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特別でもなんでもない 1

 めちゃくちゃ珍しいことに、湯車から仕事ではないけど相談したいことがあるから事務所に来てくれないかと電話がかかってきた。



 マジで珍しい。

 基本的にわたしたちは仕事関係以外のことは話したりしないし、事務所にも滅多に呼ばれることはないから、ほんと珍しい。

 明日は槍の雨でも降るのかもしれない。



 びっくりしたけど、電話口に聞いた矢車の声がちょっと深刻そうなものだったのでとりあえず約束通り、電話があった日から二日後のお昼過ぎ。

 ちょっと古ぼけたビルの二階に入っている沢屋探偵事務所までやって来た。



「おう、悪いなわざわざ来てもらって」

「別に仕事入ってなかったしいいよー。それで、相談って?」

「ああ。もうちょっとで来るから少し待っててくれないか?」



 そう言われ、応接用の二人掛けのソファに座って出されたお茶菓子をバリバリ食べながら待つことおよそ二十分。

 事務所のドアが開く音がして、「お師匠! 今日こそアタシにも仕事させてもらうわよ!」と女の子の声が。



 はてさて誰が来たのかとドアの方に体ごと顔を向けたら、そこにいたのは金色に染めた髪をツインテールにした、暖かそうなモコモコの可愛らしい上着を着た中学生ぐらいの女の子がいた。

「師匠ってなに?」向かいのソファに座ってた湯車に問いかけたら、額に手を当ててすんごい苦々しい声で「勝手に呼ばれてるだけだ」と言う。

 わたしに対しても結構苦々しい声と、それに見合った顔でよく話すけど、それと同じかそれ以上に苦々しいな。



 もしや地雷系女子という奴なのだろうかと思いつつ、もう一度女の子の方を見ればこちらに気がついたようで、「依頼人さん!? ねね、どんな依頼を師匠に持って来たの?」と興味津々といった様子でこっちに寄って来た。

 なんかピコピコ揺れるツインテールが犬の耳みたいで、ちょっと子犬っぽいなと思う。



 おやつを期待しているような、遊んで遊んでと誘っているような。そんな顔してる。

 まあこの子が期待しているのはおやつでも、遊んでもらうことなんかでもなくて、もっとろくでもないものなんだろうけど。



 ここは沢屋探偵事務所だからね。

 依頼なのかって、期待した様子で聞いてくるってことはつまりそういうことだろう。

 湯車がめっちゃ苦々しい顔をするわけである。これはめんどくさいなぁ。



 なんつーもんの相手をさせようとしてくれてんだと、湯車の方を見たらなんか申し訳なさそうな顔で頭を下げられてしまった。

 ……なーる。自分でどうにかしようとしたけど、どうにもならんかったからわたしにヘルプを頼もうとしてると。



 いいのか? ほんとに?

 確認するようにじっと見つめれば、申し訳なそうな顔をしながらこくりと頷く。

 あらぁ。



「ねえ、お姉さんはどうして師匠のとこに来たの? 師匠忙しいから、アタシが代わりに仕事受けてあげるわよ!」

「君さ、自己責任って言葉知ってる?」

「は?」

「こういう仕事はさ、全部自己責任なんだよ。誰に師事してるにしろ、仕事を受けるならそれは全部自分の責任。なにがあっても、どんなことになっても、君自身が選んだ選択になる。それ、君ちゃんとわかってる?」

「なに意味わかんないこといってんの? もしかして……師匠??」

「だから俺はお前の師匠になんざなった覚えはねえって言ってるだろうが」



 めちゃくちゃ不満そうな顔をして湯車を睨む女の子。大体察したらしい。

 今までも散々なんかいっぱい言われてたんだろうなぁ。

 全部彼女のことを思って言ってくれてるのに、全然響いてないみたいだが。



 ……ぶっちゃけこういうのの相手は面倒だから、放置しとくに限るんだけども。

 一応湯車の知り合いだしねぇ。死んだらそれなりに気にするだろうし、しゃーないか。



「アタシだって師匠みたいにちゃんと仕事できるんだから! 子ども扱いしないでよ!」

「子ども扱いしてるとかそういうことじゃねーって言ってるだろ。こんな仕事ろくでもねえからわざわざ選ぶ必要なんざねえって言ってんだ。お前はまだまだ若いんだしよ。こんなことに首突っ込んでる暇あったら友達と遊びに行くなりしろよ。今年で最後の高校生活だろ?」

