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桜の木の下は

 寒い寒い冬がようやく終わった。

 春の温かな日差しに目を細め、川沿いに並ぶ桜並木をぼんやりと眺める。



 モンシロチョウやその他名前の知らない色鮮やかな蝶たちが、春の訪れの喜びを全身で表すかのように飛び回る。

 なんとも幻想的な風景だった。ぼんやりとした頭でずっとここにいたいなぁと、栗原は呟いた。



 風が吹く度に桜の花びらが宙を舞う。

 甘く芳しい匂いが鼻をくすぐり、ふうっと熱のこもった吐息を吐き出す。



「私も同じになりたいなぁ」



 そう、同じになりたい。

 自分も春の空に映える桜たちと同じものになって、ずっとここにいたい。ここに在りたい。

 だってそれはきっととても素晴らしいことだから。同じになれるだなんて、それはとてもとても光栄で、幸せなことだから。



 沈む。沈む。

 足に、腕に、腹に巻き付いた太く真っ黒な色をした木の根によって、体はどんどん地面の中に入り込んでいく。

 それがどうしようもなく楽しくて、待ち遠しくて。

 にこにこと笑みを浮かべながら沈む体を見る。もう下半身は完全に地面の下に潜り込んでいた。



「見た目取り繕っても意味なんて無いんだから、ホイホイ埋めようとせんでもろて」



 ぷちっ、ひょい。

 何かが引きちぎれる音がして、視線が一気に高くなった。視界の端で自分の体が地面の下に完全に沈んでいくのが見える。

 唖然としているうちに美しい桜並木がまるで血のような赤黒い色に染まって、なんとも不気味な雰囲気に早変わり。



「えっ……なに?? え……??」

「こんな場所で花見やるなんてとんでもないクソ度胸だねぇ」



 呆れた声に後ろを振り返れば、そこにはやれやれと首を振って肩をすくめる不動がいた。

 どうしてと声を出そうとして、気がついた。



 抱えられていた。頭が。不動の手によって。

 引きちぎられた、自分の頭が。



「……!? まってまってまってまってまってぇ?!」



 あまりの事態に頭がついていかなかった。

 どうして自分は頭を引きちぎられたのか、いやそもそも頭だけなのに何故こうもはっきりとした意識があって、普通に生きているのか。



 大混乱に陥るこちらのことなどお構いなしに「さっさと帰ろっかー」と歩き出す不動。

 彼女が一歩踏み出す度、近くにあった桜の木が急速に枯れていく。まるで命を吸い取られているかのように。

 枯れ葉のようになってしまった花弁がはらはらと地面に落ちて、木はボロボロとその形を崩していく。



 まるでその存在を許さないとでも言うように。

 不動が歩けば、桜の木は忽ち枯れ果てその姿を保てず土に還る。



「無駄にいっぱい蓄えてやがる……」



 ちっと、頭上から小さな舌打ちが聞こえた。

「不動?」珍しい様子に少し不安になって声をかけたら、優しく髪を撫でれなんでもないと笑いかけられる。



「さっさと終わらせるから、栗原も早く起きてね。花見に行くんだから」

「首だけになったのに無理では……」



 それから、他愛のない話が続く。

 段々眠くなって、意識が薄ぼんやりとしはじめて。



「ゆ、夢かぁ……!」



 少し首から下に違和感を覚えながらも、スッキリと目が覚めた。そのことにものすごく安心感を覚える。

 手足がちゃんと繋がってるって素晴らしい。



 体を起こしてぐっと伸びをする。ボキボキと恐ろしい音が聞こえたが気のせいということにして、ベッドから降りようとした時視界に入った赤黒い汚れ。

 例の日が来たのか。油断したなと溜息を吐き、シーツを洗わなければと思いながら立ち上がった。



 どさどさどさ!



 かなりの音を立てて、夢で見た土の混じった桜の木の残骸が床の上に落ちる。

「あの日じゃなかったか」床の上にこんもりと積もった残骸を見下ろして、それからベッドの上を改めて見た。

 どうして今の今まで気がつかなかったのか。ベッドの上には大量の桜の残骸。シーツの白い部分なんてどこを見たって見つけられない。



 早足で寝室から出る。

 ソファの上に置きっぱにしていたスマホを手にして、通話履歴の一番上をタップする。



『もしも「今すぐ家に来て今すぐにほんと今すぐに来てよぉぉ!!」お、おぅ……。ちょっと落ち着け?』



 落ち着けるかと、電話越しに散々喚き散らした。



 それからのことはよく覚えていない。

 気がついたら隣に不動がいて、ベッドはいつの間にか新しい物に替わっていた。

 残骸まみれになった方は神社に運ばれ、きっちり灰になるまでお焚き上げされたらしい。



 二度と現実に影響のある夢なんて見たくないと心の底から思ったし、見てしまわないようにと有名所の神社を巡ってお守りを買い漁った。海外の夢に関するお守りも買った。

 不動は大量のお守りを見てけらけらと笑っていた。「どれだけ数を揃えても、見る時は見るから無駄だねぇ」と。



 思いっきり頬をつねってやった。

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