特別でもなんでもない 2
学校とか、病院というものは、人が多く集まるせいなのか色々と寄って来やすい。
たとえ今は廃墟になっていたとしても、長い間蓄積されたものの影響なのかなんなのか、時々その辺漂ってる奴が居着いていたりする時がある。
ただ居着いてしまうだけならいい。
なんとなしにふわふわ漂っているだけのものがほとんどで、なんとなしにまたふわふわどっかに流れていくか、ぽやぁっと成仏なりなんなりする。
なにか心残りなりなんなりがあって幽霊になったんじゃねーのかよと思われるかもしれないが、ふわふわしてるのは心残りがあるとか云々で幽霊になったっていうより、なーんもわかってないから幽霊になっちまったという方が正しい。
ほら、時々なんか恨みも何もないけどなんか写真に映り込んでたりするじゃん?
あれ、自分が死んでるのいまいち理解してなくて、まだ生きていた時と同じ感覚で、普通に普段通り過ごしているつもりなんだよね。
だから友人知人、もしくは偶々近くで撮影してた知らん人の写真に映るのだ。傍迷惑。
だからこそ、死んでしまったと唐突に理解したら大概成仏する。
理解しなかったらふわふわし続ける。まあ普通はお迎えの方が探し出して来てくれるので、長いことふわふわしてる奴は珍しいっちゃ珍しいんだけど。
そんなふわふわしてるのが、どこぞに居着いてしまって。
それも自分の死を理解してしまったのに成仏せず、色んな感情がごちゃごちゃとしてる場所に留まり続ければどうなるか。
その答えこそが、目の前のこれ。
自分を失って、人の形を失って、その辺の命を無差別に食べようとするナニカだ。
「な、なに、あれ……?」
「色々とごちゃ混ぜになった奴だよー」
「そ、そうじゃなくて! そういうことじゃなくて!」
「ほいじゃ、いっちょ除霊いっとく?」
「無理に決まってんでしょ!? ふざけてるの!?」
「大真面目だし、ふざけてんのはお前の方だろ」
「……っ!?」
なんか後ろでへたり込んで喚くことしかしない阿呆に冷めた目を向ける。
どうしてそんなびっくりした顔してるの。これはお前が望んだことだろうに。
お前が望んだから、足手纏いだとしても連れて来てやったんだろうに。
「言ったでしょ。この仕事は全部自己責任。自分で受けた仕事のせいでどうなったとしても、それこそ死ぬようなことになったとしても。大好きだった人の恋人だろうが、師匠だろうが誰だろうが、助けてなんてくれないよ」
「そん、な……こと、」
「わかってないよ。わかってないから来たんでしょ。自分でもできるって自惚れて、特別な力があるだなんて馬鹿みたいに信じて、のこのこアホ面で来たんでしょ」
震えてへたり込んで立てもしないくせに。
目の前にいる、人だったものをまともに見れないくせに。
「で、でも、だったら師匠はどうなの!? 師匠だって幽霊退治する力とか、そんなの無いんでしょ!?」
「無いけど、君と違って物見遊山気分なんかじゃないよ。どう取り繕ったって呆れてしまうくらいのお人好しで、大体の相手にはちゃんと真摯に向き合おうとするからね。それにできないことはちゃんとできないって言って、できる人に任せるし?」
見えるからなんなのか。見えるから何ができるというのか。
確かに湯車は特別な力は無い。人でないものをなんか上手い具合にどうにかできたりはしない。
それでも、ただ見ることしかできなくても、その心根はとても優しくて、真摯で、呆れる程にお人好しで。
そんな彼の真摯さに、優しさに絆されて、未練がいくらか残っていたとしても、ここまでしっかり向き合ってくれたのだからと、成仏するものは意外と多い。
それは成仏する気があって、成仏したいと思っているものだからではあるけれど。
でも、そういう前提条件があったとしても、それができるのは湯車だからだ。
見えるからこそ真摯に、もう生きていないとしても、それがただの記録でしかないとしても、ちゃんと心あるものとして真正面から向き合うからこそ。
できないことはできないと言って、できる誰かに引き渡せるからこそ。
こんな業界で力があんまり無いにも関わらず、長生きできている。
というか、そういう人間じゃないと長生きなんてできやしない。
それこそ夏美のような、ただ見えるだけで特別な物なんて何も持っていないくせに、凄い力があるんだと勘違いして、人にはできないことをできるのだとどうしてか自信満々な人間は。
この業界では、あっさり消える。何回か運良く生き残れたとしても、どこかでその反動が来て死ぬ。
そういうものだ。そういうものであることを知っているからこそ、湯車は止めていたのだ。
思春期特有のもので頭がお花畑になっている、大切な人の可愛がっていた子どもを守るために。
あ、おいおい動くなよー。
今はじっとしててよー。じゃないとぷちんってするよー。
散々痛い痛いって泣いてたんだからさ、最後まで痛いの嫌でしょ?
