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巻き込み、よくない

 ようやく梅雨が終わって、そろそろ学生たちは夏休みに入って大いに浮かれているだろう今日この頃。

 近年地球温暖化とかで酷暑が続いているため、海水浴とかプールとか人でいっぱいだ。

 前なんて流れるプールがある所に行ったら、芋洗いみたいな状態になってたからすぐ帰ったよ。



 んで、プールでは楽しめなかったので今回は海水浴に来た。

 栗原も誘ったけど、締切がやばいと死んだ目をしながら虚な笑みで断られてしまったのだ。

 ……相当やばいんだろうなぁ。「保存してたデータ半分以上消えちゃったんだ。消えちゃったんだよ……。でーた、きえちゃった……」って泣いてたし。



 とりあえずデータ消えた原因はどうにかしといたけど、あんまりにもあんまりな様子に誕生日であげたテディベアのくーちゃんが震えてた。

 栗原の腕の中で、涙でべちょべちょになりながら震えてた。原因仕留めきれなかったのが悪いから仕方ないね。



 そんなこんながあったが、わたしは一人電車を乗り継ぎバスに乗って、海水浴場が近くにある旅館のある場所までやって来たのである。

 海から近いので、出される海鮮料理がたいへん絶品らしい。トビウオの唐揚げというものも出るそうなので、気になって来てみたのだ。



「おっさしみー、からあげー、うみのごはーんー」



 超適当に作り上げた自作の歌を歌いつつ、バス停から歩いて件の旅館まで向かう。

 途中にある海水浴場では、楽しげに海で遊ぶ人たちの姿が見えた。



 時刻はまだ午前中。目的である旅館に着き、チェックインして荷物を置いてから海水浴のために持って来た水着と、浮き輪、それから日差しよけ用にワンタッチ式のテントを入れたカバンを持って海水浴場まで行く。

 海水浴場には海の家があり、そこには更衣室もあるのでそこで着替えてから海で遊ぶのだ。



「……」



 たどり着いた海の家は聞いていた通り大きくて、綺麗で、きゃっきゃはしゃぐ子どもたちが親と一緒にかき氷とか、焼きそばとかを食べている。

 刺身やカレイの唐揚げなんかを食べている人たちもいて、その表情から味の想像は容易い。

 高校生くらいの可愛らしい感じの女の子が一人と、大学生くらい二枚目な感じの青年が笑顔で接客をしており、店の雰囲気はとても明るかった。



 併設されている更衣室で着替えて、自販機で麦茶を三本買ってから貴重品を更衣室の近くにあるロッカーに入れて、浮き輪用の空気入れの機械があったのでそれを借りて空気を入れた。

 しっかりと膨らんだ浮き輪を持ち、テントと飲み物を持って暑い砂浜をのんびりと歩く。



「あんな所でよく食事とかできるなぁ」



 少し離れた所から見えた海の家は見た目だけは綺麗だったけれど、潮の匂いと変な液体が出るくらい腐り果てた魚のような臭いが混ざりあった、とんでもなく酷い臭いを漂わせていた。

