて、何でそう聞いてくるんだよ」
「貴方は少しばかり怒りっぽいようね。感情的なのは人間らしかもしれないけれど、それが命取りにもなるかのうせいもあるわ。
強いからってあまり子供っぽいと騙されるだろうし、不安要素はかなり多いわね。それとも、貴方は結果論が嫌いなタイプ?」
「結果論っていうか、貴方の場合結論が意味不明なんだ。結局最初から何が言いたいのか分からなくなってきたぞ」
「そう急かさないの。倫理観が結束してきたところで、結果と結論を模索するほうがいいじゃない?それとも、人と長話をするのが好きじゃないのかしら」
これを長話と言っていいのか、リッカには判断が迷う所ではあった。支離滅裂に感じられるし、女神もまだ信用できなくなってきている。
それも、ただ相手は子供だからとか言い出しそうだが。彼女は一体何歳くらいなんだろうか。精神年齢1000くらいはあるかもしれない。
「だから、そう卑下しないで。自分を卑しく思わないでもっと正直になったほうが心は苦しくないと思うわ」
卑しいのはお前だと思う。
「分かってる、と言っていいのかどうかは自分でも判断に迷うよ。そんなに女神様が何でも知って居るようなら、こちらも安心して異世界へ行けそうだけれど。
それで結局、僕は一体何なんだ?騎士なのか戦士なのか、それとも盗賊なのか魔術師なのか、それともただの素寒貧なのかはっきりしないけど」
「最後の素寒貧はどうかと思うけれど、今の貴方は魔法剣士という役割に充てはまるわね。魔法使いと剣士の性質を併せ持つ、異世界にとっての重要な存在。
魔物を多く狩り、そして人の世の中を守れる存在。そんな在り方は誰だってあこがれるものでしょう?」
「その憧れるヒーローに勝手に魔改造した人が言える台詞じゃないんだけれど。本当は悪人だったりしないのか?」
「女神に良いも悪いもないわ」
自分でいいやがったが、それこそ言っちゃダメなセリフなんじゃないか。少しばかり、むしろ疲弊感が増してきてしまった。
「そして、貴方の言うヒーローとはそもそも何なのか。人を守るという意味ではもっとほかにあるんでしょうけれど。それも英霊としての意味かしら」
「どっちかというと前者の意味でいってる。アリスティア様は僕に一体どんな奴になってほしいのか本当に理解に苦しむよ」
「貴方には、ただ異世界でまっとうに活躍して生きていける魔法剣士としてどんな人なのか。私が見たいだけなのだけれど。何かおかしかったかしら。
まだ何か足りないというのなら、ここで話してもいいと思うわ」
「それこそ本当に理解できない言葉なんだけど。僕は別に欲求不満なんかじゃないよ」
「そう。別にあなたがそういうのなら、問題はないのかもしれないけれど。でも人間は自分の知らない内に、自分にとってカルマとなる習性を集めてしまう。
他人と会うだけでも、カルマを寄せ付けてしまうかもしれない。そういう意味では人間は毒なのだから」
「毒親という言葉はあるけれど、人間そのものを毒っていうのも・・」
いや、この場合、全人類に対して言ってるのだろうか?
そもそも、女神が言っているカルマをもっと別の意味に誤解しているのかもしれない。
この女神と話をするのは何処か危険な気はしてきたが、ただそれもまだ彼女と一緒にいなければいけないのだ。
「心の在り方なんてどうでもいいと思っては駄目。そうして、人は結果的に毒を持ち込む生き物なのだから。善悪の問題じゃない、何が毒なのかを理解しないと」
「成程。心の在り方っていうよりは、何が害で何が害じゃないかっていう問題か」
だから微妙に言葉が行き違っているのだろうか。もしかしたら違うのかもしれないが、ここまでくると本当に理解が迷う。
「感情と心は密接に関係しているけれど、場合によっては感情的になったり、感情的になることを抑えないといけない。
貴方にとっては経験上難しいかもしれないけれど。とても理解に及ばない時があるかもしれないけれど、貴方はそこで間違ってはいけない時がある。
異世界といっても、もしかしたら貴方が想定している以上に残酷な人もいるでしょうから。魔法剣士としては、より自分を守る方も考えてもらわないといけないわね」
「その魔法剣士も、剣を持っている以上は危険じゃないか?」
「残酷性の話をしているのよ。私たちは誰もが、吸血鬼になりたいわけじゃないわ」
「確かにそうかもしれないけれど。ある意味、その言葉は信頼してもいいかもしれないけれど。その剣士としての在り方も、吸血鬼に見えないようにしていればいいのか?」
「誰だって痛いのは嫌だからなるべく一撃で済ませなさいって話。それとも、貴方はもっと別のことを想定していたのかしら」
「別にそうではないけれど。でも、その一撃だって当たり所が悪ければやはり残酷なわけだが」
「そこは自分で何とかすることよ。貴方が、他人を最も残酷ではない方法で倒し、そして他者を守ることが騎士道精神としての使命。そう、使命になるわね」
「難しいようで難しい発言だけど。そんなことが使命でもいいのか?」
「世界を守るのと人の社会を守るのは意味が違うわ。そういう意味では、貴方は社会の方を守ってほしいのよ」
マクロとミクロの違いを言っているんだろうけれど、どこか壮大すぎて馬鹿っぽくも感じてきてしまった。
いいかげんここで女神様との話を終わらせることにしたい。こんなくだらない事で時間を潰したくは無いのだ。
「そろそろ、異世界へ行くよ。アリスティア様とのお話は楽しかったけれど、一週間以上ずっとこの調子じゃ健康に悪すぎる」
「嫌な言い方するわね。でも、また私に会いたくなったらまた来るといいわ」
そんな、アリスティアは言われたくないようなセリフまで言ってくる。こんな会話を修了させられる方が幸せな気はするのだが。
如月リッカは会話を終了させた後、移動して転移ポータルがある部屋まで行く。無駄に装飾過多の部屋、その中央に魔法陣がただ浮いている状態だった。
近くに居るメイド服を着た女の子が小さく礼をする。ずっと待っていたようだが、これでようやく移動できる。さて、異世界生活を開始しよう。