うねうね動く後ろの奴を押し留めながら、恐怖からかふるふると震えている子どもに釘を刺す。
「いい加減さ、現実から目を背けるのやめたら? 夢見る時間は終わり。普通に生きなよ。普通に生きて、普通に死にな。そっちの方が、こんな世界に足踏み入れて死ぬよりよっぽどいいよ?」
「……っさい……」
「なに? 声小さくて聞こえない」
「……っ、うるさいうるさいうるっさい!! アンタなんかに言われなくても分かってる、分かってるのよこっちは!!」
大声で叫ばれて思わずちょっと後ずさってしまった。
後ろの奴もびっくりしたようで、ひえっと言わんばかりに体をちょっと縮こまらせる。
あんまり体積変わってねぇ……。
「全部ちゃんと分かってるわよ! でも、でも、じゃあどうしたらいいの!? 本当に見えてるのに嘘つき呼ばわりされて、居場所なんてどこにもないのに!! 家だって学校だって、どこにもアタシがいれる場所なんてないのに!!」
「そりゃ、ちゃんと作る気無いからでは?」
「〜〜!! あるわよ、作る気くらいあったわよ!! 高校入ってすぐの頃は、見えること誰にも言わなかったもん!! でも、バレちゃった! 肝試し行って、見えて、変な反応しちゃったからバレちゃったの!!」
段々涙声になってきたなぁって思ってたら、とうとう大きな目からポロポロと涙が零れ落ちた。
バッチリメイク決めてるから泣くと悲惨なことにならん? 大丈夫? 化粧室の鏡はたぶん全滅しちゃってるよ?
「アタシ、アタシだって普通にしようってがんばったのに……! がんばって、できなかったからこれを活かせる場所で、自分を偽らなくていい場所で生きたかっただけなのにぃぃぃぃ」
とうとうわんわんと泣き出してしまった。
バッチリメイクは涙のせいで流れて、なんかちょっとドロっとしてしまっているけどあれ大丈夫なんだろうか……?
下手な幽霊より幽霊らしい顔になってるんだが。
そしてわたしの後ろにいる奴が子どもの突然のギャン泣きに戸惑っている。
自分まだなんもしてねえのにという感じで、ちょっとオロオロしてる。たぶん元になったのは、普通にいい人だったんだろうねー。
人としての形と心を失っちゃったせいで、悪霊にジョブチェンジしちゃってるけど。
死を自覚した時点で現世からさよならバイバイすれば間に合っただろうに。
結構強い心残りがあったのか、それとも誰かを心底憎しみ恨んでいたのか。
理由はわからないけれど、なってしまったものはどうしようもない。覆水盆に返らずだ。
綺麗さっぱり壊れてしまったもんは治しようがない。
だから、ちょっと可哀想かもなのだけどこの世からキレイキレイしようねぇ。
選んじゃったんだから、この結末はどうしようもない。
ギャン泣きしてるめんどっちい子どもは放置して、ぺちんとどうにもならなくなったものをしばく。
真っ黒な体が一瞬のうちに風船のように膨らんで、パァンッ! と弾けた。
散らばった黒い残り滓が消えていく。どこかの誰かは輪廻に還ることなく空気と同化する。
「お仕事おわりー」
「…………………うそでしょ?」
終わった終わったーと、ぐーっと伸びをする。
ついでにちょっと深呼吸しようかなと思ったけれど、ここは埃の詰まった廃校の教室。
下手にすーはーと息を吸おうものならば、溜まりに溜まった埃が肺を襲ってくるだろう。
代わりにぐるぐる肩を回して、コキコキと首の骨を鳴らす。
帰ったらジンジャエールでも飲もうかな。
「た、叩いただけでアレを撃退したの?」
「そりゃそれがお仕事だからね。ほら、泣き止んだんなら帰るよ。そのままだとばっちいし、立って立って」
早くしてと急かして、教室を出る。
「まってよ!」後ろから慌てた様子でドタバタと走ってきた彼女が、行く手を塞ぐようにわたしの前に回り込む。
メイクが涙で落ちてドロドロになってしまった顔は、さっきまでなんか悲嘆に彩られていたのに、今はなにやら興奮したようなものになっている。
……なんかちょっと嫌な予感がするぞぅ?
「アタシを弟子にしてください!!」
「だが断る」
嫌な予感は的中してがばっと頭を下げられたけれど、普通に拒否って行く手を阻む馬鹿を押し除け急ぎ足で帰り道を進む。
「どうして? 弟子になるくらいいいじゃないのよケチ!」
「嫌だから断ってんですわこっちは」
何を言われたとしても、絶対に弟子になんてするか。
っていうか、なんであんなにボロクソ言ったのに心折れないんだコイツ。
実は心が超合金でできてたりしない? ってか、あんだけ言われてんのに弟子にしてとか、頭おかしいんか??
「弟子にしてよ! ねえ!」とまとわりついてくる理解不能な生き物に、若干恐怖を抱いた。
本当になんなのこの生き物……。




