おしあわせに
五月の末くらいから梅雨に入り、六月の半ばまでほぼほぼ雨だった。
場所によっては台風でもやって来たんかと言いたくなるような豪雨で、土砂災害や川の氾濫が酷いとこでは死傷者と行方不明者が出ている。
山にあるたいな一部の集落や村では、地滑りとか崖の崩落とかで道が塞がって孤立してしまうなんてこともあった。
そんな数々の自然災害のニュースを思い出して、やっぱり大自然相手に人はとても無力でちっぽけな存在なのだなぁと思う。
「だからあんまり近づかない方がいいのに」
増水して、茶色く濁った川をどんぶらこどんぶらこと抵抗虚しく流されていく川で死んだ人間の霊たち。ついでに水妖の類もどんぶらこどんぶらこと濁流に流されてった。
一部の水妖たちは悲しそうな目をしながらこっちを見てきたけれど、助け舟なんて出せるわけもないので無視。
水の中に棲まう怪であっても大自然の力には逆らえないのだ。
わりと悲惨なことになってる川から視線を外し、色とりどりの紫陽花に彩られた河原を歩いていく。
雨上がり特有の湿った匂い。すんごい音を立てながら流れていく川。か細く聞こえる霊たちと水妖たちの悲鳴。
いい感じの自然の景色と、地獄みてえな景色が両隣にあるのがなんか面白い。
ぽつぽつと顔に雫が当たる感覚。
見上げた空は綺麗に晴れ渡っていたが、雨が降っている。
天気雨。もしくは狐の嫁入り。縁起の良いものと言われているそれは、最初は弱いものであったが次第に激しいものへと変わっていく。
一メートル先すら霞んで見え難くなり、川の増水は悪化の一途を辿る。咲き乱れる紫陽花たちは激しい雨に打たれ、艶々と葉を煌めかせた。
唐突に雨が止み、川も紫陽花も無くなる。
踏み込んだ、という気配の後に目の前には立派な鳥居。その先に続く一本道。
その道の両脇で顔を紙面で隠した参列者たちがずらりと並び、顔をこちらに向けている。
手に持っていた風呂敷を掲げる。ざっと一死乱れぬ動きで参列者たちが頭を下げた。それを確認してから鳥居を潜って先へと進む。
参列者たちの後ろ、まだ咲いていなかったはずの紫陽花たちが一歩一歩進む度、真っ白な花を咲かせた。あれ正しくは花じゃなくて、ガク? っていうやつらしいけど。
なだらかな坂となっていた道の先には、大きな間違いで社があった。
社の前には紋付き羽織袴を着た般若の面を付けた男と、色打掛を着た首から先が無い女が立っている。
「ご要望の物だよ」
二人の前まで行き、持っていた風呂敷を開いて包んでいた祝いの品を女の方に差し出した。
深々と腰を折って礼をしてきた女が両手でしっかりと祝いの品を受け取り、優しく手のひらで撫でる。
それは、女を殺して首を切った彼女の双子の妹の顔。
苦悶に彩られたその顔を嬉しそうに撫で、隣に立つ男にもそれを見せる。
男は嬉しそうにうんうんと頷いてから、私の方に向き直り頭を軽く下げた。
「下はどうする?」
尋ねると男は女に確認するようにちらと視線を向けてから、ゆるく首を横に振った。どうやら下はいらないようだ。
「腹にいたのはいる?」
続けた問いに女が反応した。どうやらいるらしい。
今度持ってくることを伝えて来た道を引き返す。
帰り道では綺麗な白い紫陽花は全て枯れ果てており、代わりに紫色の芍薬が咲き乱れていた。
再び鳥居を潜れば、また川が見えた。けれど河原で咲いていたはずの紫陽花はもうどこにも無い。
役目を終えたので元の場所に戻ったのだろう。ご苦労様である。
雨に濡れた砂利道を歩く。増水した川ではまた何かが流れていった。




