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肝試し、運試し

 七月末に怪我して入院し、八月の下旬になってやっと退院した。ぽっきり折れた骨は腕の方は無事にくっついた。

 足はまだギプスをつけてて松葉杖をついているけれど、もうあと一週間すればどっちもいらなくなるくらいには回復しました。

 わたしは元気です。



 怪我が回復したのは良いけれど、仕方がないとはいえ残念なことに一人キャンプは楽しめなかった。

 来年にもう一回再チャレンジである。もしくは栗原も誘って二人で行こうかな。



 来年のことに想いを馳せつつ、新幹線とタクシーに乗って辿り着いたのは三重県某所の山の中に建つ、西洋風の大きなお屋敷(廃墟)の前。

 昔は立派だったそのお屋敷は、今や壁のあちこちが蔦塗れで穴が空いてたり崩れたりしている部分がある。

ここからじゃ見えないけど、天井の一部に穴が空いてるらしい。もう本当にボロボロだ。



 その見た目と雰囲気のある様子から、ここは地元の若者たちのホットな肝試しスポットなっているのだとか。

 別にこのお屋敷にはなんもいないんだけどね。幽霊が出たーとか、お屋敷の主人の呪いがーとか、なんか色々噂立ってたりするそうだけど、そのほとんどは嘘っぱちである。

 一応ものほんっぽい感じのもあるけど、大体はそこら辺漂ってた浮遊霊が面白半分でひょっこりこんにちはしてたって感じかなー。



 怖い話してると寄ってきたりするもんだし、肝試ししてる若者たちの恐怖心に引き寄せられてきたのだろう。

 バカなことするなーと思う。お屋敷の前に停められた車を見ると余計にそう思う。



「ここで大丈夫ですよ。いくらです?」

「お客さん、さっきも言ったけどその足であの屋敷に入るのはやめておいた方がいいよ。前に知り合いの娘とその友達が肝試しに入ったら、床が腐ってて底抜けしてる部分があったそうだ。中にいる友達が心配なのは分かるがその足だと……」

「ええ、はい。わかってます。でも、行かないとまずいんですよねぇ」



 ここまで運んでくれたタクシーの運転手が苦い顔をしながらわたしの足を見て忠告してくれるけれど、行かねばならんのだな。



 人の噂ってすごいよねぇ。想像力も。

 無かっはずのものがあることになって、いなかったはずなのにいることになって、そして本当に呪われてしまうなんてことになるのだから。



 しかも最悪なことに、できあかったばかりなので活きが良くて、それでお腹が空いてるから積極的に狩りをしようとする。それはもう、「ヒャッハー!」しながら元気に健気に狩りを頑張る。

 だから来てなかったらよかったんだけどね。来てなかったら、肝試兼運試しなんてホラー映画の定番みたいな組み合わせにならなかったのにね。



「まあ大丈夫ですよ」

「でもね、お客さんここ本当にやばいらしいんだよ」

「全然大丈夫ですよー。で、おいくらです?」



 そんなやり取りを数回繰り返し、渋々といった様子の運転手にお金を払ってタクシーから降りた。少ししてタクシーが走り去っていく。

 ぶわりと、少し冷たい風が通り抜けた。夏でも山の中は朝夜は涼しいものだけれど、少し風が冷た過ぎる気がする。



 かつかつかつ。松葉杖をつく音が妙に耳に響く。生き物の気配が遠く、ここに来るまでに聞いていた虫の声も聞こえない。

 一歩お屋敷に近づく度に空気が重くなるというか、悪くなるというか。……まだ被害出てないって聞いてけど、これは確実に二、三人食われてんぞ。情報精査ちゃんとして。



 ギイィ……。両開きの扉の前まで来ると、何もしていないのに少しだけ扉が開いた。

 全力で誘い込もうとしてんなーと呆れつつ、「入りたいからもうちょっとちゃんと開けてよ」とぼやけば、少しの間を置いてギイィ……と音を立てつつ、扉が人一人通れる程度に開いた。



