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おかあさん、だぁいすき!!

 いつだって、どんな時だって、人生何が起こるか分からない。



 知り合いに頼まれてそっち方面の相談乗った後、せっかくだからと近場にあるキャンプ場でソロキャンプなるものをして、夏だし山だし川遊びでもしようと無駄に急な階段降りてたら、彷徨ってる奴に足を思いっきり引っ張られた。

 ごろんごろん階段から転がり落ちて、落ちたわたしと慌てて駆け寄って来てくれた他の客たちを見ながら、ケラケラおかしそうに笑いやがるヤツにキレるのはしゃあない。



 笑うそれをぷちっとしたら、わたしの意識もぷちっと途切れた。

 んで、気がついたら視界いっぱいに広がる真っ白い天井。

 命の危険に陥る程の大怪我ではなかったけれど、右足と右腕の骨が綺麗に折れていた。ごろんごろん転がったので全身打撲もしている。全治四ヶ月くらいの大怪我だ。



 というわけで、わたしは現在お得意様の経営している病院で入院生活中だ。



 入院生活っていいよね。

 ご飯は毎食しっかり美味しいのが出てくるし、室内は常に快適な温度で保たれてるし、コンビニとかちょっとしたカフェとか併設しててそこでおやつとか買ったり、食べたりできるし。

 ただお風呂に入れないのが辛いかなぁ。あと数日の我慢とはいえ、体を拭くだけなのはやっぱりちょっと物足りない。



「しばらく我慢しなきゃいけないのはどうしようもない。大部屋と違って個室だからのんびりできるだろうし、貰ったゼリーとかお菓子食べてゆっくり養生しときなよ」

「はーい」



 お見舞いに来てくれた栗原が置いていたお菓子を食べながらそう言うので、それもそうだなと素直に頷く。

 お世話してもらって、至れり尽くせりな生活ができるんだからお風呂に入れないくらいは仕方ないときっぱり諦めよう。



 今は貰った美味しいゼリーを堪能して、食休みした後はお昼寝だ。

 ちょっと昨日診察ついでに頼まれてしまったので、夜に院内を見回るのだ。それなりに大きい病院だからねぇ。色々といるんだなぁ。



「いるって例えば?」

「テレビで見るようなやつだよ。死んだのにナースコールし続ける傍迷惑なヤツとか、お迎え来てるのに『まだいるもん!!』って駄々こねてるのとか、こっちおいでってしてるのとか」

