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特別でもなんでもない 3

 小さい頃は、世界の全てが恐ろしくて堪らなかった。

 物心ついた頃には人には見えないものが見えていて、家族も周りの人たちも誰も信じてなんてくれない。



 そこにいるのに。本当なのに。

 嘘なんて吐いていなのに、みんなが口を揃えて言う。

「嘘を言うのはやめなさい」「嘘吐きは泥棒の始まりだよ」「構ってほしいからって気味の悪い嘘を言わないで」と。



 嘘なんかじゃなかったのに。

 嘘なんか、一度だって言ったことはないのに。



 誰も信じてくれない。誰も寄り添ってくれない。

 ただ一人、大好きだったおばさん以外は、誰も。



 そのおばさんも早いうちに亡くなってしまった。

 自分と同じように見えている恋人のことを教えてくれて、何か困ったことがあれば頼るようにと言って。

 あっさりと癌に負けて死んでしまった。



 寂しくて、寂しくて。

 だからおばさんが教えてくれた人の所に行って。



 その人がどんな仕事をしているのかを知った。

 自分の持つ目を使って、人を助けている姿を見た。



 嘘吐きなんて言われない。

 嘘吐きだなんて嫌な目で見られない。

 むしろ特別な人を見るような目で、最後は感謝の言葉言ってその人の元に訪れた人たちは去って行く。



 もしかしたら。湧き上がった希望と期待。

 その人と同じ道を歩めば、同じ道を歩むことができればもしかしたら。



 自分も同じようになれるのでは。

 同じように嘘吐きなんて言われなくて、どころか特別な人を見るような目を向けられて、感謝されちゃったりして。



 いいなと思った。これだと思った。

 自分の選ぶ道は、これしかないと思った。



 *



 割と本気で心折るつもりで塩対応したのに、弟子にしてくれと言われる羽目になるとは思わんかった……。



 大体馬鹿げた幻想抱いてる奴に限って、マジで死ぬかもしれないっていう現場に行けば普通心折れて諦めるもんなのに。

 きっと敦賀夏美という人間の心は、ちょっとやそっとじゃ傷ができない超合金でできている。もっと柔らかい物であれよ。



 才能ある奴ならともかくとして、才能も無ければ湯車みたいな感じでもなく、ただちょっと見えるだけの子にそんなもんあっても宝の持ち腐れが過ぎる。

 いや、むしろ現代社会で生きていくならばそのくらいの精神力が必要なんだろうか?



 ブラック企業だけじゃなく、人間関係とかでも心が柔らかい人はすぐに鬱になったり、精神的に参ってしまったりするもんなぁ。

 って考えたら、やっぱりあの超合金並の心は生きていくのに必要不可欠なものなのかもしれない。



 まあその必要不可欠そうなものが備わってしまっていたせいで、わたしも湯車も困ってんだけど。



「まさかお前が行く仕事に連れてって、弟子にしてくれって言うとは……」

「もうちょっと才能あったら、良さそうな相手に預けることもできたんだけどねぇ……。持ってるのは才能じゃなくて野次馬根性っていうか、思春期特有のものっていうか……」

「あいつ昔からちょっと厨二病っぽいところがあったからなぁ」



 事務所のソファに向かい合って座り、二人揃って遠い目になる。

 いやほんとこれどうしたもんかなぁ。やる気があるのはいいことだけれど、それはもっと別の方面で発揮してほしい。



 やる気があっても才能とか、素質が備わってないとマジでこっちもどうしようもないんだなこれ。

 気合いだ根性だである程度どうにかできるような仕事ならばともかく、わたしたちが相手するものはそんなちゃちなもんでどうにかできるものではないので……。



 二人してどうしたらいいのかと、妙案が浮かばずうんうん唸っていたら事務所のドアが結構な勢いで開けられた。



「こんにちはー! 来たわよ師匠たち!」

「師匠になってないよ」

「師匠じゃねえって言ってるだろ……」



 噂をすればなんとやら。

 悩みの種であるご本人のご登場である。



 師匠になることを了承していないのに、なんかいつの間にか湯車と同じように師匠扱いされていた。

 なんでなんだろうねほんと……。



「さあ、今日はどんな仕事があるの? アタシも一緒に行くわ!」



 しかもさー、まあまあ怖い目に遭いそうな仕事に数回連れてったのにさぁ、ぜんっぜん平気そうなのなんなの??