 鼻曲がりそぅ……。



 ちょっと辟易としながら、臭いが届かない所まで移動してテントを張った。

 麦茶を置き、浮き輪を持って海に突撃する。そこそこ泳げる方ではあるが、今回は浮き輪でぷかぷか浮いて波で流されるのを楽しんだ。



 海に来た当初、まだ真上ら辺にあった太陽がだいぶ傾いてきた辺りで海から上がって臭いに耐えながら体を生温い水のシャワーで流し、ささっと着替えて旅館に戻る。

 夕飯まで時間があったから着替えを手にお風呂へと行き、さっぱりしたあといい感じの時間になったので食事が用意されている大きな部屋まで行く。

 障子を開けようとして手が止まる。海の家で嗅いだのと同じ、鼻が曲がりそうな悪臭。



 邪魔だな、あれ。



 障子に手を伸ばす。足元の影が伸びる。

 漏れ聞こえてくる声も、鼻に届く臭いも、全てが鬱陶しい。



「?」

「?」



 スパーンと音を立てながらとても勢い良く開いた。

 きょとんとした顔を浮かべた五歳くらいの少年がわたしを見上げてくる。そしてはっと何かに気がついた顔をした後、ぺこりと頭を下げた。



「ごめんなさい! はさまなかった!?」

「大丈夫だよー。でも、思いっきり開けるのはやめようね。指挟んじゃうかもだから」



 よーしゃよしゃと頭を撫でると、またごめんなさいと謝られた。次は気をつけますとも。

 そんなやり取りに気がついた母親らしき女性が近寄ってきて、ぺこぺこ頭を下げてきたので大丈夫と笑って首を振った。

「元気な子ですねー」よーしゃよしゃ少年の頭を撫で続けながら言えば、女性は「ちょっと元気過ぎですけど……」と苦笑した。



 そのまま二人は少年がトイレに行くということで、揃って部屋から出て行った。

 手を振ってくる彼に手を振り返し、丁度部屋から出て来たスタッフに声をかけて食事を部屋まで運んでほしいと頼む。

 ちょっと嫌そうな顔をされたけれど、手間賃を渡せば運んでくれた。



 トビウオの唐揚げは少し冷めていたけれど美味しかった。

 でもあの悪臭のせいで刺身が酷い臭いになってたのはゆるさない。マジでゆるさない。



 *



 新しい朝である。絶望的なまでに旅館は悪臭に塗れていてキレそう。

 やっぱ昨日のうちに処理しとくべきだったかな。



 あくびを一つ。鼻の奥までとんでもねえ腐臭が襲いかかってくる〜。

 朝食を食べる気分じゃなくなったので、食事はもういらない旨を連絡した。



 あと二日宿泊予定だったけれど気分が萎えに萎えたので帰り支度をして、ちょっとだけゴロゴロしてから部屋を出る。

 旅館全体を悪臭が覆っていた。珍しいくらいの大物だ。さいあく。



 部屋の鍵を返し、お金を払って外に出る。

 朝の爽やかな、少し磯の匂いが混じった風が頬を撫でていく。んー、ちょっと悪臭で死にかけてた鼻が復活してきたかも。



 さあ帰るかーと歩き出そうとした時、背中に何かぶつかってきた。



「わっ!?」

「おっ?」



 昨日の子どもだった。

 言っちゃ悪いが、全身に臭いが染み付きまくってくさーい……。



「ごめんなさい! ……あ、昨日の!」

「前ちゃんと見て歩きなー?」

「ごめんなさい……」

「もうたっくん前見て歩きなさいって……あら、あなた昨日の……。また息子がすみません!」

「大丈夫ですよー」



 頭を下げる子どもの母親に軽く首を振って笑う。「おーい、どうしたー?」母親の後ろの方から聞こえてきた声と、漂ってきた悪臭に視線をそちらへ向けると男が一人こちらに歩いてくるところだった。

 その男の後ろ。べったり張り付いている。ああ、臭い。



 男が頭を下げて、母親と子どもに帰るぞと声をかけた。

 母親は軽く頭を下げて、子どもは笑顔でバイバイと手を振って男の元に走り寄る。



 三人車の中に乗り込んで、旅館から去って行った。べッタリとあの臭いのを張り付かせたまま。

 海で溺れ死んだ奴等を引っ付かせたまま。



「巻き込むのはよくないよなぁ」



 無理心中。

 浮かんだ言葉と、まだ鼻の奥に残る臭いに目を眇める。



 いらないね。ああいうのは、いらない。



 置いてくのは可哀想、だなんて。

 一人で死にたくないからなのに。自分の所有物だからと道連れにしようとしてるだけなのに。



 手を伸ばす。

 開いた手をぎゅっと握り込んで、掴んだものを口の中に放り込んだ。



 それからバス停まで行き、三十分くらい経ってようやく来たバスに乗ってぼんやり窓から外を眺めていたら、途中で事故を起こして横転している車を見た。

 潰れた運転席は真っ赤だった。







 後日、新聞に小さくあの時の母子が載っているのを見た。

 旅行から帰る途中事故に遭ったが、運転していた夫は亡くなったが妻と子どもの二人は窓から車外に飛び出して、奇跡的にかすり傷程度ですんだと。

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