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「だから間違えたんですけどねぇ?」

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 規則的な音が耳に届いた。ゆっくりと少し重たい瞼を開ける。

 人工的な光ではなく、柔らかな陽の光が車窓から差し込み目の前の座席を明るく照らしていた。



「……は?」



 栗原がこの電車に乗ったのは夜の九時過ぎであったし、その電車の終点駅は間違っても車窓の外にあるような一面田園風景が広がる場所にありはしない。



 目覚めたのにまだ夢の中にいるとかそういうオチだろうかと、僅かな希望を抱きながらそこそこ強めに頬を抓った。普通に痛い。

 遠い目になりつつ、抱えていた鞄の中に手を突っ込んで四日前に不動から貰ったお守りを取り出した。

 お守り袋には『生』という文字がデカデカと刺繍されている。ちょっと形が歪なのは不動自身の手によって刺繍されたからだろう。

 基本不動が渡してくるお守りは彼女の手作りだ。そして、お守りを渡された後は碌な目に遭わない。



 四日前。彼女がいきなり家に来たと思えば、「がんば」と一言添えて無造作にお守りを投げ渡してきた日のことを思い出す。

 何を頑張れというのか。それを尋ねようにもお守りを投げ渡された後、用は済んだとばかりにスタコラサッサと去って行ってしまい、その後連絡したものの沖縄にいるとのことで会えなかったし、お守りを渡してきた理由も何も言ってくれなかった。

 いつもなら聞けば教えてくれるし、教えてくれなくても「まあ教えてもねー」ぐらいは言ってくれるのにである。



『世の中にはね、知らない方が幸せだったり上手くいくこともあるんだよ』



 いつだったか、そんなことを言っていたことを思い出す。

 そしてそこそこホラーなあれそれを知っている身として、ある一つの仮説が思い浮かんだ。



「知ったりしたら逆にダメなやつか……」



 知ってはいけないことを知ってしまい、もしくは見てはいけないものを見てしまい、大変なことになってしまうというのは王道だろう。

 今回は何が出てくるのやらと、お守りを握り締め恐怖にちょっと泣いた。

 少し前に誕生日プレゼントとして貰った動くテディベアが恋しい。あれは何かが宿って動くし、時々何も無い空間を彫刻で刺しているが、抱きしめたら嬉しそうに抱きしめ返してくれる可愛いぬいぐるみなので。

 癒しが欲しいとぼやきつつ、電車が止まったので降りることにした。



 降りた駅は無人駅だった。駅に降りた途端、電車の扉が閉まり走り去って行ってしまった。

 ぽつんと一人駅に取り残される。周囲は緑がいっぱいだが、虫一匹飛んでいない。



(「ずんさ」駅……?)



 ゾッとするような静寂に背中に冷や汗が伝うのを感じつつ、何か帰るヒントは無いかと駅を見渡して駅名が書かれた看板が目に留まった。

「きさらぎ駅」や「やみ駅」などの有名な異界駅なら知っているが、ずんさ駅など聞いたことが無い。

 栗原が初めて訪れた人間なのか、それとも。嫌な想像が一瞬過ぎって、頭を振って浮かんでしまった嫌な想像を追い出した。



「とりあえず駅の外に行ってみるか」



 恐怖を紛らわすため、わざと大きな声で呟いて駅の外に出る。

 一応駅の周りに民家はあるが、どこも人の気配がしない。駅から一番近い民家で誰かいないかと声をかけてみたが、返事は無かった。

 とりあえず適当に歩いてみたが人っこ一人見つからず、偶々見つけた小さな公園のベンチに座って途方に暮れた。



「一度駅に戻った方がいいかな?」



 鞄の中に入っていたペットボトルのお茶を飲み、これ以上歩いても収穫は無さそうだと来た道を戻ることに決めた。

 お茶を鞄にしまい、確かめるようにお守りを握りしめて立ち上がろうとした時頭上に影がかかった。



「迷子の方ですねぇ? ここは違いますよぉ?」



 ねっとりとした声。びちゃびちゃと何かが溢れる音と、鼻の奥を貫くような凄まじい腐臭。茶色い地面がどこからともなく溢れてきた赤黒い液体で染まっていく。

 ひゅっと喉の奥が鳴った。握りしめたお守りがカッ! と熱くなる。



「迷子の方はぁ、あちらですよぉ?」

「っ、違います!!」



 これまでの経験が、本能が、全力で警鐘を鳴らした。

 絶対に目の前のナニカへついて行くな、と。



 顔は上げず、カラカラに乾いた喉をどうにか動かして声を張り上げ否定した。

 勇気づけるようにお守りの熱が増す。燃えているかのように手が熱かった。

 しかしその熱こそが今己を守っているのだと理解していた。この熱を手放した瞬間、自分は『帰る』のではなく『還る』のだということも。



「私は違います!! 迷子なんかじゃありません!!」



 否定の言葉を叫ぶ。何度も。



「私は違います!! 私は違うんです!! 私は迷子じゃない!! 私は迷ってない!!」



 目の前のナニカが立ち去ってくれるまで叫んだ。声が枯れて、血の味が滲んでも。

 叫ぶ。段々と声が出なくなってきた。だから心の中で訴えた。自分は違うと。迷子ではないと。



 何度も何度も叫んでいたら、すっとお守りから熱が引いて行った。



「違いますねぇ? 違うんですよねぇ? なら、戻さないとですねぇ?」



 目の前のナニカが首を傾げたのが気配で分かった。

 漂っていた酷い腐臭が薄れていく。どんどん地面を染めていた赤黒い液体がすぅっと消えていくと、元の茶色い土になった



 ナニカが離れていく。ずるずると何かを引き摺るような音を立てながら。



 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 規則的な音が耳に届く。数度瞬きすると、いつの間にか電車に乗っていた。

 電車が走り出す。どんどん景色が変わっていく。窓を何十もの手が叩いて、そして離れて行った。



 安堵の息を吐く。これで戻れるとなんとなく悟って。



「でも、気をつけてくださいねぇ?」



 隣から声がした。

 ねっとりとした、酷い腐臭の漂う死者の声。



「貴方の隣にはずっといますからねぇ? どうしてかいますからねぇ?」



 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 規則的な音の中に混じるノイズに耳を塞いで、ぎゅっと目を瞑った。



「ひとでなしがいますからねぇ?」



 目を開けると、そこはもう普通の電車の中だった。

 隣にはもうあのナニカはいなかった。

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