 まあわたしがいるから絶対安全だって思ってるからこそ、こんなんなのかもしれないけれど。



「もう君を連れて一緒に仕事になんて行かないよ」

「え、どうしてよ!?」

「前にも言ったけど君、才能無いの。湯車みたいにもたぶんなれないから、まともにこっちじゃあ生きていけないよ? 普通に受験頑張る方が有意義」

「俺も不動と同じ意見だ。俺みたいってのは分からないが、お前がこういう仕事に向いてないのはそう」

「なんでよ!? 確かに特別な力とか無いかもだけど、アタシの何が向いてないって言うの!? あと、受験はもうとっくに終わってるわよ!」

「守秘義務守れなさそうなところ」

「仕事の話をそこらでほいほい話すだろうお前。不動と一緒に行った仕事の話もたぶんしてるだろ」



 キャンキャン煩かったのが、守秘義務云々の話で黙った。

 たぶん自覚はあるんだろうなぁ。自覚はあっても治せてない時点でダメダメのダメだけど。



「で、でもでも、師匠が仕事に連れてってくれた時にそんなこと言わなかったじゃない。なら、アタシは悪くないわよ。言っちゃダメだってこと説明してくれなかったんだから!」



 開き直りやがった。

 だからダメなんだよなぁ、この子。

 悪いことしてるのにあんましそのことの自覚が無い。

 本当に高校生なの? それともぼっちの時間が長過ぎて、誰かに構って貰いたいからついつい話すのか?

 ……可能性あるなぁ。



「君と一緒に行った仕事って、誰に話したところで問題無いようなのだし、話したところで与太話程度にしか思われないでしょ。というかそもそも、君って黙ってなさいよって言われてること程話しちゃうタイプっぽいから、マジで他所に漏らしたらいけないような仕事には連れてってない」

「そ、そんなこと!」

「俺がサプライズで用意してたプレゼントのことをあいつにバラしてたのはどこの誰だ?」

「……でも、信じてもらえないなら別に……」

「プライバシーって言葉知ってる? 誰にだって知られたくない話はあるし、もしも君が誰かに話したことが巡り巡って依頼人の周辺の人の耳にまで入ったら? 知られたくないことを知られたら、どう思う?」