「っ〜〜! そういうところが子ども扱いしてるって言ってるの!!」



 やんややんや、まるで親子のような口喧嘩。っていうか、中学生じゃなくて高校生だったのねこの子。



 いい歳したおっさんと見た目は中学生の女の子が言い合っている様は、進路のことで親子喧嘩してるようにしか見えない。

 湯車の後ろにいる恋人が「あらあらまあまあ、まったく困った子ねぇ……」と、頬に手を当てて溜息吐くような仕草してた。

 そんな仕草はしているけれど、女の子に向けている視線には慈しみがあって、浮かべている表情も時々見るひやっとするような冷たいものなんかじゃなくて、聞かん坊に手を焼いてるお母さんのようなちょっと温かみを感じる苦笑い。



 もしかして、もしかしなくても、たぶん恋人さんの血縁なんだろうなぁ。

 じゃなかったら、あんな顔しない。偶にわたしに向けてくるような、満面の笑みだけどブチギレてることがめっちゃ伝わってくる感じの笑顔になってる。

 ……今更だけど、笑顔なのにブチギレてるのがわかるってなんなんだろう?



 そんな疑問を抱いている横でヒートアップしていく口喧嘩。

 堪忍袋の尾が切れかけらしい女の子が今にも湯車に殴りかかりそうになっていたので、そろそろ助け舟出してやろうかと困り顔の湯車を見て口を開く。



「そんなに仕事やりたいってなら、わたしの受けた仕事一緒にやってみる?」

「……えっ、ほんとに!?」



 さっきまでめちゃくちゃ怒って、湯車に全力で口撃してたのが嘘のように一瞬ぴたりと口を閉じて黙り、そしてキラッキラの笑顔を浮かべてわたしの方に詰め寄って来た。



「ほんとのほんとに、仕事に連れてってくれるの!?」

「ほんとだよー。そういうことだから、あとは任せてもらって大丈夫だけど……どうする?」



 女の子の変わりように驚いて固まってる湯車に声をかけたら、我に返ってわたしと女の子の顔を交互に見る。

 そして深々と溜息を吐いて、頭を下げた。



「俺は別の仕事で手が離せないから、申し訳ないが宜しく頼む」

「はいよー。恋人さんの親戚かなんかだもんね、ちゃんと五体は無事なままで返すよ」

「できれば精神の保証もしてほしいんだが?……ん? 俺お前にその辺り説明してたか?」

「そんな感じだって教えてもらった」



 口ではなくて、君の恋人の目線でだけど。



「ああー……俺に憑いてるっつう守護霊にか」

「そうそう」



 その守護霊君の恋人なんだけどね?

 とは言わない。言わないでくれと、お願いされてるから。一緒にいてあげてることくらい、伝えてしまえばいいと思うけれど。



 死んでも隣にいるくらい好きなのに、どうしてひっそり静かにしてるのか。

 見える彼の目に映らないようにして、そこに在り続けるのか。



「ねえ、話終わった? 早く仕事に行こうよ!」

「行くのは来週の土曜日だよ。連絡先交換したいからスマホ出して」

「来週ね、分かったわ! 約束したんだから勝手に一人で行っちゃったりしないでよね!」

「行かないよー」



 教えた集合時間にちゃんと来てくれるなら、置いて行ったりなんてしないとも。

 来なかったら問答無用で置いてくけど。仕事なんだから当然である。



「そういえば名前は? わたしは不動涼子だよ。好きなように呼んで」

「涼子さんね! アタシは敦賀夏美(つるがなつみ)! 師匠の一番弟子よ!」

「だから俺は師匠じゃないし、お前はオレの弟子じゃない」

「じゃあなんなの?」

「恋人が可愛がってた姪っ子」



 そりゃあこんな仕事選ぼうとしてるなら止めるわなぁと。

 連絡先を交換し終わったスマホを掲げて、なにやらキャッキャと喜んでいる夏美に、その元気がいつまで続くのかなぁと思った。



 なにせ受けた依頼は、まあ年頃の女の子にはなかなかにキツイだろうものなので。

 まあその程度で折れるならそこまで。ただちょっと他の人より変なものが見えるだけの、どこにでもいる普通の人として生きていく道を選ぶだろう。



 ……心がへし折れるどころか、病んでしまう可能性もアリアリのアリだけど、まあそこはわたしなんかに頼んだ湯車が悪いってことで。

 そうなったら、湯車にはわたしの代わりに恨まれといてほしい。逆恨みからの殺意爆発は嫌なので。

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