 お屋敷の中へと入る。

 隙間から月明かりが入ってきていて、思っていた以上に中は明るかった。それなりに夜目はきく方なので、これだけ明るければ持ってきた懐中電灯は必要無い。

 肩掛けカバンに持っていた懐中電灯を入れたタイミングで、バタン! 少し大きな音を立てて扉が閉まった。くすくすくす、耳元で数人の子どもの笑い声が響く。



「うるさいよ」



 顔の近くで飛ぶ羽虫を払うように手を振れば笑い声は悲鳴となって、中途半端にぶちりと途切れる。

 空気が揺れた。動揺、懐疑、恐怖。あちら側の色々な感情が伝わってくる。めちゃくちゃ焦るじゃん。



 広い玄関ホールは吹き抜けになっていて、話によると右の方に行けば二階に繋がる階段があり、左に行けば物置部屋やランドリールームがあり、奥の方にいくと食堂があるらしい。

 かつかつ。下を確かめるように松葉杖をついて、やばそうな所は避けつつ奥の食堂がある場所に向かって進む。



 中途半端に開いている扉が見えた。足元に気をつけながら近づいて中を覗いてみる。

 だだっ広い空間が広がっていた。端っこの方に椅子や長テーブルが寄せられている。想像していた食堂とはちょっと違うけど、ここが食堂でいいのだろう。



 食堂へ入り、右の奥へと歩く。ぎしぎし、ぎしぎし。足元から不穏な音が聞こえてきてちょっと不安になった。底抜けしないでよーと祈る。

 そうして無駄に広い食堂の端まで来たところでまた扉を見つけた。開けると地下へと続く階段が。



「ここかー」床が底抜けすることなく来られたことにほっと一安心しつつ、下を覗き込む。

 とても残念なことに、鞄から取り出した懐中電灯で照らしてみた階段の四段目から先が崩れ落ちてしまっていた。

 見た感じそこまで高さは無いから怪我してなかったら飛び降りれたんだけど……この足じゃ無理だ。困った。



「おーい! 誰かいるなら返事してー!」



 声を張り上げ、地下に向かって数度問いかけたけれど返事がない。んー、たぶん手遅れだなこれ。



 諦めてスマホを取り出し電話帳を上から下までスクロールして目当ての名前を探す。

 あったあった。見つけた名前をタップして、表示された電話番号を押そうと指を動かす。



「……て……けっ…………い……」



 微かに聞こえた声。

 懐中電灯を再び階段の方に向ける。眩しそうに目を細めながら、こっちを必死で見上げている女性がいた。背後にはまあホラーのど定番のような見た目をした奴が一匹。

 そいつがわたしを見た。数秒見つめ合って、のそのそと暗闇の中へと消えていく。



 再び女性の方に顔を向ける。

「おねがいたすけて!」必死な顔で懇願してくる彼女の服は、胸の辺りが派手に破かれていた。

 顔の左側には殴られたのか青あざができていて、たぶんちょっと腫れてる。でも、未遂っぽいのでよかったよかった。



「ごめん足怪我してて降りれなくて……警察呼ぶからちょっとそこで待っててもらえる? 君を襲った阿呆共は動けないから大丈夫だよ」

「……ぁえ?」



 降りられないと言ったら悲壮な顔をした彼女に大丈夫と笑う。まあ暗いから見えてないと思うけど。

 確かめるように後ろを振り返る女性。誰も自分を追って来ていないことを確認できたためか、へなへなと座り込んだ。

 よっぽど怖かったらしい。なんか顔を覆って泣き始めた。



 近くに寄れたら背中くらい摩ってあげられたけど無理なので、今度こそスマホで電話をかけた。



 一時間後到着した車と、苦虫を百匹くらい噛み殺したような顔をしたお得意様であり、便利な助っ人である湯車(ゆぐるま)に「またかお前ぇっ!」とキレられた。

 恨むならこの近くにいた自分を恨むか、さっさと引き継げそうな相手探して引き継ぐしかないよー。だってそういう契約を君のお師匠としちゃったから。



 そう言えば「クソがっ」と吐き捨てられた。酷くない??

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