 答えは簡単。信用されなくなる。

 んでもって、大体この業界の人間は顔見知りが多い。

 そこからあいつ等は簡単に人の情報を話す奴だなんて話を流されてみろ、仕事が来なくなるわ。



 困ってそうな人探して仕事を受けるって手もあるけど、ツテを使って仕事探してくるより稼ぎは大幅に減る。

 なのに、そこら辺で黙ってろって言ってるのに仕事の話する阿呆を連れて行けるかって言ったらまあ無理。



「こ、これからはちゃんと気をつけるから! 話さないようにするから!」

「お前毎回そういうけどな、ちゃんと黙ってたこと本当にあったか?」

「ごめんね、信用できない。君どうにも目立ちたがりみたいだし、話したい欲求抑えられなさそう」

「な、なによ、二人して! そんな、そこまでいわなくたってぇ……」



 二人でボロクソ言ったせいか、とうとう泣き出した。

 でもなぁ、湯車の恋人さんへのサプライズをバラした云々でもう信用出来ないのよなぁ。



 どこまでもこの子は向いていないのだ。

 体験した非日常を、見えないものと戦って倒すようなフィクションのようなお話を。

 娯楽の一つとしてしか見てないし、見れてない。そんな子を連れてったら仕事の話が漏れるどころか、何かしらポカしてそのままお陀仏になりかねない。

 いやほんと。わたしならともかく、湯車の場合絶対そうなる。確信しか持てない。



「けど、アタシだって二人みたいに……誰かを助けて、感謝してもらえて、尊敬の目で見られるような人になりたいのに……」

「??」

「??」



 言われた言葉が理解できなくて、湯車と顔を見合わせる。

 たぶん心の声は一緒だ。何言ってんのかなこの子。



「え、湯車お前感謝はともかく尊敬の目で見てもらえるような人なの?」

「何言ってんだよ。こんな胡散臭い仕事でそんな目で見られるとか、そんなんやべえ宗教の教祖にでもならんと無理だろ」

「だよね。そうだよね。びびった」

「俺も。なんかこう、胸がひゅんってなった」

「……え? え?」



 なーんか妙な勘違いをされてるなこれ。

 何を見たのかはわからないけど、いやほんと何を見て尊敬の目を向けられる〜だなんて言ったのか、まっっっっっったくわからないけれど、これだけは言える。



「幽霊見えますよー、貴方のことを助けますよーって言って尊敬の目で見られたいなら、新しい宗教立ち上げた方が手っ取り早いと思うよ?」

「どうしてそんな話になのる!?」

「いやだって事実だし。ねぇ?」

「ああ。胡散臭い目で見られて、本当に幽霊見えてんのかって疑われて、一応最後は感謝されたりするけど、それだけだよなぁ」

「だよねだよね。よくわかんねえもんに頼ったことを知られたくなくて口止め料いっぱい貰ったり、助けてやったのに偶々だとかなんとか言ってお金払わないで逃げようとする奴めっちゃいるし」

「あれ最悪だよなぁ」

「え?? え??」



 頷き合う胡散臭い職業の者たち。

 大混乱するこの業界の闇をなにも知らない子ども。



 とりあえず、これだけは言っておこう。



「いい、夏美。この仕事は別に特別な力を持ってるからだとか、特別なことができるからとかでやってるんじゃないよ。それ以外の仕事ができない社会不適合者たちが、どうにかこうにか生き難い世の中で金稼ぎするためにやってんだよ」

「俺もこの仕事やり始めた理由は、昔働いてた職場でパワハラモラハラアルハラされまくって、普通に就職して働くのが嫌になって死のうとしてたとこを先代に助けられたからだしなぁ」

「……マジです??」

「「マジマジ」」



 大体ね、幽霊見えまーす。お祓いできまーす。とか言ってる奴がまともに就職できると思ってんのか?

 いや、できてる人はできてるんだろうけど、わたしみたいな対人能力ゴミカスな見える人間なんてできる仕事限られてるよ?



 だって簡単に想像できるもの。

 自分がどっかの会社に何かの間違いで奇跡的に就職できたところで、職場の人間関係をぶち壊し、何人か鬱にして自殺に追い込み、そのうち堪忍袋がブチっとしちゃった上の人に辞めさせられる未来が。



 どうしてこんな具体的なのかって?

 学生時代にやらかしたからである。やられたら全力でやり返す、敵は徹底的に叩きのめすの精神で生きていたので。怪奇現象お茶の子さいさい。

 虐めてきた連中の何人を心の病院に送り込んだっけな……。



 まあわたしはわりと特殊な事例かもしれんけど、見えてる人間ってやっぱりどこかおかしいのが多いのよね。

 頭のネジを何本か失ってしまってるのが多い印象。死生観もたぶんちょっと普通の人とズレてる。



 そのズレがたぶん致命的で、どうしようもなくて、社会不適合者が量産されてる。

 いや、そうじゃない人間もいると思うけどね? 湯車は途中退場したけど、途中まではちゃんと普通に生きられてるから。

 中学時代に恋人と出会ってなかったら、早々に人生からリタイアしてただろうけど。



 そんな話をぶっちゃけたからか。

 それとも、別の要因なのか。



 この日以来、人を勝手に師匠扱いする困ったちゃんは事務所に来なくなった。

 一応湯車とは前と変わらず普通に接してるらしいけど、こっちもこっちで師匠云々の話はどっか行ったらしい。



 今は真面目に勉強しているそう。大学デビューの準備もしてるらしい。

 たぶんこっち以外ならどこででもやっていけそうな精神してるから、そっと心の中で応援しておこう。

 頑張れ、若人よ! 夢とか希望とかとっくの昔に失ってしまったわたしたちみたいにはなるなよ!



 あと恋人作るならちゃんと湯車に見せてからね!

 君なんかやべえの拾ってきそうな気がするから、マジで気をつけなよほんと。

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