「『まだいるもん!!』って駄々こねるヤツとかいるんだ……」

「心残りがいっぱいなんだろうねぇ」



 伴侶とか子どもがいるとか、何かをやり損ねたとか、執着してるものがあったりとか、ほんと色々なことで『まだいるもん!!』と駄々こねてるのよ。

 お迎えの方がすっごい困った顔して、「助けて……助けて…‥」って言わんばかりのしわくちゃな顔してわたしのことをたまに見てくる。

 がんばれっていつも心を込めて応援してあげてるのに、哀愁漂わせてしゃがみ込むのは何故なのか。



「助けてくれないからじゃない?」栗原はそう言うけれど、管轄外なので助け求められても普通に困るのよ。できないことはないけど、かなりの荒技になっちゃうのよねー。

 ……そうちゃんと伝えたんだけど、どうして未だに助けを求めてくるのか。やめていただきたい。



「おねえちゃん!」



 愚痴ってたら声をかけられた。

 いつの間に来ていたのか、わたしの座っているベッドの横に五歳くらいの女の子がいた。

 名前はゆーちゃん。本名じゃないけど、名前がわからないのでゆーちゃんと呼んでいる。



「いらっしゃいゆーちゃん。今日もテレビ観る?」

「みるー!」



 万歳して元気にお返事する姿にちょっとほっこり。 


 テレビをつけて、いつもゆーちゃんが観ている美味しいお店を紹介する番組がやっているチャンネルに変える。

 ゆーちゃんは満面の笑みでお礼を言うと、ベッド横の椅子に座ってすぐにテレビの画面へと釘付けになった。



「不動」そっと栗原が耳打ちしてくる。「ゆーちゃんって?」

 ちらり。ゆーちゃんがテレビに夢中なのを確認してから、小さな声で話す。



「すぐ下の階の病室にいる人の娘さん。入院二日目に偶々会って、なんか懐かれてさ。一日に三回くらいここにテレビを観に来るんだよ」

「……そっか。私帰った方がいい?」

「大丈夫だよ。ゆーちゃんはお母さん以外に基本眼中に無い感じだし」



 小さく頷いて、栗原はゆーちゃんが座っている椅子の方を見る。

 それから少し世間話した後、栗原はまた来ると言って帰った。



「ねえ、おねえちゃん」

「なあに?」

「おねえちゃん、あのおにいちゃんのことすき?」

「そうだねえ。好きだよ。あと、あの子は兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだよ」

「ふーん」



 ゆーちゃんが珍しくテレビから視線を外し、閉じられた扉をじっと見つめる。

 そして、ゆっくりとわたしの方を振り返った。こてん、可愛らしく首を傾げる。



「じゃあ、だめ?」

「ダメだねえ」

「どうしても?」

「ダメなものはダメだねぇ」



 そこは譲れないと首を横に振ると、残念そうに肩を落としゆーちゃんは再びテレビへと向き直る。

 その姿にちょっと苦笑い。



 ほんと栗原ってばもってもてだなぁ。



 *



 今日も今日とて全力で駄々をこねられたらしい。

 お迎えの方が病室の前で大きな溜息を吐いていた。その手にはなんかぎゃんぎゃん喚いてるのが握られてる。説得は諦めたらしい。

 大変だなあと思いつつ、心の中でエールを送ってあげる。助けを求めてくるような目を向けられたがそっと視線を逸らした。

 管轄外です。



 入院生活二週間目。順調に怪我は回復していた。

 診てくれたお得意様(院長)は「相変わらず怪我の治りが異常だねぇ」とニコニコしてた。「全治四ヶ月って言ったけど、二ヶ月くらいで治りそうだ」とも言ってた。

 その言葉にいえいとダブルピース。お風呂にだってもう入れちゃう。まだ腕動かし難いから看護師さんに手伝ってもらわなきゃだけど、それでも体を洗えるのは嬉しい。



 仕事の方も順調だ。移動は松葉杖使って歩くのが怠いので、基本は車椅子に乗って院内を移動している。

 そして今日はわたしが入院している病室の一個下の階、五階のとある病室の前にやって来ていた。



 四人部屋なのだが、他三人はすでに退院しているか亡くなっているかで、そこにいるのは一人だけだった。

 奥の右側のベッドを使っていた人で、ただ彼女もつい三十分程前に亡くなった。

 亡くなった人はゆーちゃんのお母さんだ。



「おかあさん、おかあさん、おかあさん!」



 とてもはしゃいだ様子でゆーちゃんがお母さんを呼ぶ。

 呆然と自分の体だったモノを見つめている、四十代くらいの女の人に抱きついて、きゃらきゃらと笑い声を上げている。



「やっとおかあさんきてくれた! おかあさん、いっしょになってくれた!」

「あ、へ?」



 女の人は唖然とした顔でゆーちゃんを見つめていた。

 とうの昔に死んでしまったはずの娘との再会に喜ぶんでいるような様子ではなく、何かに怯えているような顔をしてる。



「な、んで?」



 怯えが混じった疑問にゆーちゃんは答えない。

 きゃあきゃあとテンション高く喜んで、少しずつその姿を変化させていく。



『まってたよぉ、まってた、まって、まってたのォ……!』



 満開の花のような笑顔を浮かべていた顔の半分が焼け爛れ、じゅうじゅうと肉の焼ける音と酷い臭気が鼻をつく。

 手足はあらぬ方向に折れ曲がり、べちょっべちょっと音を立てて血と肉が混ざったものが床へと落ちた。



 それが、本当のゆーちゃんの姿だった。

 これが、ゆーちゃんが終わってしまった時の姿だった。



「うそ、そんな、どうしておまえがっ……」

『おか゛あ゛さん゛ん゛ん゛!! だい、だだ、いい、だい゛ぃぃす゛き゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃぃ!!』

「や、やめっ、くるなあぁぁぁぁぁぁ!!」



 手足がまともに使えないはずなのにめっちゃ早い動きでお母さんに抱きついて、感極まり過ぎたのか燃え盛ってファイヤー! するゆーちゃん。

 すんごい悲鳴をお母さんが上げてるけど、ゆーちゃんの横顔には本当に幸せそうな笑みが浮かんでいる。



 うわぁとちょっとこの光景に引きつつも、両手を合わせて冥福をお祈りしてたらお迎えの方がやって来たので、はよアレ回収してと全身を激しく燃やす二人を指差した。

 疲れ切った様子でお迎えの方は二人を回収してった。お仕事ご苦労様です。



 小さくお辞儀をしてから病室から出る。

 自分の部屋へと戻ろうとエレベーターの方へと向かう途中、看護師さん数人とすれ違った。背後で悲鳴が上がる。

 病死したはずの遺体が黒炭と化してたらそりゃ驚くよなーと思いつつ、上がって来たエレベーターに乗り込んだ。



 そんなこんながあった翌日。



「今日はゆーちゃんって子来てないの?」

「もう来ないよ」

「そっか。成仏できたんだ」



 栗原が見舞いに来て早々訪ねてきたのでもうゆーちゃんが来ないことを伝えると、よかったよかったと言わんばかりに淡い笑みを浮かべる。



 たぶん想像してる成仏とはとても温度差があると思うけど、まあ成仏したことは間違いない。

 きっとゆーちゃんは幸せだろう。お母さんの方は知らんが、生前が生前なので幸せでなくてもしゃーない。

 てか、どっちも成仏して〜とかできないんだよな。



 子が親より先に死ぬことも、親が子殺しをしてしまうことも、どちらも重い罪。

 その罪を二人はこれから清算せねばならない。片方はどう考えても罪とか無いやろと思うけど、罪とされてしまうのだからこればっかりはどうしようもない。



「次は良いのに当たるといいなぁ」



 友達を連れてこうとしたことに関しては、ちょっとむかっとしてしまったけれど。

 それでも幼い命があんな形で終わってしまったのは、最期まで何も分からずただ愛を求め続けながら終わってしまったのは、たぶん悲しいことのはずだから。



 そっと小さく祈りを捧げた。

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