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ふわふわ、鈴の音と共に

 梅雨に入り、最近ずっと雨続きだったが今日の空は久しぶりにからりと晴れた、雲一つ無い晴天だった。



 少し煮詰まっていたため、気分転換にと財布などの貴重品だけを入れたウエストポーチを持って外に出た。

 住んでいるマンションから歩いて十五分程度の場所にある河川敷まで向かい、特に意味もなく上流に向かって歩く。

 足元に生えている雑草が踏む度にさくさくと音を立る。



 ちりん。小さな鈴の音が聞こえた。

 すりすり。何かが足に体を擦り付けてくる。



 足元を見下ろしてみたがなにもいない。

 けれども確かにナニカが足に体を擦り付けてきて、離れたと思ったらちりんと鈴の音が鳴った。



 ちりん、ちりん。

 こっちへ来いというように、少し先で鈴の音がする。動かずにいればまるで急かすかのように、ちりんちりんちりんと激しく鈴の音が鳴り、足元に再びふわふわとした感触。



 なんだか必死そうなその様子にスマホを取り出して、いつものようにこういうことに詳しい友達へと電話する。

 珍しくワンコールで電話が繋がった。



『NNNで情報共有されてんじゃん。うける』

「なにそれ」



 軽く状況を説明し終えたタイミングでまた鈴の音が鳴ると、けらけらと愉快そうに電話越しで不動が笑う。

 どうも自分に何かしら訴えかけているものは、猫の幽霊らしい。



 少し前にちょっとしたことで編集担当が変わったが、原因はその担当である二ノ宮孝之(にのみやたかゆき)にあるとのこと。

 もっと詳しく言えば、その彼に憑いている歴代の飼い猫たちだそう。



 猫好き界隈でまことしやかに囁かれている都市伝説、それは『NNN』。

 猫を欲しいと思っている人に猫を届けたりする、秘密組織なんだとか。

 読み方は人によってねこねこネットワークだったり、ぬこぬこネットワークだったりする。

 どうにも二ノ宮繋がりで彼に憑いている猫たちから栗原の話がさっきから足元でうろうろしているという猫の幽霊に伝わり、助けを求められているらしい。



『とりあえず鈴の音について行ってみなよ。迷いそうになってもちゃんと導いてくれるし』

「了解」

『あとでどうなったか教えてね』



 ぷつり。電話が切られた。

 それと同時に先程よりもさらに激しく鳴り響いた鈴の音に導かれるように歩いていく。

 ちりん。鈴の音がここよと言うように一際高く鳴って、川沿いの茂みがガサガサと揺れた。

 思わずびくりと肩が跳ねて、そっと茂みから距離を取る。



 ガサガサ、ガサガサ茂みが揺れる。

 ちりんちりん。また鈴が鳴ると、揺れる茂みから薄汚い色をした四つの塊が転がり出てきた。



 みーみーか細い声で鳴くそれは子猫だった。

 四匹とも体が酷く汚れていて、体からぴょんぴょんとノミらしきものが跳ねているのが見えた。



 走り寄ってくる子猫たちに後退りすると、ちりんと足元で鈴が鳴る。

 子猫たちが止まった。みーみー。何かを訴えかけるように鳴いていたが、もう一度鈴の音がすると鳴くのをやめた。

 なんだかちょっとしょんぼりしているような雰囲気を出していて、少しばかり心が痛む。



(とはいえ、ノミが付いてるのに直接触るのも……)



 段ボールにのような箱に入れて運べるのならばそうしたい。

 少し考えて、この近くにスーパーがあったことを思い出す。



「えっと、悪いけどちょっとここで待っててもらっていい? すぐに戻ってくるから」



 少しの静寂の後、ちりんと鈴の音がした。おそらく了承してくれたのだろう。

 ちゃんと待っていてねと念を押してから近くのスーパーまで走り、段ボールを手に入れて戻る道中動物病院の場所をスマホで検索する。

 幸いなことに河川敷から二十分程歩いた所に動物病院があったので、ちゃんと大人しく待ってくれていた子猫たちを段ボールに入れて、すぐに動物病院へと向かった。



 四匹ともノミを駆除してもらい、色々な検査を行ってワクチンも打ち、さらには子猫たち用のペットフードを買えばそこそこの額になったけれど、幸いカード払いできたのでなんとかなった。

 新しい段ボールを貰いそこに子猫たちと、ペットフードを盛り付けた皿を置いてやる。



「ペット可のマンションでよかった」



 でなければ、こうして連れて帰っては来れなかった。

 医者に言われた通りに与えたペットフードを貪る子猫たちの姿を視界の端で収めつつ、里親探しはどうしたらいいのかとネット検索する。

 一時的に保護するのならばともかく、自分で飼うという選択肢は栗原に無かった。

 なにせ唯一の友達である不動が、昔から動物にえらく怯えられてしまう人間だからだ。



 どれだけ怯えられるかと言うと、初対面でも「なでて!」「あそんで!」とアピールしてくるような、人懐っこさが限界突破したような犬ですら、不動が近くにいると尻尾を股に挟んでガタガタ震えながら物陰に隠れるレベル。

 動物園に行けば展示されている動物たちは皆、展示ケースの端っこに身を寄せ合ってガタガタ震えているか、ここで目を逸らしたら殺されるとばかりに震え失禁しながら睨みつけてくるかである。



 だから不動は動物に自ら近寄ることはない。

 そして動物も不動に近寄ることは絶対に無い。死んで幽霊にでもならない限り。

 そのような具合なので、時々遊びに来る彼女のことを考えると子猫たちは飼えない。飼ってしまうと不動はここに来なくなってしまうので。



 里親の募集の仕方を検索してみたところ、なんだか面倒そうだったので四匹の写真をスマホで撮り、二ノ宮へとこの子たちの里親探しをしてくれないかとメッセージと共に送る。

 歴代の猫たちに幽霊になっても懐かれて、たくさん憑いたままでいるらしい彼ならばなんとかしてくれないだろうかと思って。

 そもそも事の発端となったのは彼に憑いていた猫の幽霊なので、どうにかしてほしかった。



「……返信早いな」



 写真を送ってから数分もしないうちにメッセージが既読となり、「ちょっと伝手当たってみますね!」と帰ってきた。

 もうこれで大丈夫だろうと思い、お腹いっぱいになって眠くなったのかぽてんと床に転がる四匹の姿につい笑みを浮かべながら、タオルケットを出してきて上にかけてやる。

 それからテーブルの上に置いていたポーチを手に取って腰に付ける。ベランダの窓から見た外は、夕暮れ色になっていた。



 ちりん。足元で鈴の音が聞こえた。

 うにゃーん。微かな声に「ちょっとこの子たち用の寝床とトイレ買ってくる」と返事をして、ペットショップへ行くために玄関で靴を履こうとした時。



 ちりん。ちりん。にゃー。



 ありがとうと言うような、鈴の音と猫の声。

 振り返ってみたけれど、やはりそこにはなにもいなくて。見えなくて。

 けれど確かに、ふわりと温かくて柔らかなものがそっと頬を撫でるように横切って行った。



「どういたしまして」



 呟いた言葉はちゃんと届いたのかどうか。

 それっきり、鈴の音も見えない猫の声も聞こえることはなかった。



 数日後。

 無事に保護した子猫たちは二ノ宮の手を借りて、優しいそうな人たちの手へと渡って行った。

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